第一章 生温い春風

生温い春風 01

「えっ、お前葬式場で仕事するの?」

「うん」


2月11日の朝9時。

リビンクのテーブルで、私が作った朝食を兄と一緒に食べながら何気ない話をしていた。

朝食は洋食。たまに和食も作るが、私は断然洋食派だ(兄はどちらでもいいから私にとってはとても助かる)

バターと砂糖たっぷり塗ったシュガートーストを一口食べた。

口いっぱい広がるバターと砂糖の頭を溶かすような甘さが何気ない私の一日を明るく塗り替えてくれる。

ああ、今日もきっといい日になるだろう。


私の名前は文月 絵里。

今年で28歳になる。後2年もすればおばさん達の仲間入りをすることとなるが、あまり気にしていない。

私は二日前に葬式場の面接に行き、無事仕事を受け持つ事となった。

仕事の内容は単なる清掃。ただ他のパートやアルバイトの仕事の給料よりも高かったし、特に都合の良い日だけ出勤可能というのとボーナスも付いてくるとのことで、この仕事を選んだ。


私の兄...文月 祐一は最後に残ったウインナーをフォークで刺し、口にへと運び入れた。私の仕事内容とその条件を静かに聞いていたが、あまり納得のいかない表情を浮かべている。

ウインナーを良く噛み飲み込むと、その口から心配そうな声が出てきた。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。別に私霊感があるわけじゃないし

、それに給料も高いからいいんだ」

「...まあ、お前がいいならいいんだけど」


兄は朝食を食べ終わりフォークを置くと、真っ直ぐに私を見つめながら真剣に話した。


「でも、何があったら俺に相談しろよ?」

「...わかった」


また始まった...兄の心配性が。

せっかく良い気持ちで朝を迎えたというのに、心の中にモヤがかかる。

私はもう成人済みで三十路近い歳なのにまだ子供扱いをしてくる。

全くいつになったらやめてくれるんだか...うんざりだ。

兄の心配事のお経が始まる前に席から立ち、自分の食器を流し所に持っていき、さっさと水に浸しておいた。


「私鳥の世話しなくちゃ、食器後で洗うから流しに置いといて」


兄の横を通りすぎ階段にへと向かう。

リビングの扉のドアノブに手をかけた所、兄が私を呼び止めた。


「おい、絵里」

「なに?」

「無理しちゃダメだぞ」

「はいはい、わかったわかった」


...心配し過ぎ。

私は心の中でため息をつきながら、そっとリビングの扉を閉めた。


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エリーの死の受容と幸福論 シンデン @sinnden

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