Ⅳ.水曜日のカフェ

「あなたはいつまでいらっしゃるんです?」


 「本日定休」の札が下がった水曜日の夜、シャ・ノワールでミルクティーを吟味ぎんみする僕に、オーナーが言った。常連だったフレンチトーストおばあちゃんとアイスティーの男が姿を見せなくなると、カフェは昼夜問わずまた僕の貸し切りになってしまった。


「ここにいると飽きないからね。おもしろい話が書けそうだ」


 僕はカウンターに置かれたままの昨日の新聞に手を伸ばした。適当に開くと「アルコール依存から立ち直った若い起業家」のコラムがっていた。その下は孤独死老人のニュースだった。


「もう閉めますよ。木曜日になりますからね」

「やれやれ。それじゃあ」


 僕は新聞をたたんで、仕方なく店を出た。それと同時にシャ・ノワールの明かりも消え、僕は押し黙った夜の町に溶けて行く。


 ――もうすぐ木曜日になるからね。


「……クロ、いるのかい?」

「ニャア」

「お前は店が好きだねえ。定休日に猫のお店でもやってるのかい?」

「ニャーン……」


 耳を澄ますと、そんな声が遠くに聞こえた。

 僕は闇に溶け、黒猫シャ・ノワールの魔法も解けて、町は木曜日になった。

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