『後の人生は頼んだぜ、僕』
小田舵木
『後の人生は頼んだぜ、僕』
「後の人生は頼んだぜ、僕」ベッドの上に寝転がった彼は言う。
今、僕は。僕のオリジナルの自殺の現場に付き添っている。
問題は。僕のオリジナルが自死を選んだ事で。
「頼まれたところでなあ…あくまで僕は君のクローンだ」
「脳の神経回路まで再現済み…ほとんど僕だと言っても良い」彼はベッドの上から応える。
「そんな僕はさ、君と同じで自死を志向してもおかしくない」僕は言うのだが。
「だろうな。だが。お前と僕はあくまで別個体…僕の様に人生に絶望しないかも―知れない」
「君は頭にバグを抱えていて。それは僕の方にもコピー済みだ」
「…うつな。だが、君は継続的に治療を受ければ、
「それはオリジナル…君も一緒だろう?」
「いいや。僕は人生に深く絶望している。だが、安易に人生のステージからは降りられない。親が悲しむし、今の研究が滞る」
「んで。わざわざ僕を創り出した。そこまでするくらいなら生きろってんだよ」
「まあ?研究を継続したい気持ちがないと言えば嘘だが―面倒くさくなっちまった」
「君の希死念慮は根が深い」
「そうだ。意識が出来上がっちまった時から。死に取り憑かれている」
「そんな君が再生医療を研究し、人体のクローニングまで成すなんてお笑い草だぜ?」
「そりゃ、運命の成すトコロさ。別に最初から、こういうエンディングを用意してた訳じゃない」
「たまたま実行が可能になって。君はやってみただけ」
「そ。こういう事が可能だって分かっちまったら…生きるのが死ぬほど面倒になった」
「面倒になったから、クローンに人生を押し付けるなんて、前代未聞だ」
「だからこそやる価値がある訳さ」
「まったく。君は君の命すら実験の道具にする訳だ」
「まずは自分で試す…ま、これが僕なりの責任のとり方だな」
「この実験、上手く行くか分からんぞ?僕は精巧に君をクローニングした存在だが…君ほどの才能は示さないかも知れない。神経の回路
「完全に僕じゃなくても良い。僕に似てればそれで問題はない。ひらめきが必要な研究は片付けてある。後は地道な実証過程だ、事務仕事みたいなもんだよ」
「君は面白い部分だけ味わって―後は僕に面倒を押し付ける訳だ」
「ま、有り体に言えばそうかな」
「まったく、世話の焼けるオリジナルだ」
「迷惑かける…後の始末は任せたぜ」
「…頼まれよう」
ベッドの上の僕のオリジナルは。
ベッドテーブルの上で自殺の準備を始める。
バルビツール系の睡眠薬のオーバードーズで逝くつもりらしい。
僕は。彼を止める事は不可能だと分かっている。
なにせ僕のオリジナルだ。
ある程度、どう人生に絶望しているかは知っていて。
それが治療不可能な領域に入りつつある事を知っている。
生まれながらにニヒリズムに囚われた男なのだ。
何を成そうが虚無感に付き纏われ、何をしても死が頭を過ぎる。
行き着く先は自殺なのだ。時期が早いか遅いか…それだけだ。
僕はベッドの脇でせっせと準備をするオリジナルを見守る。
そして、自分を見る。ここに鏡があれば。彼にそっくりな僕の顔が映るはずだ。
ああ、まったく。面倒な役目を仰せつかってしまった。
人生に絶望しつくし、死を選んだ者の人生の代行。
ぶっちゃけ、僕のようなクローンは創らないで死ねば良かったのに。
そう思わざるを得ない。
だが。彼はそれなりに去っていく世界に未練や責任感があるらしい。
だから僕のような代行者を置いていく訳だ…
「んじゃあ。逝くから。お前は部屋から出とけな。後が面倒くさい」彼は言う。
「小一時間は時間をおけよ、あんまり近くで死なれると、後が面倒くさい」
「そこは分かってる。さあ。さっさとここから離れてくれ」
「後は始末しておく。じゃあな」
◆
僕はオリジナルの居る部屋を出ると、全力で現場を離れる。
出来るだけ遠くに居ておきたい。
彼の死に関与したと疑われると後が面倒だ。
…そもそも僕はクローンだしね。
僕は私設のラボを出ると、駅に行き。
出来るだけ遠くの観光地に向かう。
あくまで。オリジナルの自殺は知らなかった体を装う為である。
◆
僕は
当然、警察に突かれはしたが―知らないの一点張りで身を
そして。
僕は彼の葬式に出て。彼はこの世から居なくなった。
その跡を継がされたのが僕。
彼の両親は納得できない、という感じではあったが。
彼と研究をしていた者達は別にどうでも良さそうだった。
なにせ、僕は彼を精巧に模したクローンで。ある程度は彼の研究を引き継げるからだ。
この世からオリジナルが消え、クローンが残る。
この違いを分かる人間がどれだけ居るか?
どうなんだろうな?見た目や思考が完全に彼のクローンの僕がまだこの世にいる訳で。
他人から見れば、そう変わりはないのかも知れない。
…僕から見れば大違いなのに。
まったく。面倒な事態になっちまった。
だが。僕は彼を止める事は不可能だった。
なにせ。僕だって―彼と同じプロセスを経れば、同じ事をしていただろうから。
僕だったか、彼だったか。
たったそれだけの違いである。
その違いが。僕の代行という事態を引き起こし。今の状態に至らしめている。
◆
「後の人生は頼んだぜ、僕」ベッドの上に寝転がった僕は言う。
眼の前の彼―40代になった僕のクローンは納得出来ない顔だ。うん。昔は僕もそんな顔をしていたっけな。
「またかよ?」僕のクローンは言う。
「まただな。分かっていたろ?僕はニヒリズムに冒されているって」
「分かっていたし、想定はしていた…だが。お前ならもう少し頑張ってくれるかと」
「オリジナルの生存期間が20数年、僕の代行が10数年…ま。コピーにしては頑張った方さ」
「いい加減。自殺に際してクローンを用意するのは止めたらどうだ?」
「そう言ってもね、多くのプロジェクトを抱えているから、僕が居なくなるのは面倒が多い。適当な代行者が要る」
「お前は責任感が強いんだか弱いんだか分からない男だな」
「適当っちゃ適当さね。自殺を選ぶ位だから」
「…僕はお前だが―お前が分からん」
「そりゃ。あくまで君は君だからな」
「分からんなりに言っておくが―あまり僕にも期待はしないで欲しい」
「分かってるさ。僕がこの様だ」
「…僕も死に至るのだろうか?」
「なにせ。オリジナルの思考回路が保持されてる。君もニヒリズムの患者だ」
「そんな僕に人生を代行させるなんて、酷い話だぜ?」
「だがしかし。頑張ってもらわにゃいかん…まだやり残している研究は多い」
「なら。自分でやれ。僕に頼まずに」
「それは出来ん。最近は死の事で頭が一杯でさ。あまり研究が進まない」
「…この連鎖は何時まで続くのだろう?」僕のクローンは呟く。
「研究が終わるまでかな?」
「…終わらないんじゃないか?」
「そういう事態が起きないように研究テーマを広げるような事はしていない」
「だが。オリジナルのアホの研究領域は広い」
「結構デカ目の風呂敷を広げていたな…」
「これ。寿命までに終わらないんじゃないか?」
「そういう時は若めのクローンを用意すりゃいいだろ?」
「で?『お前』は永遠に生きるつもりか?」
「いやいや。僕は死ぬさ」
「だが…傍目からは死んでないも同然だ」
「傍目からはな。一応、毎度『僕』は死んでいる」
「その違いが分かるのは―お前らと僕だけだ」
「他人には永遠に生きるソンビだと思われる…まあ。気にしなければ良いじゃないか」
僕はベッドの近くにあるバルビツール系睡眠薬を手に取る。
そして、クローンに部屋から出るよう促して。
クローンが遠くに去って行った頃合いを狙って僕は睡眠薬を飲む。
睡眠薬ってのは効くまでに時間がかかる。
だから。眠りに落ちるまでに余計な事を考えちまう。
僕は今から死ぬが。
この死もあまり真剣に取られる事はないだろう。
あの博士がいつもの持病を起こし―またクローンを残して消えていった…それだけの話として留まる。
僕と仕事をする研究者たちは。気にもしないだろう。
なにせ。僕の思考形態を備えたクローンが居るのだから。研究は滞らず、進んでいく。
こういう事を考えると。
僕って存在は一体なんだったのだろう、と思う。
そして。何故、ニヒリズムに冒されているのか?
後者の答えは簡単だ。何をしても虚無感しか感じないからだ。
前者の問の方が難しい。
まあ?簡単に言ってしまえば、オリジナルの代行者でしかないのだが。
僕は。代行者として以上の何かを求めていた…代行をし始めた頃は。
だが。代行をしていく内に。かのオリジナルの存在と僕の存在が
引きずられるように。僕は彼になってしまった。
そして。彼の
死を選ぶに至った。
だが。研究だけは完成させたい…こんな思いもオリジナルの存在が収斂した結果だ。
ああ。僕は何の為に生まれたのか?
…何の為でもない。ただ、気がつけば僕は僕だった。
そして。彼のクローンであって代行者であった。
それ以外。選びようが無かったのだ。
何をどうしようが。僕は僕としてしか産まれる事は出来ず。
この様に生きる他無かった。
…なのに。
僕は妙に納得がいかない。
だが。そんな事も今やどうだって良い。
もうすぐ死が訪れる。
死に至れば。このような面倒な事は考えずに済む…
◆
『後の人生は頼んだぜ、僕』 小田舵木 @odakajiki
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