配信を切り忘れた俺、今はダンジョンの中にいるんだが?
秋乃晃
最終決戦
俺は108階の扉の前にいた。扉の向こう側で俺を待っているであろうフロアボスを倒せば、愛上イオはダンジョンから脱出できる!
長かった。
長かったな……。
「準備はイイ?」
右肩に乗っている
「……どうしたの?」
ここまでは、即答してきた。107回。俺はこの狂ったダンジョンから脱出する。その一心で、フロアボスたちを倒してきた。107体。俺は俺自身のために、最後まで戦い抜かなくてはならない。
最後の最後で俺が返事をしないもんだから、心配させてしまったな。
「君ともお別れだな」
鈴を転がしたような音が、俺の鼓膜を揺らしてくる。
「何言ってるの。また会えるわ」
*
愛上イオは俺がVTuberとしての活動するときの姿だ。その唇から流れ出る声は、俺がボイチェンしたものと似ている。配信のアーカイブを切り抜いて動画化するとき【歌ってみた】を編集するとき、何千時間と聞いているその声。
ただし、身長は公式設定の155センチメートルではなく手のひらサイズにまで縮んだ姿だ。ちいさくてかわいいので多少の設定変更は許そう。俺が公式だから俺がイイって言ったらイイんだよ。こまけぇことは気にすんな。
愛上イオは「仕方ないわねー」と言いながら、ダンジョンの入り口に備え付けられたどでかい自販機の前に突っ立って「ここがウワサの……東京湾に突如現れたっていうダンジョン……?」と写真撮ってツイートしようにもスマホを持っていなくて茫然自失な俺の目の前に現れた。マジで
金髪ツインテールでエメラルド色のつり目の、チャイナドレスな女の子。他の衣装もあるっちゃあるけども、基本的にはこれ。チャンネル登録者数がある程度増えてからお披露目配信したくてあたためてある。
「ガチャを回しなさい。チュートリアルガチャはSSR以上のスキルが確定で排出されるから!」
俺の右手の指を、愛上イオが小指から引っ張り上げて広げさせて、背負っていたコインを握らされた。これでチュートリアルガチャを回せということらしいな。流れ的に。自販機にコインを入れると、飲み物を買うときに光るはずのボタンが左上から右下にかけて順番に点灯していき、ガチャコン! と取り出し口に一本の缶が転がり落ちてきた。
「すごいじゃない……URよ……!」
すごいらしい。この缶に詰まった液体を飲めばダンジョン内で使用できるスキルが獲得できる。――と、自販機の側面に書いてある。
「ウルトラレア?」
愛上イオは俺のはずなのに、俺よりもはるかにこのダンジョンに詳しい。移動中に聞いてみたら、俺が愛上イオとして活動して
「そう!」
にっこにこで缶に近付いていく俺、ではなく愛上イオ。缶のラベルに、そのスキルの詳細が書いてあるっぽい。文字が書いてあるっぽいのは見えたけども、愛上イオの顔が真っ赤になって、その文字を隠すように缶の手前に移動する。
「して、その超珍しいURくんちゃんのスキルの内容は?」
ぼそぼそ、と愛上イオが答えた。ちっとも聞こえない。聞こえないので、缶を取り上げてプルタブを開けた。飲めばわかるさ。
「あっ、あーっ!」
のどが乾いていたから、一気に飲み干した。ニンジンジュースのような味。可もなく不可もない。自販機は10階ごとに設置されていて、上の階に行けば行くほど高レアリティのスキルが排出されやすくなるのだが、レアリティの低いスキルはゲロマズかった。ニンジンジュースは
「チュートリアルガチャは引き直しできるのに! 飲んじゃったらダメじゃない! もうっ! バカバカ!」
ポコポコと右頬を叩かれた。このぐらいなら痛くない。ボディがちいさいぶん、力もミニマムになっている。
「ええっと……なになに……?」
目を細めて文字を読む。スキル名は【
「きんたまを強打することにより放出されるエネルギーで任意のアイテムを生成する――って書いてある」
「はい」
「きんたまを強打することによる放出されるエネルギーって何?」
「わかりません……」
*
俺は
最初は恥ずかしくて頼めなかったが、愛上イオにアッパーカットしてもらったり蹴り飛ばしたりしてもらったりもした。愛上イオは俺なんだから恥ずかしがることは何もないはずなのにものすごく罪悪感がある。羞恥心はどっかいった。
10階ごとの自販機では思いつく限りのありとあらゆる神へ祈りを捧げながらガチャを回した。この痛みを相殺できるような画期的なスキルがほしくてほしくて……。けれども出てくるのはもう何に使うんだかさっぱりわからないようなスキルばかりだった。運がカンストしていたのはスタート地点だけで、あとはゲロマズドリンクばかりを飲まされている。
帰りたい。
バイトは決して楽ではないが、今となってはみんなが恋しい。なんでこんなことになっているんだろう。ここに来る前は、確か、雑談配信をしていたはず。
「……さあ、行こう」
まあいい。これで終わる。
108階にある扉を開けた。開けた先にフロアボスの姿は見えない。これまでのフロアボスは大して強くもないのに玉座に足を組んで座っていた。
俺のきんたまを強打することによる放出されるエネルギーによって生み出された武器をなめるな。痛さは強さなのだ。
『みなさん、愛上イオの
中央に玉座があるのはこれまでの階と同じだが、そこにはノート型パソコンが座っている。そのスピーカーから、
『自グレさん、ナイススーパーチャット! そうです! この人が愛上イオ、として活動していた人!』
愛上イオは俺なのに、モニターには愛上イオの姿があった。俺の今の姿がメインとしてでかでかと映されていて、左下に愛上イオがいる。
『えっ? わたしですか? わたしは愛上イオですよ? ははっ!』
気付けば右肩の上にいた愛上イオがいなくなっている。なんか軽いなと思った。
『これからはわたしが
「ちょっと待て! 108階に来たら、俺はダンジョンから脱出できるんじゃなかったのか!?」
画面上の愛上イオは、俺を指さして『
配信を切り忘れた俺、今はダンジョンの中にいるんだが? 秋乃晃 @EM_Akino
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