12話 2学期デビューは予断を許さない!その2

「いやなんだよ、性癖必中の領域展開て!!!おかしいだろ!!!」


「はァ? いきなりどうした!?」


 我に帰り、なんだかよくわからない思考に支配されていたのだと気づける程度には理性を取り戻した俺は。身体に自由がきくことを確認する。


「わけわかんね。いいからはやく帰ろうぜ」


 俺をわけわからなくさせているのはお前なんだがな?

 手を差し出す冬司に馴染みの面影を見出し安堵したのも束の間、すぐに先ほどの婀娜っぽい姿が妙にチラつく。

 俺は手をとったものの目を背けてしまい、しばらく顔を見ることができなかった。

 よろよろと立ち上がった俺の動揺に冬司は気づいていないようで、すっかり満足げに歩き出していた。


 ずんずんと肩を切って歩く少女の華奢な体躯に、ふと、魔が差した。

 

 こいつはあの冬司だ。どうしようもない悪戯野郎のくせに腐れ縁は切っても切り離せない厄介な巡り合わせ……

 そんな奴に俺は、やられたらやり返す、これを信条としてきたはずだ。だと言うのに、最近の俺ときたら翻弄されてばかりだ。

 やるせない衝動がぐつぐつと茹っているのがわかる。吹きこぼれるのは時間の問題だった。

 

 "わからせ"が必要である────

 

 お前がそうくるなら、互いが互いに諸刃の剣を担っていることを思い知らせる必要がある。

 俺は冬司の前までふわりと駈けてしなをつくり、指先を合わせて傾げる。


「───ねぇ。。貴女さっきどうしてむすっとしていたのかしら? わたくしにおしえて頂戴?」

 

「……へ? く、呉久……?」


「誰かしら、それ」

 

「あっ……はい……茉莉まり、様……」


 俺の返しに怯んでいる冬司に、詰問を続ける。

 

「よろしい。貴女、お昼休みからずうっとむすっとしていたじゃない……?理事長室でも一言も喋らない、不調法ね」


「……そっそれわっ」


「それにさっきのはなに? 図書室で待ち合わせようと言ったのは貴女じゃない……それがのぞき? 貴女、まるでストーカーね? そんなにわたくしのことが好きなのかしら?」


「へ、へぁっ!?」


 ちょっぴり身近な女性の詰問を真似ただけだったのだが、動揺する冬司を見る限り存外効果はありそうだ。

 引き続き、詩織姉さんの尋問手法を真似る。


「応えて頂戴」


「そ、それは……え、えっと、さ、さっきも言ったじゃねーか!? お前が遅かったから、わざわざ来てやったんだって!」


「ふうん」


「まったく……大変だったぞ、お前探すの。図書室からはまぁまぁ遠いし……」

 

「それはご苦労だったわね……? でも、連絡くらいくれればよかったじゃない?」


「……したぞ。でもお前返信なかったじゃねーか……」


 スマホをみると冬司からは何件もメッセージが来ていた。

 この量、もしかしてほんとにストーカー?

 

「うわキモ──ごほん……心配してくれたのかしら……?」


「いまキモって」


「いってないわ」


「いや──」

 

「いってません」


 逐一めざとい奴だな。

 どうにかしてこいつのうるさい口を塞げないものか、なんて考えるまでもなく俺の手には妙案が握られていた。


「そうねぇ……心配かけたお詫びに。よかったらこれを貰って頂戴。さっき作ったのよ♪」


 俺は持っていたクッキーの包みを出す。包みといっても、ちょっぴりかわいいジップロック、ラッピングと洒落込むには簡素なものだ。

 元々料理研究部で作ったクッキーは冬司に食わすつもりでいた。しかしこれをこのまま「はいどうぞ」というのも味気ない。

 どうだろう、こいつで冬司の口を塞ぐ、なんて粋じゃないか。


「と言っても貴女、覗いていたから、クッキーのこと知っているのよね。いいわ。口を開けなさい!」


「へ? へ?」


「あーんして差し上げると言っているの。はやくして頂戴」


「へ? あ、あー……」


 俺がクッキーを摘んでやると冬司は顔を真っ赤にして口を開けた。

 なにこの子かわいい……


「はいっ♪ あーんっ」


「────ん」


 冬司は狼狽えて目を瞑りながらも、俺があーん、したクッキーをまるでリスのようにふっくらさせて味わっていた。

 

 ふと、無性にかわいい、守りたい、この笑顔、なんて思ってしまう。

 これが万人を惑わす庇護欲か、はたまた一般男児が知り得るはずのない母性というものか……せめて父性でなくては困る、いやそれも違うっ!

 どちらも俺の辞書にはない! そして永久にのることもない! 百歩譲って俺の辞書に記載されてたとしても、そんな項目引く機会はない!

 少なくとも、この女に対しては……!!


「お味はいかが……?」


 あーん、の後、俺は行き場を失った右手を、彼女の真っ赤な頬に添える。


「っ!?〜〜〜!?!?」


 手が触れた頬はピクッと震えてその朱色を濃くしていく。

 いちいちかわいいのだが? そのビジュアル、どうにかならんのか……


「ふゅ……」


 彼女はすっかり呂律が回っていない。


「……あらあら……かわいい」


「あっ……ひゃいっ……」


 彼女のかわいい反応はもう演技でもなんでもない本心から来るものかもしれない。というかこの少女かわいいのだ、もう本心ということでいいだろう。

 そして俺自身もまた、本心から甘やかしているのかもしれない。


「うふふ……まだまだあるわよ? はいっあ〜ん?」


「……ひ、ひゃいっ……あ、あー……」


 真っ赤に照れる彼女にクッキーを放る。動物の餌やりのようで楽しい。

 半ばトランス状態になっていた矢先──食事をしながらの聞き取りの場合、被疑者が食べ終わる前に聴取を終える──なんてセリフが頭を過った。

 たしか刑事ドラマのセリフだった気がするそれは、果たして現状にも適応可能な鉄則なのだろうか?

 俺は冬司にぐっと顔を近づける。


「……ところで、どうして見ていたのかしら……? 声もかけずに」


「──んむぐっ!?……ふぇ!?」

 

 驚いて、事態もクッキーも飲み込めずにいる冬司に、俺は問い詰める。

 

「クッキー作る様子を覗いていたのでしょう? 途中で声をかけてくれてもよかったじゃない……それとも、できなかったのかしら? ふふっ……普段わたくしを童貞呼ばわりしている貴女が……ねえ?」


 返事を迫るようにしてゆっくり冬司に詰め寄る。


「え、ええと、あえて聞かなかった……わけでして? こう、単純に綾瀬さんとなに話してるか気になったといいますか……だから、断じてコミュ障とかじゃない、のでっ!?!」


「ふうん」


 冬司は消え入りそうな声で答えて、後ずさる。対する俺はじっと目を向けて逃すまいと躙り寄った。


「そ、そ、それに、心配して来てみたら、予想通り? いちゃいちゃしてたし? 聞き耳を立ててたというかその……!ほら、声かけてたら台無し? な、わけで?」


「ふうん」


 背後に逃げ場をなくしたことに気付いたのか、ぴしっと固まる冬司。

 先ほどと打って変わって俺が冬司を壁に押し付ける形となった。捲土重来!やられたらやりかえす!ふふ……


「え、えと……だから……な! うん! そ、そういうわけ! あ〜〜〜お前もうその変な喋り方やめてくれ〜〜〜!!やめてください……なんか、もうどうにかなりそう、なので」


 ……もう少し続けていれば冬司は何かボロを出しそうだ。


「ふうん……心配はしてくれたのね?」


「まあ……へ?」


「図書室からここまでは時間がかかるもの。逆算して下校の予鈴がなる前には図書室を出ていなくてはいけないわ」


「え。流れ変わった……?」


「それになにかしら……私と綾瀬さんが仲良くしているのが気掛かり……?そんな口ぶりね?」


「へにょ!?は、はぁ!??そんなわけ──」

 

「はいっあ〜ん♪」


「──?あ、あー……?」


 なにか弁明をしようとあいた口にクッキーを放り込む。

 あーんされたクッキーを律儀に食べる姿は、素直なのか欲望に忠実というべきか可愛いのか。


「そういえば貴女、わたくしが綾瀬さんとお話ししている時、やけに割って入って来たわね……」


「──んむっ!?」


「私と綾瀬さんが仲良くするのはご不満?」


「……」


「それとも、それを見ているのが嫌……かしら?」


「……!?」


「あらあら……わかりやすいこと♪お顔が真っ赤よ……?」


 彼女の頬に指を当てる。この術が効くことは百も承知だ。千も承知の上で、やめてやらない。


「それにさっきしたのはなあに? 貴女から誘っておいて、私には触ってくれないの?」


 ゆったり近づいて彼女の太ももに足を割り込ませ、逃げ足を封じる。

 む。やわらかいな……。


「へ……へにゃ……」


 目前の美少女は困惑しているが、俺がお前からやられたのはこれと同じ性癖必中のクリティカルヒット、急所目掛けた全力投球なのだ。やられたらやり返す、倍返しだ!!

 性癖を知り合う仲では互いの一挙手一投足が効果抜群の大打撃になる……!

 美少女乱用の恐ろしさを"わからせ"なければならんのだ!!


「いいのよ……ほら」


 おもむろに、彼女のすっかり細くなってしまった手を取る。そして俺の胸まで優しく誘導していく────


「あ、あっ。ひょぇ……」


 目前のアイドル顔負けの整った顔は紅潮し、コロコロとかわいい表情の移ろう千変万化。

 ああ楽しい。この子がどんな反応をするのかとワクワクしながらぐっと身体を寄せ距離を詰める。


「ふふっ さっきまでの威勢はどこにいってしまったのかしら?」


「……ひょぇぇ」


 俺好みの、最高に可愛い子が、期待に困惑に興奮をないまぜにした目を向けてくる。

 この距離では彼女の動揺が手に取るようにわかる。そしてなによりというのがたまらない……。


わたくしを心配して、あーんなにたくさんメッセージを送ったかと思えば図書室から急いでかけつけて……おまけにわたくしが他の子と仲良くすると怒るのね? 貴女、やっぱり、本当に私のことが大好きね」


「いや、あ──」

 

 顔を隠そうと手に力が入ったのがわかる。そうはさせない。その姿が見たいのだから。


「ダメよ」

  

「〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!」


 離そうともがく手を、なけなしの力で引き寄せると、彼女は恥ずかしさのあまり悲鳴のような声をあげた。

 そのふわふわした声を堪能しながら、を発見した。

 鼓膜を揺らす声紋がゾクゾクと全身へ共振していく感覚がクセになる……もしかすると詩織姉さんもこんな気分なのかもしれない。血は争えんな。


 俺は追い打ちをかけるようにぐっと身体を密着させ耳元で囁く。


「 あらあら────お可愛いこと 」


 瞬間、ぴくんと彼女の全身が揺れた。


「ぁ……ぁぅ……」


「──はうぁっ!?」


 まるで目の前で風船が弾けたように、彼女は勢いよく壁に仰け反った。


 ────ゴチンッ


 そこに溜めた108つ全ての煩悩を一突きで清算してしまうような威勢の良い響き────


 中身を浄化された煩悩の権化とうじは覇気をなくし、その美少女な肢体を俺に預けて意識を失った……


 もしかして、もしかしなくても俺、からかいすぎたか────?



 ◇◇◇



 車窓を流れる街灯の光が膝で寝ている少女の顔を照らす。


(……黙ってれば美少女……だまってればなぁ……)


 迎えの車ですぅすぅと寝息を立てる少女、冬司に俺は膝枕をしている。

 こんなはずでは……

 だいたい、この子に膝枕されたいんだよ!! 冬司に、ではなく冬さんにというか……この美少女から中身を除いた子、という意味で、だ!!


 しかしまぁ。狼狽えるコイツは存外可愛かったのも事実だ。うん……機会があればまたやりたい。


 先程はああやってからかったが、こいつのことだ。きっと綾瀬さんに気があるのだ。

 自分を差し置いて俺と綾瀬さんが仲良くなるのが我慢ならんのだろう……器のちいさい男。いや、女か?

 オレを好きにさせる!なんて息巻いた翌日に自分は他の子に目移りか?惚れっぽい童貞……いや、こいつこそちょろインじゃないか?

 しかしこいつが綾瀬さんとくっつけばさっきやったみたいな遊びもできなくなるわけで……それは寂しいようなそうでもないような。う〜む。


 それはそうと、こいつが目を覚ましたらLINEのアカウントを新調するように言っておかにゃならんな。


「んん……う?」


 間抜けた声と共に、俺の膝にちょこんと乗っている頭がモゾモゾと動きだす。

 く、くすぐったい……


「んぇ……?どこぉ……?」


 胡乱な眼差しを向ける少女。かわいい。無意識にお姉さんムーブで応えてからかいたくなる、そんな衝動に駆られたが男らしく耐えた。


「と、とうじー? 起きたかー?」


「んー……車? あ、これお前ん家の車かぁ」

 

「今日も今日とて送迎車だ。そんで俺は今誰かさんの頭が膝にあって動けないんで、可能なら退けてくれませんかねぇ?」

 

「んあ? わりぃ! すぐ退くっ!」


「たのm──」

「アイタッ!──」

「はうぁっ!?」


「……ッてて」

 

 膝に電流走る────!

 起きあがろうとしたはずの冬司は、なぜか俺の膝に戻ってきた。

 

「なんでまた俺の膝に戻ってくんだよ!?!?」


「頭がグキってなったんだよッ! オレ、頭打ったじゃん!?!?それ、すんごい痛いわ!!」


「あー……すごい音してたもんなー……」


「てことで無理。ぢばらくこのままでー……」


「は!?い、いや、俺、足痺れてそろそろ限界なんだけど!?」


「そりゃスマン……っていろいろ思い出してきたぞ。お、おま、あのお嬢様ムーヴなんだよ!?オレがこうなってんのもあれっ……ほぼお前のせいじゃん!!!」


「わ、あ、もぞもぞうごくなぁ……! いちいち痺れるんだよ! もう蹴飛ばすぞ!!」


「う〜゛あたまいたいよぉ……??つらいよぉ……??をこんなにしてぇ……負い目も感じないのぉ……???」


「クソがよ」


 なにもいえなくなってしまったではないか。


「……」

「……」


「ふふ……そういや、なんかこういう拷問あったよな? 正座の上に石乗っけるやつ。お前今正座じゃないけど」


「その拷問じみた真似をさせてる負い目は感じてくれないんですかねぇ?」


「うぅ……あたまいたいなぁ……??」


「くっ……」


「……まてよ。オレ今膝枕されてる?」


「そうだよ。今頃自覚したか?ありがたく思え、そしてそう思ったらどけろ」


「……ふへ……茉莉ちゃんのふともも最高に柔らかいですありがとうございます……」


「こんの……」


「うー頭いたいなぁ……??」


「もうその言葉チートじゃん……」

 

「……まてよ? いまこのスカートをめくったら茉莉ちゃんのパンツが拝めると……!?」


「それやったら本気で蹴飛ばすからな??」


「……ごめんなさい高望みはしません」

 

「………え……というか見たいの?」

 

「そりゃあもう……ね?……え? 見せてくれんの!?」


「うわあきも。もちろんみせんけど。え、普通に引く。野郎のパンツみてどうずる」


「かわいい女の子のパンツなんて誰だってみたいだろ」


「その顔で変態紳士キメ顔するな調子狂う。あと女じゃないし」


「いまは女の子じゃん?それに……なんでそんな恥ずかしがんの? パンツ見せるくらいで男がはずかしがるかなぁ??」


「……」


「お前かわいいなあ……」


「やめろ」


「…………」

「…………」


「……なんだか良い匂いがします」


「ほんと蹴るぞ」


「いや、これはオレじゃどうしようもねえじゃん!?!? 仕方ねえだろ!?!?」


「〜〜〜っ! いちいち感想言わんで良いからっ!!」


「………………………」

「………………………」


「おい、なぜオレの頭を撫でる」


「……あぁ無意識に……でも、痛いんだろ?」


「いや、そうだけど、調子狂うなぁ……」

「はは……まぁ大人しく寝てろ。……ときに冬司よ、綾瀬さんが気になるか?」


「……へ!?」


「好きなんだろ?」


「……へ?いやいや、なんでそーなる……?あー。やっぱりお前は、呉久だなぁ……」


「なにをわからんことを……素直に白状せい! そうすれば俺が一肌脱いでやらんでもない。なんであれば恋のキューピッドになってやってもいい!!」


「いや、違うし。ならんでいい。お前の裸には興味があるが」


「ふふ……そう慌てるな。まぁそういうことにしておいてやる。あ、これは言っておこうとおこうと思ってたんだが。LINEのアカウントは新調しておくように!! 入り用だからな」

「お前……絶対なんか勘違いしてるぞ。まぁいいけど。LINEは……なんとなくわかった」



 しばらくして冬司の家に着く。

 膝が笑い、子鹿のように震えながらもなんとか「忘れんなよぉ〜それとお大事に〜」と絞り出した俺は、冬司の呆れたような、そしてどこか安心したような顔で見送られ、帰路についた。


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