この子誰の子
産まれて二週間もすれば、赤ん坊も人間らしくなるものだ。最初産まれてきたのを見た時は金髪のサル、くらいにしか思えなかったんだけど。
ああ、もちろん産まれてきた子供の話な。ミュリエルが錯乱したまま落ち着かないというので、名前は俺が勝手に決めさせてもらった。
サンシモン・エーゲンドルク。
いちおう対外的にはそのように呼ばれることになるだろう。
金色の髪と瞳をもち、それなりに愛らしく見えるその子供は、きっと成長したら女泣かせになること間違いなさそうだ。
俺に似ているかどうかはわからない、なんせミュリエルの男版みたいな容姿なので。
だが、癇癪が激しいのか何なのかは知らないが、サンシモンはよく泣く赤ん坊らしい。そして乳母の手に負えなくなると、しまいには俺まで声がかかるのだ。
「……不思議ですよねえ。なぜかアズウェル様に抱かれると、ぴたっと泣き止むどころか嬉しそうに笑うんですから。やはり、父親だっていうことを本能で理解しているんでしょうか」
赤ん坊を抱きかかえることにもだいぶ慣れたが、乳母のミエスクがしみじみというそんな言葉に同意を返せるほどの余裕はまだない。
というか心から疑問だ。なんで他の誰があやしても泣き止まないのに、俺に抱きかかえられるだけでこうまで上機嫌になるのか、このできたての命は。
おかげで、サンシモンに対して、へんな愛着がわいてきちまいそうになる。
―・―・―・―・―・―・―
サンシモンが産まれてから一か月が過ぎ、赤子をあやすのにも余裕が出てきたころの昼下がり。
オーウェンが俺の下へとやってきた。
「ミュリエル様が、アズウェル様に会いたいとご所望されております。いかがなさいますか?」
青天の霹靂。ミュリエルはいつの間に正気に戻ったんだろうか、全然聞いてなかったぞそんなこと。いや確かにサンシモンをあやすのに必死だった部分はあるにせよ、そのあたりの報告は受けてなかったと思う。
「……ミュリエルの錯乱状態は落ち着いたのか?」
「はい。きのうあたりから突然叫びだすこともなくなり、落ち着きを取り戻しております。体力はまだ戻っていないので不安がありますが」
「そんな状態で話がしたいとは、いったいなんだろうな」
「私には測りかねます。ですが、大事なことを伝えたいような様子でございました」
「……わかった」
なるほど、再度錯乱しないか、ってことを確認するため俺に報告する間をおいてた、ってことかな。
まあそういうことなら、形式上は公爵家の大事な嫁だ。ないがしろにするわけにもいかんし、俺も聞きたいことがあるからちょうどいい。
そんな思惑もあり、マッハでミュリエルの部屋へと向かうことにした。
ブレニムは帰ったらしく、部屋の中には侍女しかいない。そして俺が到着するや否や、侍女すらも部屋を出て行った。
「……回復したようでよかった。具合はどうだ?」
久しぶりすぎて、ミュリエルに何と気遣いの言葉を投げればいいかわからなかった。これでいいのかどうか、ミュリエルの反応を見てみよう。
ミュリエルの様子は、頬がこけていて血色が悪いのは間違いないが、確かに精神的には落ち着いてるようにも見える。金色の髪が人間の脂でしなっているあたり、今までまともに身支度をできるような状況でもなかったのだろう。
何の話をするつもりなのか、と思ったが。
「……」
「……」
俺のほうに視線を投げたかと思えば、すぐ目をそらす。
それを幾度となく繰り返し、考え込むかのように黙りっぱなしのミュリエルが気味悪い。そして気まずい。やっぱり俺の第一声が間違っていたのか。
しかし、会いたいと所望していたのはミュリエルなのだ。まずは何を話すつもりなのか、その方向性を見極めてから再度質問をすることにしよう。
意を決したのか観念したのかは知らないが、およそ十分くらいしてから、おずおずとミュリエルが口を開いた。
「……あなたは、私と結婚したことを、後悔していませんか?」
なんだそれ。
ふつう具合は大丈夫とか、ありがとうございますとか返してくるだろ。久しぶりに言葉を交わした第一声がそれかよ。
「後悔してるのは、ミュリエルのほうじゃないのか?」
ちょっとだけ苛立ったので、思わずそう返してしまう。冷静さを欠いてしまったことは次期公爵としてはダメなのかもしれないが、まあ今なら許されるだろ。
ミュリエルの記憶が戻っている可能性を探らないとならないしな。
そのうち起こる公爵家托卵物語に、記憶喪失を添えて 冷涼富貴 @reiryoufuuki
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