1話「お前、女だったのか」じゃない!?

 〝お前、女だったのか!?〟

 一般に男性だと思っていた幼馴染ないし友人が、後に女性であったと判明する展開を指す。

 ラブコメ典型シチュエーションの一種であり、再会で見違える、実は事情があり男装してた……などなど多種多様な味わいがある。最早古典であり王道!


 思春期男女であれば創作や妄想、取るに足らない猥談含め、散々夢想してきたに違いない。

 ああ、同志諸君の頷く顔が目に浮かぶ……。

 

 かくいう俺もその一人。トキメキ必須の展開をいまかいまかと待ち望んでいた。


 

 さて、俺がこんな余談をしたのには訳がある。これに似た出来事があったからだ。

 いや、始まったと言うべきか……?

 確かに、散々妄想した定義通りだったのだが……トキメキ必須!とは行かなかった。今回ばかりは。


 俺は現実の難しさを知った。



 季節は3ヶ月ほど遡る。

 当時ポンコツだった俺の姿が思い出される。

 それは夏休み明けの二学期初日のこと───────


 

 


 「溶ける……灰になる……」


 カレンダーはまだ8月だってのに、今日は2学期初日、始業式だ。

 茹だるような夏の暑さに、我が校の勤勉な教諭陣はまったく遠慮がない。その熱意で温暖化が加速すること請け合いである。省エネ的観点から夏休みの延長を申請したい!

 

 そんな愚痴を噴きこぼす沸騰寸前の頭を冷まそうと、俺はクーラーのある教室へ足を早めた。


 教室へ着き、戸を開けた俺にクラスメイトの視線が突き刺さる……こういうのは慣れない。緊張で震える指、動悸と息切れの協奏曲、脳内戦略会議は撤退案が優勢──あらゆる状況がオフトンへの帰還命令を支持する中、俺は勇ましく強行突入することを選んだ。

 

 

 席についた俺は、いつものように愛すべき悪友、“冬司とうじ”を探して教室を見渡す……。


「──ねえねえ」


 すると後ろの席から声がかかった。


「きみ、見ない顔だね?」


 知らない声。

 振り向くと。

 

 えらい美少女が座っていた……!

 

 大きな瞳に透き通るような白い肌、長い銀髪をリボンで2つに結わえている。傾げる首に合わせておさげとリボンが揺れる……。

 背は平均身長より少し高いくらいか? カーディガンを着ていてもそのスタイルの良さ伺える! おまけに俺の耳をなでる甘く優しい声……


 ──彼女は俺の理想とする美少女を体現していた!!



「うーん。よろしく、でいいのかなぁ……?転校生?」


「……へ?あ、そんなところです……」


 思わず転校生ということにしてしまった。

 

 ……とにもかくにも会話のキャッチボールを続けない訳にはいかない! これはストライクゾーンど真ん中の美少女とお近付きになれるチャンスだ。残暑に訪れた春を逃す理由はない!

 

 苦節15年、彼女いない歴=年齢。妄想デートに労力を費やし燻っていた中学時代も今は昔。 この子と仲良くなり、あわよくば恋仲に。そして薔薇色の高校生活をスタートさせるのだ!!


「……とっ、ところで……あなたも二学期になって転校してきたのですか?」


「……えっ?オッ、わた、し……?ま、まあ?そんなとこ……だよ?」


 見ない顔だと思っていたが、やはり転校生だったか。 

 

「……なるほど!……クラス2名ほど新仕様になるとは聞いていたのですけど、なるほどなるほど……おr、わ私とあなたの2人のことでしたのね……」


 自分から転校生ってことになってしまった〜しっかりしろよ、俺!

 

「……へへ。お揃いだね………」

 

 何この子可愛い……。

 ずっと見ていたいのだが、俺は俺で童貞が滲み出ていないか不安でたまらない……ここが踏ん張りどころ。


「……あ、そうだ名前!えと、冠城冬かぶらぎふゆ、冬でいいよ!」


「……あっ一条茉莉いちじょうまりです。よろしくお願いします」


 ふむ。この美少女、冬さんというらしい。なるほど白く澄んだ肌をよく表している。ぴったりな名前だ〜


「……へへ……一目見て茉莉さん美人でかわいいな〜って思ってたから……その、おっ、お友達になりたいな……!」


 冠城さんはもじもじと照れながら言葉を紡ぐ。かわいい……。


「は、はい!是非!」


「ほ、ほんとぉ!?嬉しいっ……」


 キラキラ目を輝かせて喜ぶ冠城さん……! かわいい……たまらんよぉ……。

 そもそも、そんな可愛い仕草でお願いされて断れる奴はいない。なんなら追加効果で全個人情報を差し出しても構わん! 例えそれが危ない橋を渡ることになっても……!

 性癖ドストライク美少女の攻撃力は筆舌に尽くしがたいものがある。さしあたって、詳細は筆舌に尽くせないので割愛する!


「できれば……その……LINEとか交換して欲しいんだけど……」


「こ、光栄です!」


 俺は食い気味に答えた。

 すると冬さんは告白でもするかのように顔を赤らめて、おずおずとスマホを取り出した……

 

 友達追加のQRコード画面へ推移する間もチラチラとこちらの様子を伺ってくる。かわいい……。 あなたは俺を悶え殺すつもりですか??


 ……あれ?俺のスマホに女の子の連絡先が手に入ろうとしている?しかもこんな簡単に……?運を使い果たした俺、今日死ぬのではないだろうか……


「……」

「……」


 QRコードを読み込んで友達追加……

 ……しかし、おかしな事が起きて少し焦る。

 どうやら既に“”は友達だと表示されているのだ。

 

 うーん?冬さんは今日知り合ったばかりでは??

 そして何故既にトーク履歴なるものが存在するのか。

 ああ、これは“”とのトーク履歴だった。


「……ごめんなさい、なんだか違う人の連絡先と混同されてるみたい……」


 俺がスマホの画面を見せて詫びると。


「あ、それそれ〜あってるよ」


「……えっ」


「……あっヤバ」

 

 ……一瞬、血の気が引いた。

 頭にある疑問が過り、俺はすかさず悪友“冬司”にスタンプを送信する。

 

 すると目の前の美少女“”のスマホが鳴って……

 

 “冬さん”が持つスマホの画面には俺が“冬司”へ送ったスタンプが表示されていた。


 まさか……そんなはずはない……湧いた頭に沸いた疑惑を本能が必死に否定していた。脳内の危険信号はおよそ畳五畳はあろうかという旗を振っている。しかし確かめずにはいられない。


「……変なこと聞くようだけど……もしかして“冬司とうじ”?なの……?」


「……え……もしかして“呉久くれひさ”?」

 

 思わぬ返事が返ってきた。眼前の美少女、冬さん。その顔がどんどん青ざめていく。

 その様子を見て俺は直感した。


 当たらぬはずの予感が当ったのだと。


 2ヶ月ほど前まで共に猥談を重ねた俺の悪友“冠城冬司”──あいつは“男”だぞ?

 ありえない……この子が、この美少女が……冬司……?


 俺の五感は必死に否定している。

 しかし記憶が、仕草が、持ち物や表情が、眼前の美少女を冬司と裏付けていく……

 

 側から見れば“美少女2人”が互いに見つめ合っているという何とも目の保養になりそうな光景だろうが、当人の俺はそう呑気でいられない。青春を掛けた死活問題の渦中だ。


「え…………?」


「????」



 確かに俺は“お前、女だったのか?!”みたいなラブコメ展開を望んだが。 それは男っぽかった子が実は女の子……というものである。

  俺は冬司が夏休み前までしっかり男子高校生だったのを覚えている。半信半疑だが『冬司=冬さん』とすると男友達が女の子になっているわけで……

 

 これ、パチモンじゃないか? それにトキメキが同封されていない! 従って、この現実にクーリングオフを要求する!!



 ”男子三日会わざれば刮目してみよ!”

 

 俺はこの言葉の恐ろしさを知らなかった。


 会わなかった男子、女子になってたぞ……? しかも可愛くて好みで……おまけにその子に俺は……

 

 一目惚れしてしまったようなのだ……。


───茫然自失となった脳内会議は戦略的撤退を決議した。


「すまんな……先に逝く……」


「えぁあ!?ちょっと〜意味……わかんない………」


────俺の意識はここで絶たれた。

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