〇「その情報は誰から?」とオレは探偵らしく情報源を確かめた。
田中美千代の話しによると、新井ナナは男と会っていたという。
「その情報は誰から?」とオレは探偵らしく情報源を確かめた。
「共通の友人。」と美千代は飲み屋で言った。
「なるほど。で、ナナが会っていた男はどんな奴だったんだ?」とオレは熱燗を飲みながら言った。
「会社員。」と彼女も熱燗を手に取って言う。
「サラリーマンか。ってことは彼氏だな。」とオレは言った。Dのような野郎がナナみたいな若い女とうまくやるなんておかしいと思った。
「多分。」と美千代は答えながらも、確信はないみたいだった。
「なんだよ、彼氏だったら美千代も知ってるはずだろ。」とオレは首をかしげた。
「うん。今までは彼氏とかは紹介してもらったけど。」と言いながら焼き鳥を彼女は食べる。
「けど、そいつは知らないってことか。」オレも焼き鳥を手に取る。
「うーん、まぁナナも男の出入りは結構多いほうだったから。」と彼女は言った。
「ま、仕事柄ってのもあるんだろう。」そもそもオレとDが彼女と会ったのも中野のキャバクラだったわけだ。
「ナナは自分の仕事はシンガーだってさ。」と彼女は付け加えた。
「そんなことはいいんだよ。」要は銭を稼いでることが仕事なんだから、とオレは追加注文しながら言う。
「あたしだって保育士さんを目指してるんだけど。」とここにもメザシ女がいたってわけだ。ま、そんなキラキラした目を見るのは嫌いじゃない。若さの特権というやつだろうか。
「誰も美千代が保育士になれないとは言ってないよ。」とオレはフォローを入れる。
「ありがとう。」と彼女は少しすねたように言った。その姿がかわいく思えた。
「で、そのリーマンはどんな野郎なんだ。」消える前に会ってたってことは、それなりに意味があるのだろう。
「わかんない。」と美千代は簡単に答えた。
「ま、ここからはオレが当たるか。」と言ってオレは再び熱燗に口をつける。
「当たるって、どうすんの?」と美千代は言った。
「どうもこうもないだろ。」と言ってオレは彼女の太ももに手をやった。
「ちょっと。」と言いながらも彼女は少し嬉しそうにしている。
「とりあえず、お持ち帰りってことだな。」とオレは店員に笑いかけた。
「え、もう出るの?」と美千代は言った。オレは勘定を払って、タクシーをつかまえる。そして彼女を自宅に持ち帰り、一発かます。バカみたいだが、寒い夜には体を温め合うのが一番ってわけだ。
新井ナナが消える前に会っていた男。そのサラリーマンとやらのことを探ることにした。そして意外なところからその手がかりは手に入った。
「どうも。」と相手は言った。女の声だった。
「こんにちは。」とオレは挨拶する。電話越しで相手の姿は見えない。
「お久しぶりです。」とDの奥さんは言う。
「はい、どうしました?」とオレは単刀直入に聞く。彼女から連絡がくるということは、つまり何かあった証拠だ。
「それが、夫のことではないのですが。」と彼女が言ったので、オレは展開が読めなくなった。
「はい?」と生返事するオレに構わず、彼女は続ける。
「ある人から手紙が届きました。」と言うので、オレは聞く。
「手紙。」電話越しに、彼女が一瞬止まるのが分かる。
「ええ、よければ見てもらえたらと。」と彼女が言う。
「もちろん、支障がないようでしたら。」とオレは答えた。そしてDの奥さんと、最初に会った喫茶店で落ち合った。彼女は前会った時よりはよそ行きの恰好をしていた。
「すみません、突然。」と彼女は言って、席に座る。
「いえ、注文をどうぞ。」とオレはウェイターのようにメニューを差し出した。彼女は前回と同じく紅茶を頼んだ。オレはアイスコーヒーを頼む。
「Dの手がかり、何か見つかりましたか。」と彼女は言ったが、オレは首を振った。美千代の言っていた男については触れないことにした。
「いえ、色々と知り合いを当たってはいるのですが。」とオレは答える。
「そうですか。」と彼女は一瞬沈んだ表情をした。時間がたつといなくなった人の存在感が浮かび上がるケースもある。
「手紙が来たそうですね。」とオレは彼女に話を振った。いつまでも黙っているわけにはいかない。
「はい。」と答えて、彼女はバックから手紙を取り出した。シンプルな茶封筒だ。
「なるほど、これですか。」と言ってオレはそれを受け取った。同時に店のマスターが注文を持ってくる。
「どうぞ読んでください。」と。言われるがままにオレは手紙を開けた。
「あたしにはどう判断していいのかわからなくて。」と紅茶に砂糖を入れながら彼女は言う。
「はい。」とオレは答えながら、オレは手紙を読む。
「ふぅ。」と彼女はため息をついた。オレはそんな彼女に構わず、手紙に集中した。
それは男の筆跡のようだった。手紙にはこのようなことが書かれていた。
「前略、突然お手紙差し上げます。あなたのことを私は存じておりますが、あなたは私のことをご存じないと思います。と言いますのも、私はあなたのご主人の知り合いだからです。知り合いと言いましても、友人とは言えない。むしろ間に人を介しての付き合いと言ってもいい。つまり、その間にいるある女性、それが二人の共通項です。彼女は私のかけがえのない女性であります。これは私の一方通行の片思いではありません。というのも、二人は婚約をしているからです。私からのプロポーズを、彼女は受けてくれました。つまりフィアンセです。その彼女とあなたのご主人がどのような関係か。私の口からは言いにくいことですが、手紙を出す目的がそこにあるので書かないわけにもいかない。無礼があれば、どうかお許しください。」一枚目の手紙をオレはめくった。Dの奥さんは静かにじっと目をつむっている。
「二人の関係、それは簡潔に申し上げると不倫です。Dさんと私のフィアンセは不倫の関係にあり、それは私の不徳のいたすところ…証拠があるのかといえば、あると申し上げましょう。ホテルから出入りしているところを私は実際に目撃しているのです。証拠の写真も同封いたします。」と書いてあるので、オレは封筒の下の写真に目をやった。そこにはホテルに入るDとナナの姿があった。見覚えのある姿だ。そこには写っていないが、実はオレと田中美千代もすぐ後ろにいたはずだ。あのホテル、あのライブの夜の写真のようだった。オレは手紙の続きを読んだ。
「つまり、そのような関係にある二人。私のフィアンセと、あなたのご主人。それを私たちが許すことができるのか。もちろん婚姻関係にある私ですが、まだ法律的には結婚してるわけではありません。一方、あなたはDさんと結婚されている。それは正式に法律にのっとり、訴訟起こされるなりできるわけです。しかしここでは、私はあなたの選択をどうこう言う立場にない。私は私の選択として、こうして手紙でお伝えするのが義務だと思い、筆を執っているのであります。」オレは二枚目を読み終わり、続けて三枚目を読んだ。Dの奥さんは紅茶を飲みながら、オレが読み終わるのを待った。
「この手紙が警察の手に渡ることを、私は望みません。警察は法律にのっとり動くものだからです。一方、私は法律ではなく、一種の正義にのっとり行動しています。こうして手紙を差し上げるのも、筋をつけるためであります。あなたのご主人、Dさんは行方をくらました。それはなぜでしょう?一つの罰だと考えていただけませんでしょうか。もちろんあたなにはあたなの選択、離婚訴訟なりなんなりの方法があると思います。しかし、私にそのような選択ができない以上、こうした行為(それを犯罪と誰が責めることができるのか)に出るしかありませんでした。他の何者にも謝る必要はない。ただあなたと、あなたのお子さんには迷惑をかけるかもしれない。そう思い、この手紙を書いているわけであります。これ以上は、何を言っても無駄でしょう。これは脅迫状でもなければ、予告通知でもない。一種のラブレターだと考えていただきたい。Dさんは今のところ、無事です。かしこ。」と手紙は終わっていた。オレはこの手紙に二回さっと目を通した。文章は論理的だが、脈絡はばらばら。落ち着いているようだが、うつ病のような怨念も感じる。そして何より自己正当化に徹している。
「驚きました。」とオレが言うと、Dの奥さんは静かにうなずいた。
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狼たちのクレイジーな夜 ふしみ士郎 @fussi358
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