第40話 緩衝地帯
「ねえ、コスプレのおじさん! この状況、何とかならないの?」
降りしきる矢の雨を大盾で防ぐ中、そうガルドに対し冗談混じりに言うエマ。
サマルキア国内では、獣人族は非常に珍しい存在である。この国に住む人口の98%は純粋な人間であり、亜人と言われる存在は残りの2%程しか居らず、その殆んどが獣牙の団に関連する者達であった。
非常に人種差別的な発言ではあったが、彼女らしいといえば彼女らしい。
「こんな時にフザけた事を言っている場合ではなかろう!? 何とかしたいのなら、二人で精鋭部隊を引き連れて突撃でもするか?」
エマに容姿の事を揶揄されても怒る様子もなく、冗談半分で突撃を提案するガルド。現在、グリーラッド領は、5,000人のアメリア王国軍による攻撃を受けていたのだ。
二重となった城郭の外には麦畑が広がり、多くの村が作られていたのだが、その外周にはアメリア王国側に沿うように流れる、幅100メートル程の川を利用した防御体制が構築されていた。
グリーラッド側の川岸には、土塁と防護柵が数キロに渡って設置されており、唯一渡河するための橋には、グリーラッド側の入り口に簡易的な砦が建設されていた。
敵の別動隊を警戒する目的で部隊を百人ほど割いていた為、砦を守備する兵力は500人程であった。
木で作られた橋の幅は10メートル程であり、数十名の敵部隊が砦の前まで迫ってきては矢を射かけ、グリーラッド軍の魔力砲による一斉射撃を浴びては撤退を繰り返すといった状況だ。
「どう考えても、多勢に無勢よ? 少数の兵で突撃なんてしたら、間違いなく全滅するわ!」
「自慢の広範囲魔法はどうしたのだ?」
そう皮肉を言うガルド。
「無理よ! 私の魔法はショートレンジだから、目一杯近づかないと、
あっさりと、自身の魔法が役に立たない事を認めるエマに対し、ガルドは溜め息をつきながら言う。
「では、弾薬が尽きるまで、この戦術を繰り返すしかあるまい」
「敵に優秀な回復士がいるのね? 装備している魔道装具もかなりの防御力みたい。これだけ撃ちまくってるのに、全然敵の兵力が減っていってる感じがしないもの......」
「しかし、無理な突撃をして来ないところを見ると、敵も大きな損害を出す事を恐れているようではあるな」
「一応、こっちの反撃には、敵も手を焼いているって事?」
「いや、敵も馬鹿では無いだろうから、恐らくこちらの弾薬切れを窺っているのだろうな。機を見て総攻撃を仕掛けて来る可能性は高い」
その後も幾度にも渡り、敵の波状攻撃は続く。弾薬は既に、底を尽きかけてきた状態であった。
何十回目かの襲撃をやり過ごし、一息ついたところで、エマは再びガルドに向かって問いかける。
「それにしても、どうしてアメリア王国はこんな痩せた土地を欲しがるのかしら? 十年以上も侵攻して来なかったのに、ここに来て急に軍を送り込み始めた理由もよくわからないし!」
士官でありながら、今さらそんな質問をするエマに対して、やれやれといった感じで答えるガルド。
「この地が、地政学的に緩衝地帯となるからであろう? 今までは、何も無くなった状態でお互い兵を引いていた状況だったからこそ、紛争が起こらなかっただけだ!」
「へぇ~。なるほどね~。ガルドって実は、けっこう頭が良かったりする?」
───それくらい、士官なら普通わかる事じゃないのか?
そう問いたくなるガルドではあったが、エマの性格を考えると面倒な事になるのは必然だと思い、彼は別の理由も付け加えて、そのどうでも良い質問に対し答える事をはぐらかす。
「それに、現在この国が置かれている状況についても、近隣諸国に情報が伝わっているというのも有るだろうな」
「そうね! こっちには全然、情報が入って来ないけど、ディールの奴上手くやってるのかしら?」
グリーラッドには、王都が解放され、新国王が誕生した事についての連絡が為されてはいなかった。
全国に向け布令が出されていたとは言え、僻地であるこの地にはディールがすぐに帰還するという事もあって、伝聞鳥は飛ばされていなかったのだ。
しばらくすると、数名の敵兵が騎馬に跨がりゆっくりと橋を渡り始める。砦の前まで来た敵の騎兵は、大きな声で要件を伝え始めた。
「私はアメリア王国軍副官のジャン・ボンジャヴィーナである! これまでの貴殿らの戦いぶりは、誠に見事なものであった! しかし、既に弾薬も尽きかけていると察する! これ以上の防戦は無駄に命を失うだけだ! 一時間だけ待とう! それまでに降伏の使者をよこすが良い!」
そう要件を述べると、敵の副官はすぐに自陣へと引き返していった。
状況を鑑みたエマは、ガルドに対して提案する。
「やっぱり敵に、弾薬が切れそうな事を悟られちゃってるわね! こうなったら、城まで撤退するしか無いんじゃないの?」
「我々は、ディール様からこの領地の留守を預かった身。ようやく軌道に乗りかけた農地を、むざむざと敵に踏みにじられるわけには行かぬ!」
「でも、ここの防御力じゃ、魔力砲の火力が無ければこれ以上防戦するのは無理よ?」
意見が纏まらないままに、指定された一時間は過ぎていく。
いよいよその時間となったところで、敵陣に大きな動きが見られた。
「ななっ! 何よアレ!」
突然、敵の陣地に出現した、九つの頭を持った大蛇に驚き、叫び声をあげるエマ。
「伝説級の魔物、ヒュドラだな! 伝説が本当の事であれば、八つの頭は強力な再生力を持ち、一つの頭は不死であると言うが。そんな物を使役する軍隊など、今まで聞いた事もない!」
ガルドの解説に、エマは慌て気味で言う。
「ちょ、ちょっと! そんな化物、普通の軍隊で倒せるわけがないじゃない! 何でそんな冷静な感じで言ってるのよ!」
「あくまでも伝説としての話だ! それに、もし本物だったとしても、強力な魔法なら倒せるかも知れんぞ?」
そう言ってエマをじっと見つめ、無言の圧力をかけるガルド。
「いやいや、だから私の魔法はショートレンジなんだって!」
「あの魔物の懐に、飛び込むしかないな!」
「そんなの、死にに行くようなもんじゃない!」
「では、この状況、一体どうすると言うのだ?」
「どっちにしたって、相手はあの魔物だけじゃないじゃない! 魔物をもし首尾良く倒せたとしても、敵の一斉攻撃を受けて確実に突入部隊は全滅よ?」
歴戦の勇士であるガルドも、流石にこの状況には名案が浮かばずに、エマの言を受け黙り込んでしまう。
一方の敵陣営では、召喚したヒュドラを別の場所から渡河させる為に、少数の魔道士と副官がその魔物を伴って移動を始めていた。
「流石はアスモデロ様だ! こんな魔物を制御する魔道具をお持ちとはな!」
副官であるジャンの言い様に、一人の少女がむくれ顔で自身の功績をアピールする。
「私が居なきゃ、そもそも召喚出来なかったのよ!? アスモデロじゃなくて、褒めるべきは私の方なんじゃない?」
「もっ、勿論、美鈴様のお力も素晴らしいと思っております! こちらの世界には存在しない魔物まで召喚出来てしまうとは、ハルバの使徒の力には本当に感服いたします!」
冷や汗をかきながら、そう褒めてみせるジャン。しかし、彼は召喚するだけで制御までは出来ない彼女の事を、内心では馬鹿にしていたのだ。
そして、本陣から100メートルほど離れた場所を選んだその一団は、渡河を開始させたヒュドラの後を小舟を使って追随するのだった。
勇者なのにガンナー!? 剥奪された世界最強の勇者 ~異世界からの召喚者にその座を追われた俺は、辺境の地でスローライフを送る(予定)~ その辺の双剣使い @sonohennosoukentukai
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