13話 脳内会議に余談の余地はない


 俺たちの奇想天外奇天烈な二学期デビューから一週間が経過した!

 

 俺としては甚だ不本意、しかしながら一条家とやんごとなき親戚方からすれば大本意の台本通りに外振が埋まり、すっかりお嬢様(笑)生活が定着した今日この頃……

 いや、ちっとも慣れてはいないんだがな?

 

 教室外へ出ればピリピリと視線が刺さる。気持ちは分からんでもない。

 登下校時はお迎えの高級車から日傘、おまけに日本人離れした金髪レッドアイの美少女が出てくるんだからな……まるで漫画やアニメに出てくる吸血鬼のお嬢様と言わんばかりじゃないか。

 しかし幸か不幸か、俺は吸血鬼と違ってしっかり鏡には映るわけで? 

 都度この現実味のない姿が現実だと身に沁みる。やれやれ、血の気が引くね。

 

 そりゃあ俺だって「鏡見れば目の保養になるし役得ええやん」とか「ふへへコスプレなにしよう大バズりでいいじゃん」なんて邪で呑気な妄想を巡らせたことが無いといえば嘘になる。

 しかしいざ自分が目の保養にされ、ふへへなに着せようなんて思われる側になるとなんだか無性に腹がたつ。

 見せもんじゃない、同情するなら金をくれ。


 そんな尽きない不満が頭を過ぎりながら、学校へ向かう送迎車内でのことだ。


「なぁ冬司、お前応援演説何話すの? 決めてないならいつか時間とって……」


「だいたい決まってるぞ」


 理事長との約束だった、ある忌々しい懸案事項についてである。

 

 『条成学園生徒会役員選挙』

 理事長は生徒会を身内で揃えたいらしく、まぁどうせ出馬したところで俺のようなアニメ少女的転校生に良識ある条成の紳士淑女が信託を委ねるはずがない!そう呑気に考えていた俺は、立候補だけなら、と快諾してしまったのだ。

 それが、呑気にしていられない事態へのスタートダッシュとも知らず。

 

 二学期が始まって間もなく俺と冬司はアニメ的ビジュアルによって校内の注目の的となり、また有権者生徒の目は存外節穴であると判明した!

 つまりは俺が生徒会長へと選任される可能性が出てきたのだ。

 着々とお膳立てが整いつつある。俺の応援演説を務める予定の冬司に至ってはファンクラブまであるらしい。みんな騙されてやがる。


 後に退けなくなった俺と冬司は、こうして送迎の車内で作戦会議をしているのだ……


「え? お前冬司だよな? お前が有能なんておかしい! やっぱり頭打っておかしくなった?」


「失礼な奴め。ポンコツなお前にだけは言われたくねぇよ。安心しろ。内容については秋菜と詩織さんに手伝ってもらってな? 秋菜のやつ、お前を会長にするって息巻いていたぜ?」


 秋菜、というのは冬司の妹だ。中等部で生徒会長をしている。


「俺がポンコツだったことなんて生まれて一度もない! まぁ中等部生徒会長の秋菜ちゃんに、生徒会経験者の詩織姉さんもいるのは心強いんだが……って詩織姉さんっ……!?!?」


「楽しみにしててネ☆」


 ああっ全てがどうでも良くなる、冬様極上スマイルッ──!


「うっ……だいすk……いや、いやいや安心できん……お前なにかごまかそうと」


「安心しろ、ちゃんとお前を生徒会長にしてやるからよ」

 

「尚のこと安心できん……というかお前もそっち側か……」

 

「ふふふ……本丸は生徒会室なのだよ……何せこうやって気軽に話せる空間が手に入るからな? オレとしても肩に力が入るってもんよ。お前もその方が都合いいだろ? まぁそういうわけで、大船に乗ったつもりでいろよっ!」

 

「そう言われればそうかもしれん……泥舟じゃなければいいんだがな」


「まあまあ。ほらついたぞ。そういうわけでよろしくな! ……茉莉ちゃん☆」


 う……なれんなああ……

 早朝の青い光を受けた銀白のおさげがたなびく。満面の笑みで俺を茶化す美少女……

 彼女の明るさに照らされて蒼白の頬が笑顔に染まる。


「………………………………はぁ」


 学校では慣れてきたものの、コイツにからかい混じりで名前を呼ばれると……なんというか、妙にこそばゆい。



 車を降り、俺と冬司は集まった生徒の黄色い歓声に手を振って返す。正門から下駄箱まで、レッドカーペットさながらの人海を割ったスタンディングオベーション。

 皆、暇か?

 下駄箱まで辿り着いてようやく肩の荷が降りる……このたった数十メートルがフルマラソン並みの疲労感を伴うのは、きっと縮んでしまった身長のせいだけではないだろう。背負っちまった期待が重い。

 

 そしてなぜかいつも俺より先を行き、我先にと下駄箱を開ける冬司。

 どうしてお前は俺の下駄箱までついでに開くんだ? 目の前に俺がいたのでは何も仕掛けられんだろうに。


「え……」


 俺が遅れてやってくると、冬司は彼女の下駄箱前で棒立ちになって固まっていた。

 いったい何があったのか。俺はお前に何も仕掛けてはいないのだが……?


「あら、どうしたの?」


「────入ってた」


 彼女は血の気が引いたような顔で、下駄箱から取り出した白封筒をつまむ。


「え──そ、それはまさか、いわゆる……恋、文?」

 

「う、うん。ら、ラブレター……かな? と? ととりあえず? 剃刀の刃が入ってないか探してみる?!?!?」

 

「え、ええ! そそうね、それはとても大事なことね!?」


 ラブレター? 実在していたとは。こんなもの始めて見る。今までコイツと仕掛けたイタズラのギミックとして用意したことはあったが、人から貰うというのは記憶にない。

 従って過去に仕掛けたイタズラの報復……? とすれば正体がバレていることになる。いずれにしろ中身の確認は大事だ。


「ええと『冠城冬さんへ 一目見たときからお慕いしております。人目につくこともはばかられましたのでお手紙にいたしました──』」


 ゆっくり読むな。じれったい。

 

「剃刀の刃は!? 剃刀の刃は入ってないのよね!?」 

 

「ええと、『──こうして筆をとってみましたが、やはり直接気持ちを伝えたいと思いまし他ので、よろしければ今日の放課後、体育館裏にお越しください』……? 剃刀の刃は入ってないみたい」


「……至って普通の恋文ね。差出人は書いてあるのかしら?」


「……書いてない」


 差出人不明!? 危ねぇ。

 

「あらあら……そうねぇ。お会いになるのはお勧めしないわね……」


「……へ?」


 キョトンと小首をかしげる純粋女(見た目のみ)に差出人不明の危険性を忠告してやらねばな。

 

「差出人は書いていないのでしょう? ……それならイタズラの可能性も考えるべきよ」


「……もしかして私のこと心配してくれてる……? ちょっと意外」


「……あ」


 確かに。俺自身何を言っているのか分からない。冬司がどこの誰とくっつこうが心底どうでもいい。

 まして呼び出しがイタズラなら極上のエンターテインメント。これまでであれば快く冬司の背中を押し、トラブルの坩堝へ突き落としていたはずだ。

 俺はいったい何を必死になっているのか……これが見た目補正というやつか……?


「え、ええ。す少しだけ心配して差し上げたかもしれなくもなくってよ!? なにかおかしいかしら!?」

 

「……ふふ。ありがと」


「ね? ……だから……」


「うーん。でも、とりあえず〜行ってみようかなあ」


 お前行くのか!? この前時代的な恋文に? 差出人不明の呼び出しに? 

 いったいどういうつもりだ?


「……そ、それなら……私が付き添ってあげてもよろしくってよ……?」


「なあに〜? 気になるの〜??」


 眼前でしたり顔をする銀髪少女に、なんだか無性に腹がたった。


「いいえ。これっぽっちも。勘違いなさらないで頂戴? もし冬さんへのイタズラだったら、止めさせる必要があるもの」


「えー? そうかなあ?」

 

 冬司はによによと、どこかいたずらめいた顔だ。

   

「その、貴女……見た目は……か、可愛い……ものね?」


「そっか〜……ねぇ、もしコレが本当に告白だったら?」

 

「そ、それわたくしに関係──」


 ここまで言って口を噤む。俺は何を慌てているのか。

 これもきっと銀髪ゆるふわな見た目補正というもの。自分好みの美少女がなにか酷い目に遭おうものなら、心配したり付き添ったり……柄にもない行動に出るのだって仕方がない事である。ぜんぶひっくるめて元男子高校生的本能だ。

 

 そういや俺には、おあつらえ向きの大義名分があるじゃないか。

  

「……今後の……そ、そう、生徒会選挙のこともあるわ! お相手についても私が存じ上げておく必要があるのよ!」


「いやいや、しっかり気になってるじゃん!」


 抜かった! かくなる上はまた別の、不自然のない返しを……


「……こ、今後の心配をしただけ。それだけ……それだけのことよ?」


「ふ〜ん? じゃ、茉莉まりちゃんの付き添いは遠慮しとこうかな〜?」


「――なっ」


 ……なにか自然な切り返し、ついていくに足る不自然のない理由……誤魔化しのきく妙案……


「だってー、これっぽっちも気にならないんでしょっ?」


「……え、ええ」


 妙案…………何も出ん。


「そういうことで〜♪ それじゃ、茉莉ちゃん! 早く教室行こっ?」


 冬司はひらひらと振った便箋を振って鞄にしまった。その言い負かしたような、勝ち誇ってごきげんな顔が可愛くて劣情を掻き立――もとい、なんとも鼻につく!! あー憎たらしい!!!


「フン……」


 俺はというと、日照りに負けず上機嫌な銀髪美少女の陽炎が如くのろのろ歩をすすめ、今しがたどんもりのしかかった感情の究明に取り組んでいた。



 ◇◇◇



 ちょうど2限目終わりの休み時間。

 

「……はぁ……」

 

「大丈夫? 一条さん。ため息ついて」


 前の席に座る綾瀬さんに話しかけられた。 

 

「え、ええ。大丈夫よ。綾瀬さん」


「うーん。絶対なにかあったでしょ……もしかして――」


 そこまで言った後、綾瀬さんは声をひそめて耳打ちへ切り替える。

 

「(──冠城さんと喧嘩したとか……?)」 


 わっ……綾瀬さん近いです緊張しますあっ……いい匂い……無理です童貞には刺激が────


「聞いてる?」


「え、ええ」


「絶対聞いてなかったでしょー」


 ──鋭い。

 お気遣いありがたいのですが女子に免疫のない男子高校生(元)にはそういった場面へのマニュアルが無いわけでしてッ!

 一瞬離れた綾瀬さんの顔が、再び耳打ちしようと近づく。

 

「(──今日冠城さんとあんまり喋ってないよね? 元気なさそうだし。 喧嘩してる?)」


 ──殊更鋭い! 

 そして近いデス……これ以上の接近は免疫がッ!


「あゎ──!」


 綾瀬さんからばっ、と離れる。危なかった。

 マジでヘタレる5秒前、きっと今のが童貞が露呈しない限界距離だろう。お嬢様な外面を守るための戦略的撤退である。

 それにしても綾瀬さんの発言が妙に鋭い。

 慌てる俺にポカンとする綾瀬さんに、微笑みと指ハートを見繕って誤魔化す。

     

「……ほ、ほら! ねっ!? このとおり! わたくし、至って元気です、わよ?! ほほ……」


 なお、実際誤魔化しきれたかについては感知しないものとする。


「うっ、か、かわいい……ってのはいいとして! 嘘だよね? ……ソレ、一条家の仕様なの?」


────へ? 指ハートが?


「呉久君もそうだったんだけどね? 一条さんって嘘がバレて焦ってる時口に手を当てる癖があるよね?」


 綾瀬さんから旧俺の名前が出てきたことに一瞬ビクッと肩が跳ねたものの、努めて平静を装う。

 というか俺自身、自分にそんな癖があるなんて知らなかった。

 つまり今まで色んなものがバレバレだったり……する、よなぁ。

 ……はずかしい〜〜〜〜!

 そりゃあ、癖が一緒なのは同一人物ですしおすし……うん。今後気をつけよ。


「へ、へえ。そうかしら!? 存じ上げなかったわ……」


 それにしても綾瀬さんの観察眼はすごいな……男だった頃は綾瀬さんとそんな関わりないはずだし……


「……赤くなってる茉莉様……可愛い! 茉莉さんって呼んでいい? 一条さんだと呉久くんと紛らわしいし!」


 もちろんですともっ!! というか綾瀬さん、事後報告! ん? 茉莉様……?


「ええ。是非」


「私のことは柚穂ゆずほでいいからね!」


「うふふ……」


「──ね?」


 無言の笑顔。


「呼んで欲しいな……」


 綾瀬さん、眩しい……一般男子高校生(元)は女の子のキラキラした目に抗えない! 重ね重ねになるが一般的に思春期男子はその人生経験の浅さ故に女子に対するマニュアルが存在しないからである!!

 従って……


「うっ…………ゆ、ゆずほ、さん」


 例に漏れず俺も女子に対するマニュアルを持たない一般男子である。たとえ今現在、外見が美少女でも。


「やった〜! ありがとう〜! 茉莉さん!」

 

 ──ピポッ!

 

 妙な音が聞こえて、あや──ゆずほさんの手にはスマホが握られていた……ってそれを何に使うんですか!?


「いま録音ボタンのような?───」

「ところで茉莉さん!──」 


 俺が言い終わるより先にあや、柚穂さんの声が被さり、その顔が近づいてきた。

 

「(──ね。今日はやたらチラチラ冠城さんのほうを見てたよね? 何かあったでしょ)」


 わっ! 近い! 顔がいい! ってそれより!


「あっ、綾瀬さんっ! い、いま録音……」


 そう問いかける俺を待たず、柚穂さんは露骨に声のボリュームを上げた。

  

「ねえーっ! 今日の茉莉さんーッ!! やたらと冠──」

「わーー! ちょっ! 綾瀬さっ、えと、柚穂さんッ!」


 俺が『柚穂さん』と言い直して名前を呼ぶと、柚穂さんはにっこり微笑んで口を閉じた。すごくいい笑顔をしている。

 

 冬司しかり詩織姉さんしかりあや──柚穂さんしかり、俺の周りには都合が悪くなると強行手段を厭わない連中が多い気がする。

 この調子ではさっきの録音(?)の正体は聞けそうにない。

 もしかして柚穂さん、怖い人?


 騒がしくする俺と柚穂さんの様子に冬司も気づいたらしく、じいっ、とこちらを睨んでいた。

 

 今は何だか気まずい……

 ん? いや、そもそも、今回俺は何もやっていない。何故冬司相手に気まずい思いをせにゃならんのか! よくよく考えればおかしいな話だ。

 自問自答していると、冬司が綿毛のようにふわふわな仕草で近づいてきた。

  

「なあに〜私のこと呼んだ〜?」


 目ざとい奴だな。俺と柚穂さんが朗らかにお喋りしてるのが気に入らんのだろう。

 うるさい。あっちに行ってろ。

 

「……いいえ?」


「えー。呼ばれたけどなー?」

 

 冬司は柚穂さんに気があるらしい、そう推理した賢しい俺は、こうして柚穂さんとの健全な友人関係を築きつつ、冬司との仲だって取り持とうとしているわけなのだが。

 俺の思いやりを仇で返すように、冬司ときたらついさっきまでカマトトぶって男子に媚売って、今朝の差出人不明の呼び出しにも応じるときてる。

 不義理と非難されるべきはお前のほうだと、俺は思うね。


「ふふっ茉莉さんと冠城さん、仲良しだね!」


 ニコニコ顔の柚穂さんは、なにか勘違いをしているらしいな?

 

「ただの腐れ縁ね……」

「ただの腐れ縁だよぉ?」


「わぁ。息ぴったり!」


 腐れ縁であるのはいいとして、発言が被ったことでこのアホと息ぴったり、とか同じ思考をしているとか思われるのは癪だ。


「真似しないで頂戴」

「真似しないでよっ!」


「ふふ……何だか呉久君と冬司君みたい……従兄妹だねぇ……」


「「えっ!?」」


 ───ヒェッ……鋭い……鋭すぎる……

 背筋が凍る。冬司も驚いた顔をしていた。その言い方は従兄妹どころか本人です、というトビキリの真相一歩手前じゃないか!

 

 ひとまず、この沈黙はまずいっ! 黙っていれば墓穴の大掘削一直線だ! なんでもいいから喋れ!

 できればなにかウィットに富んだとびきりのやつを───


「ええ……従兄妹どうし、付き合いは長いもの……ね」

 

「あ、うん!うんうん! といっても達は女の子だしっ?! さ、さすがに似てないよぉ〜?!」


 苦しいか……? 咄嗟に出た誤魔化しがこのザマだ。


「え、うん? そうだね……?」


 柚穂さんは小首を傾げ、そもそも俺達が何に慌てているのかピンときていないようだった。


「ふふ……」


「あはは……」


「?」


 きょとんとする柚穂さんを前に、俺と冬司は見合せ、乾いた笑いを吐くことしか出来なかった。

 とりあえずなんとか誤魔化せた……のか?

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