11話 2学期デビューは予断を許さない!その1
──放課後!
結局俺は猫を被ったまま一日を終えてしまった!自分のノリの良さが恐ろしい! もうどうにでもなっちまえ!
「──それではごきげんよう」
と、俺が絞り出した清楚お嬢様ムーヴで挨拶すれば、
「……ご、ごきげんようっ……!」
「……ご、ごごきげんようっ……!」
このように皆おしなべて、照れたように顔色と表情を変える。
皆、「ごきげんよう」なんて言い慣れていないのだろう……慌てる様子がちょっと面白い。
(しかし暇だな)
俺は文化部の部室棟をのろのろ歩き回って暇を持て余していた。"ごきげんようお嬢様活動"もその暇の産物である。
屋内運動部を見て回る、と言い残した冬司とは別行動をとり、陽が落ちてから図書室で待ち合わせることにしている。
なぜ? それは俺達吸血鬼は直射日光に弱いからだ──というのは半分冗談で? TS病による色素異常が本当の理由だ。稀にあるらしい。
TS病で俺も冬司もアニメキャラみたいな色の髪と目、全身色白の美少女になっちまった。それと引き換えに、すっかり肌が弱くなってしまい、日差しが強い日中は傘を差している。
生憎、吸血鬼ではないが、生活態度は吸血鬼と言っても過言ではない。
ちなみに俺も冬司もTS病で身長は大幅に縮んだが、俺はそれに加え、体力腕力握力脚力と大幅にステータスを下げ、オマケに貧血に貧弱と誂えたようなお嬢様キャラへと補正された。身長も逆転して、今ではあいつの方が3cm高い。解せぬ。
こういった事情もあって、冬司は運動部、俺は文化部と、別々の時間を過ごしていた────
ふと、ボブカットと特徴的なリボンが揺れているのが見えた。
────綾瀬さん?
両の手に余るほど買い物袋を抱えてゆらゆらと階段を降りる少女。あの様子では足元も見えていないだろう。一抹の不安を覚えるより先に俺の足が動く。
カタ
「────ぁっ」
「────ッ」
案の定、階段を踏み外した少女の体躯はバランスを崩した。力学法則に則って落下を始める───
そこでいち早く気づいていた俺は、
見事、荷物をキャッチ!
王子様抱っこで少女を抱える。そして呟く!
芋けんぴ、髪についてたよ────と。
っていうのは嘘ぴょんで、実際は。
彼女の抱えていた荷物はそこら一面にどしゃっと散らばったし?
俺は転倒直前の彼女を支えたはいいものの、頼りない身体は角運動量保存則に抗いきれず、大股で尻餅をつき!
彼女は膝の上で受け止めていたんだがな────
ああ……カッコ悪いことこの上ない!!
まぁ、彼女に怪我がないだけよしとしよう。ここで決め台詞……もなんか違うし……
「───ご、ごきげんよう!綾瀬さん?」
俺はいったいなにをいっているのかね。
「……へぁ!?ご、ごきげんよう?!……あっ!一条さん、ごめんね⁉︎すぐどくから!」
慌てて立ち上がる綾瀬さん。彼女は俺の膝の上に乗っかっていたわけで……
「こ、ここれは不可抗力ってやつだからな!そのっ、決して故意に触れたわけでは───」
「一条さん?」
不思議な顔の綾瀬さん。いったい何が……って、あ!
いかん! 慌てたせいでお嬢様の仮面が剥がれかけていた……
「……け、怪我はないかしら?」
「う、うんっ大丈夫!ありがとう」
「そ、そう。それならよかったわ……」
「う、うん……」
とりあえず微笑んで取り繕ったが、取り繕えたか?これ。
「そ、それより!一条さんこそ怪我はない!?」
「──へ?ええ。平気よ?」
嘘だ。普通にあちこち痛い。
それにしても冬司と詩織姉さん以外の女の子に触れたのなんていつぶりだろうか。
……ぐへへ柔らかくていい匂いだったな……なんてスケベエで全身の痛みを紛らしていた時。
ふと視線を移すと、先ほど名残惜しくも離れた綾瀬さんは、なにやら一点を見つめて凝立していた。そしてなぜか顔は真っ赤だ。
「……え、えと……一条さんその……ね?」
「?」
彼女は顔を赤くしたまま、おもむろに指を指す。下??
「す、スカートめくれてる……よ?」
「───へ?……゛〜〜〜っ!?!?!?」
「……か、かわいいねっ???」
「へぁっ────!」
※404 not found────
ぐるぐると目が回る。
Now Loading……
読み込み中のままフリーズする思考。
頬がふつふつと熱を持つのがわかる。
……俺だってラブコメ的展開を望んだことがないといえば嘘になる。
転んだ拍子にパンチラとかおっぱいに手が乗るとかそんないわゆる"ラッキースケベ"。良いよな……わかる。俺もまだまだ心は男だ……憧れるよな。
しかし提供する側になるとは思いもしなかった。
こんなにも、こんなにも!! うぅ恥ずかしいいいいいぃ……
……知らなかったんだよ! あぁ、穴があったら入りたい!! 女の子たち、今までごめんよ〜〜〜!!
しばらくの間、俺は噴火したキラウエア火口級に赤い頬の熱を、つめたいコンクリートに当てて冷ましながら、「と、とりあえず材料片付けなきゃ!?!?」とあくせく動く綾瀬さんを、ただぼんやりみつめることしかできなかった。
一通りが片付いて俺も一定の落ち着きを取り戻した頃。
綾瀬さんが尋ねてくる。
「ところで一条さんは何をしていたの?」
「校舎を見ておきたくて……私、転校してきたばっかりだもの」
嘘です。すれ違う生徒をからかって反応を見ていたしこの学園には中等部からいました……
「なるほどー……そうだ!私、料理研究部なんだけど、よかったら見学に来ない?」
突然のお誘いだが、ちょうどいい時間潰しになるかもしれない。
というより、このまま一人で居ても恥ずかしさを思い出しておかしくなりそうだ。気を紛らすには渡りに船といえよう。
「……あら、いいのかしら?」
「もちろん!……というわけで……部室の家庭科室はこっちね!」
うれしそうにはにかむ綾瀬さんに手を引かれ、自然と足が浮く。
しばらく歩き、家庭科室に着く。
そして綾瀬さんはダンッ!と勢いよく扉を開けた。室内の涼風と共に視線が集まる。
「じゃ〜ん!入部希望者の一条茉莉さんで〜す!」
一斉に注目される感じ、まだ慣れない……
そしていつのまにか俺のステータスが見学から入部希望まで進化している!
「……皆さまごきげんよう。ご紹介にあずかりました一条茉莉と申します。このような見た目ですが日本人でございます。どうぞお見知りおきを」
「「おおっ!」」
部員たちの声が上がる。この外見、やはり目立つか……。
「うんうん。よ〜くわかりますよ〜!一条さん、美人だよね〜?見惚れちゃうほど美少女だよね〜? そしてなんと!私の命の恩人でもあります! 私を包む優しい手、光に照らされて艶めく髪、ちらりとのぞくスカイブルーにリボンの意匠……きれいだったなぁ……王子様……ううん。お姫様みたい……」
うっとりと話す彼女……俺の下着のデザインについて詳解が混じったのは気のせいだろう。そう思うことにする。
「「お〜〜〜!」」
多少大袈裟な彼女の紹介もあって、俺は概ね好印象で迎えられた。
「みなさんも、一条さんと楽しくお話しがしたい、お料理がしたい、そう思いませんか?思っていますね?そう、思っているんですよ! 今回は仮入部ということで一緒にお料理を作って親睦を深めたいと思います!いいですよね部長?」
「え、ええ」
「やった!」
あれよあれよという間に見学予定がお料理体験になっている。
「部長の社です。よろしくね。それから綾瀬ちゃんを助けてくれてありがとう。この子はこう言ってるみたいだけど大丈夫?」
「恐縮です。ぜひよろしくお願い致します」
「わあ!ほんとうっ?よかったら入部届も持っていってね!」
「……お、恐れ入りますが、私生徒会選挙に立候補するつもりですの。時間も都合が付かないでしょうし……入部はあまりあてになさらないで……」
咄嗟に生徒会選に出ると口走ってしまった!自分で既成事実を作りつつあるのが恐い……!
「あら残念。でも考えておいて?たまに顔をだすだけでも構わないから」
「恐縮です」
「ふふっこの子は張り切ってるみたいだけど、今日は材料がだめになってしまったから、大した料理はできないの」
「うぅ……」
「う〜んそうね……クッキーでも作りましょうか!」
「一条さん。普段料理はする?」
興味津々の綾瀬さん。
男子厨房に入らずを実践してきた俺に料理経験はない。
「いえ。あまりしないわね……」
「そっか〜お嬢様だもんね〜大丈夫!私が手取り足取り教えるから!」
お嬢様設定便利だな。
──料理研究部は和気藹々と料理して調理スキルを磨き、その後会話を弾ませながら作ったものを食べられるというなんともほんわかとした部活だった。
「───これはね、固いからこう、左手を添えて───そうそう!一条さん上手!」
「え、ええ……どうもありがとう……」
「へへ……」
俺は部員におんぶに抱っこ、これでもかとおだてられながら様々なフレーバーのクッキーを焼いた。
しかし都度、綾瀬さんの距離が近いような気がする。彼女は俺に文字通り、手取り足取りの密着指導だった。
「ええと……綾瀬さん……?その、近いのだけど……」
「女の子同士だし変じゃないとおもうけど?もしかして……いやだった!?」
いえ、その。いろいろと当たって……たまりません。はい。
「い、いえ、そんなことは……」
「じゃ、じゃあ!このままでいいよね……?」
終始こんな塩梅で(元)一般男子高校生には刺激が強いものの、彼女を突き放すこともできない。そしてさらに距離が近くなる……という、非常に心臓に悪い時間が続いた。
気づけばすっかり陽が落ちていた。
「───はい!一条さん!今日焼いたクッキー!」
「どうもありがとう」
「入部も考えてみてね!それからあしたは必ずLINE交換しよっ?こんど今日のお礼もしたいし!あと、それから、それから……」
「ふふっ……考えておくわね? スマホは明日ちゃんと持ってくるわ……」
「今日は助けてくれてありがとうっ!……変に思われるかもしれないけど、あのときの一条さん。なんかとっても綺麗だった」
「どういたしまして。もう転んではだめよ?」
そう言って綾瀬さんと別れ、完成したクッキーを眺めながら図書室へ足を向ける。
外はすっかり暗くなっていた。
……なかなか楽しかったな。こういう集いで友達100人作るのも悪くない。運動能力を損なった今の俺でも、文化部ならば! 部活に励む過程で調理スキルに加え、女の子と臆せず会話できる社交性が身につくに違いない。
これは社会に出ていく際是非とも身に付けておきたい能力である!決して美女と交流したいのではない、技術を身に付けたいのだ!しかし技術を身に付けた結果美女もついてくるなら特にそれを拒む理由はない。
そんなことを考えていると────
「随分と楽しそうだったね?」
夕闇にキラキラと輝く白銀の髪。やはり彼女の容姿は一際目を引く。
冬司、お前マジで吸血姫なんじゃないか?
「あらあら……冬さん。ごきげんよう。出歯亀とは感心しないわね?図書室で待ち合わせていたはずなのだけど……お待たせしたかしら……?」
「うん。待ったね。随分と。茉莉ちゃんが女の子達に鼻の下伸ばして目を糸みたいにして、それもかわい──女の子にうつつを抜かしている間もずっと待ってたよ?」
ごきげんよろしくないようだ。思えば今日の冬司はずっとむすっとしている。
俺は人気がないのを確認して声を潜める。
「(周りに誰もいないから普通にしてていいぞ)」
「〜ん?」
「(なぁ冬司……今日お前ずっと変だぞ?)」
「茉莉ちゃん女の子と縁がない人生だったもんね?でてたよ〜?童貞っぽいところ」
聞こえていないはずは無いのだが、俺の言葉に一切返答を寄越さない。
おまけに女の子の口調をやめてくれない。なんだか怖い。
そっと後ずさる俺に、彼女が距離を詰めてくる。
そして壁際に迫って。
──タンッ
「──ひゃいっ」
彼女が叩いた壁、その振動の伝播で身体が跳ねる。
いわゆる壁ドンの構図。しかも自分がされる側の真っ只中にいるという切迫した事実。
俺は迫り来るおっぱいに気を取られ、ことの重大さに気づくのに少しばかり時間を要した。
「ふうん……」
「な、ななに、?」
「ずぅっと見てるよね?
「ひゃ、ぁ……それは……」
「好きだよね?私の……触りたいよね?……いいよ♡」
「ふふ……初々しくてかわいいね……♪」
「〜〜〜〜っ!!」
顔を上げれば
俺が伸ばした手は? 触れたはずのおっぱいは?
何も見えん……何も感じん……
違う。
何もかも見える!! 全て感じる!! いつまでも情報が完結しない!!
故に 何も出来ない────
「ふふっ♪……こんなに顔真っ赤にしちゃって……まったく。はやく私のものになればいいのに……?」
「……ひゃっ……ひょへ、わっ……!?」
「ふふ───まぁいいか。こんなもんかな。クソザコのお前見れたしっ!満足!」
「……はぇぇ……?」
「お前ほんと女の子耐性ないな。オレがちょ〜っと冬ちゃんモードになっただけです〜ぐ取り乱す! おもろ」
「…………急に戻んな……よ」
「さ、はやく帰ろうぜ?」
「ま、まって」
「なんだ」
「……腰抜けた」
「は?」
「立てん……」
性癖必中の領域展開──してやられたのは甚だ不本意なのだが……どうやら冬司の機嫌は治っているようだった。
しかし不機嫌の原因も機嫌治った理由もいまいち謎のまま。
これでいいのか?
う〜ん冬司。いったいなにがしたいんだ……。最近お前がわからんよ。
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