それは命の価値を反転させる砂時計で…?

ちびまるフォイ

そんな大罪を犯してしまうなんて!

「オヤジ、この砂時計は?」


「さあ。もうだいぶ古いやつだからな。説明書も残ってねえよ」


「じゃあもらって良い?」


「勝手にしろ」


魔法古物商店から小さな砂時計をもらった。

かろうじて砂時計の底にかかれている文字はこう書かれている。


【  を反転する】


とのこと。

なにを反転させるのかはかすれて読めない。


「朝と夜とを反転させるのかな」


試しに砂時計を反転させてみた。

とくに何も変わらない。太陽はさんさんと出ている。


「なにも起きないじゃないか。魔法の効果も切れちゃったのか」


ゴミ箱に捨てようとしたときだった。

耳をつんざくブレーキ音とともに、

すぐ前を歩いていた高齢者が車に跳ね飛ばされた。


あまりのスピードにもはや助からないのは見てわかる。

運転手は車から降りて、おじいさんに駆け寄ったがすでに息はなさそうだ。


すぐに警察がやってきた。

警察は殺人現場となった道路と、犯人を交互に見て伝えた。


「死んでるじゃないか。今度から気をつけろよ」


「はい」


そういうと、運転手は何食わぬ顔で走り去ってしまった。

これには思わずツッコミを入れてしまう。


「ちょっと! 人殺しですよ!? 犯人逃がしちゃっていいんですか!?」


「人が死んだだけだろう?」


「いやそんな虫ふんづけたトーンで!?」


あまりに人の死に対する温度感がちがっていた。

その理由はポケットから滑り落ちた砂時計が教えてくれる気がした。


「あっ……、ま、まさか……」


なんらかを反転させるこの砂時計。


もしかして、「人の命の価値」を反転させたのではないか。


だから人が目の前で死んでも周りの人は涼やかな目で

スマホのカメラを向けて撮影していた。


犯人も対して注意されずに見逃された。

そういうことなのでは。


「これは大変なことになった……」


その後、街の治安は地獄のように悪化した。

そこかしこで殺人や強盗が繰り返される。


砂時計をもとに戻しても、砂の逆流は起きない。

一度、すべての砂を落としきってから再度反転させないと戻らないのだろう。


「こんな状態が砂落ちきるまで続くのかよ……」


魔法の砂はゆっくりと1粒ずつサラサラ落ちていく。

もとの命の価値を取り戻すのは、いつになるのやら。


数日が過ぎると、ますます暴徒は増え続けた。


自宅の押し入れで震えながら砂時計を眺める日々。

もう限界だった。


食料を確保するために外へ出たら格好の標的。


自分が死んだ後に誰かがこの砂時計を壊してしまったら、

永久に命の価値観は反転したまま戻らないだろう。


シェルターのような場所に隠れて、

衣食住提供されて、砂時計を守ることができれば。

そんな都合のよい場所があるのか。

そんな場所に一般人の自分が入れるのか。


そんなのはムリ……。


「……いや、ムリじゃない。あるじゃないか! 安全な場所が!!」


刑務所の絵面がまっさきに浮かぶ。


鉄格子に囲われた環境。

定期的に出される食事。

厳しい守衛と完璧なセキュリティ。


牢獄の中なら身の安全を確保しながら、価値観の反転を戻すことができる。


けれど、牢獄への切符を手にするためには悪人になる必要がある。


「くそぅ、俺に人を殺せっていうのか……」


砂時計の効果で人の死は軽く扱われているらしい。

そのため、人を殺すことで警察を呼び出し、そこで暴れれば留置所に入れるだろう。


どうせ外には人の命をかるく見ているゴミどもがあふれている。

何人か殺しても問題はないだろう。


それで自分の安全が確保できるならーー。


「うぅぅ……でもダメだ! やっぱり人を殺すなんてできない!!」


自分だけ命の尊さを意識しているだけに、殺人への嫌悪感は大きかった。

ならせめて人を殺さずに、確実に牢獄にぶちこまれるものはなにか。


「これだ……! この罪なら確実につかまるぞ!」


この国で一番重い罪を探し当てた。

それはテロに関する内容だった。


未遂だとしても重罪。確実につかまるだろう。


それっぽい計画を立てて、これみよがしに人の多い場所へ向かった。


「全員うごくなーー! ここに爆弾がある!!

 俺は国家転覆を狙う悪いテロリストだーー!!」


おそらく全テロリスト史上もっともクソダサい名乗りをたれて脅した。

命の価値が低いものの、多くの人を人質にすれば警察は無視できないだろう。


さあ、俺を牢獄にぶちこんでくれ。


「あ、あれ……?」


人質たちはしらーーっと冷たい反応だった。

まるで興味ないような様子。

誰ひとりとして警察にも通報してくれてない。


「国家転覆を狙ってるんだぞ! ものすごく悪いんだぞ!!」


小学生のような文句を叫んでもやっぱり誰も通報しなかった。

しょうがないので自分で警察を呼んだ。


パトカーのサイレンが気だるげにやってきて、しぶしぶ警察官がやってきた。1人。


「あなたが通報した国家転覆を狙っているテロリストですか?」


「ああ、そうだ! どうだ! 悪いだろう!」


「はいはい。やめてくださいね。じゃ」


「いやいやいや!! なに帰ろうとしてるんだよ!」


「国家反逆罪で呼ばれても……ねぇ?」


「とにかく俺は悪いんだ! 早く逮捕しろ!! さあ! 牢獄へ入れろ!」


「それはちょっと……」


「なんでできないんだよ!?」


これだけの大罪を犯したのに、警察官はまさかの塩対応だった。

手錠すら出さない。


これでは計画がもうめちゃくちゃ。


腹がたってきて、思わず警察官に叫んでしまった。



「なんでわかってくれないんだよ、このバカ!!」



最後の2文字だった。


最後の2文字を聞いた瞬間、警察官の目の色が変わった。


眼光が鋭くなったかと思いきや、即発砲。

足を撃たれて激痛で地面に倒れる。


「いってぇ!」


「本部応答せよ!! 重罪人を捕まえました! すぐに応援を!!」


「ええええ!?」


数秒前とはまるで別人の手際。

あっという間に拘束され牢獄に放り込まれるタイムアタックの世界戦を制した。


「なんで急に変わったんだよ……」


念願の牢獄にぶち込まれることには成功した。

足を撃たれるほどのことなのか。


すると、牢獄の同居人が顔をあげた。


「おや、若いの。あんた面白いものを持ってるね」


「この砂時計ですか?」


「ああそうさ。わしの代じゃ、いたずら魔法アンティークをよく作ったものさ」


「え、それじゃあなたは魔法使い!?」


「そうとも。今は路上喫煙で捕まったがね」


「そんな程度の罪で?

 それより、この砂時計も知ってるんですか?」


「もちろん。それは友達が作ったものさ」


「教えて下さい。この砂時計は何を反転してくれるんですか。

 どうすればすぐにもとの状態に戻せるんですか!?」


「その砂時計は……」


いいかけたときだった。

牢獄の前に喪服を来た警察官がずらりと並んだ。


「出ろ。こっちへ来い」


「なんなんですかいきなり……。話すことは全部話しましたよ」


「まだやることがある。そこの壁に立て」


「……?」


壁際に立たされると、眼の前の警官が銃をかまえた。

その銃口はまちがいなく自分の眉間を狙っている。


「ちょっとまってください!!

 国家転覆を狙ったから殺されるんですか!

 あんなザル計画、うそに決まってるでしょう!?」


「だまれ! そういうことじゃない!!」


「じゃあなんで殺されなくちゃならないんですか!

 いくら命の価値が反転してるといっても、

 命を奪うことが良いわけないでしょう!!」


「動くな! より苦しむことになるぞ!!」


「じゃあ教えて下さいよ!! なんで殺されなくちゃならないんですかぁ!!」


警官はよどみなくすぐに答えた。



「お前が、本官のことをバカと言ったからだ!!」




ぽかんとしたのは自分だけだった。


「そ、それだけ……?」


静まった刑務所内で、魔法使いのおじいさんはボソリとつぶやいた。



「お前さんの持っていた砂時計。

あれは命の価値を反転させるものじゃねぇ。


この世の罪の重さを反転させるものなんじゃよ」



まもなく、俺は悪口罪によりその日のうちに処刑された。

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