エピローグ
あの、すみません。このお店、いつからやっているんですか。定休日はずっと水曜日ですか。
変なことを聞いてごめんなさい。あの、あたし、このお店に来たことがあるんです。いえ、今日がはじめてですけど……。おかしな話なんです。あたし夢の中でこのお店へ来たんです。テーブルも照明もまるで同じでおどろきました。
こんな話、おかしな話なんですけど、去年あたしとても疲れていて、大雨の川を眺めてたら、気づいたら、飛び込んでいたんです。苦しくてわけがわからなくて、死んじゃったと思ったんです。そしたらあたし、このカフェの前に立っていたんです。びしょ濡れで空っぽで、せっかく飛び込んだのにと思ったら
あれ、この写真。黒猫飼っているんですか。だから「シャ・ノワール」なんですね。フランス語で「黒猫」ですよね。男の子ですか。女の子。あ、フレンチトーストにもネコちゃん。かわいい。じゃあ、トマトリゾットをランチコースで。飲み物はミルクティー。
そう、それで、その日もトマトリゾットを注文しました。タバスコを、そうだタバスコお願いできます。辛党ですけど、あの日はむしゃくしゃしていたからちょっとかけすぎて、すごくからかったんです。悔しいのとからいのと、そのリゾットが、なんだかあたしの今までの人生のような気がしながら掻き込みました。もっとつらい人は山ほどいるだろうけど、あたしにとってあたしの人生は、タバスコをかけすぎたリゾットだったんです。
やだな、ごめんなさい。こんな話。ばかみたい。
それで? それで……全部飲み込んで、そうしたらお皿は空っぽだったんです。つらいものを全部飲み込んだら空っぽだったんです。それで……その、ドアに一番近い席にくたびれたメガネのおじさんが座っていて、ミルクティーをおごってくれました。ちょっと国語の教科書に載っている昔の小説家みたいな。常連さんみたいでした。そういう方、いらっしゃいますか。いませんか。
それで、カフェのマスターが、小柄な女性でしたけど、アイスをサービスしてくれたんです。ナッツとチョコ付きのバニラアイスで、それを食べたらあたし、ナッツとチョコとバニラが好きだって思い出したんです。自分が好きなものを忘れてしまうくらい疲れていたんだって、気づいたんです。忙しくてごはんもちゃんと食べていなかったから、そっかあたしお腹がすいていたなって。それにデザートを忘れていたな、って。
それで、その次気づいたら病院にいたんです。
変な話ですよね。変な話なんです。でも、だから、今日このお店を見つけて、もう、どきどきして。
えっ。時々、いるんですか?
定休日にネコちゃんがお店を?
ふふ。もしかして、そうかもしれません。本当にそうかもしれません。
シャ・ノワールの水曜日 霧嶌十四郎 @kirishima14
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