第七話 新宅


 それからというもの、夜見月は毎日俺のところへ来た。

 由梨さんこと夜見月の母さんがつくったおにぎりを持ってきてくれたり、家に置いてあったということで漫画を貸してくれたり。


 そんなこんなで一週間があっという間に経過した。

 何もしていないと一週間は長く感じるというが、俺にとって、この一週間は驚くほど短かった。


 俺が退院するとき、由梨さんが入院費用を払ってくれたこと、俺の母さんから家にあったスマホを届けられたことを看護師さんに教えてもらった。

 開いたスマホにはいつも通り通知は一切なく、連絡するつもりはないが電話帳には母さんの名前はなかった。


 なんだか足りない、満ちない心が体を支配し、なんだか、なんでか、寂しく感じる。それに応じるように痛みが引いていた左足がジーンと痛くなる。


「桙風さん。行きましょう。って、やっぱりまだ左足痛みますか?」


 俺が痛くなった左足をさすっていると、客用の椅子に座っていた夜見月がこちらへきて、心配そうに俺の左足を見る。


「いや、大丈夫。たまに痛むくらい」

「そうですか。あまり無理はしないでくださいね。あっ、肩貸しましょうか?」


 夜見月は肩を俺の方に突き出す。

 俺の身長はちょうど男性の平均くらいで、夜見月の身長は俺の頭一個分低いくらいだ。

 だから、肩を借りても身長差で歩きにくくなるなんてことはなく、普通に歩きやすくなるとは思う。でもなんとなく羞恥心を感じたのでので拒否しておく。思春期なんてこんなもんだろう。


「では、看護師さん。ありがとうございました」

「......、どうも。っっ!!あ、ありがとうございました」


 夜見月が病院の玄関の近くにいる受付の看護師さんに感謝の気持ちを伝える。

 対して俺は「どうも」だけで済ませようとするが、夜見月に脇のあたりをクイッと押すので今度はしっかりと感謝をしておく。


「こちらこそどうも。二人を見ていると恋愛アニメを見ているようで楽しかったです」


 看護師がそう言うので、どういう意味?と首をかしげる。横の夜見月はなんでか分からないが、急いで外へ出ていった。


 ■ ■ ■


「夜見月の家に行くって言っても、問題が多すぎないか?」

「確かにそうですけど、私は気にしないですけどね」


 いくらお金に余裕があるといっても、子供が一人増えるようなものなので育てる労力は増えるだろうし、そもそも兄弟でもない異性同士が一つ屋根の下で暮らすなんて普通にありえない。

 夜見月は後者の方を気にしない。と言っているようだが、前者の方はまた感謝を由梨さんに伝えないとなと実感する。


「はい。つきましたよ。ここが私の家です」

「おぉ」


 病院から歩いて五分ほどだろうか。案外というかめちゃくちゃ近い。

 家の全体を見てみると二階建ての一軒家で、かなりの広さがある。俺の名前の元となったきふしという花があるらしい庭や、白い車。

 そして何より、家自体も大きい。俺が住んでいたマンションの一室の三、四倍程度だろうか。


「ただいまー!!お母さん!!」

「お邪魔します」


 家の玄関の前には小さな自然に囲まれた通路があり、草木の間を見てみるとところどころに招き猫が隠れている。

 そんな道を通り、夜見月が玄関の扉の鍵を解除し、家の中に入る。


「お帰り虹薔。それと、希扶史くん。」


 先ほどまで休んでいたのか、飲み物が入っているコップを持ちながら由梨さんがぴょこっと顔を出す。


「ここが洗面台で、左にトイレ。二階に桙風さんの部屋とトイレがあるので、大抵は二階のトイレを使うと思います」


 洗面台で手を洗った後、家の構造の紹介をしてくれる。

 友達に教えるように説明する夜見月はすごく楽しそうで、自分が誇っているものを自慢しているようだった。

 俺はその説明を聞きつつも、こいつ人に耐性なさすぎだろ、と思う。

 出会って一週間。自殺を救ったとて、そのまま家に帰るのが普通と思う。

 そんなところからこいつは優しすぎると改めて実感する。あんまり詐欺とかに引っかからないでほしい。


「一階の説明は一通り終わったので、二階に行きますよ」

「ああ」


 夜見月に連れられるままに、トイレ裏の階段を上ると、そこには手すりがついていて一階のリビングを眺めることができるようになっていた。

 そんでもって、開放感が抜群で窓から入ってくる、ほど良い黄緑の自然がすごく心地よかった。


「ここが私の部屋で、トイレを挟んで奥にあるのが桙風さんの部屋です」

「部屋を用意してくれるとか、どんだけ太っ腹なんだ......。絶対由梨さんには一生を尽くそう」

「あは......。まぁ、中はベットと机、棚程度ですが生活はしっかりとできると思います」


 俺の部屋にはベットと机、棚が置いてある。それを夜見月は普通のように説明するが、めちゃくちゃすごいことをしている。

 だって、普通こんなに歓迎してくれるか?


 由梨さんは俺に対しての対応が人間の域を超えている。しいて言うなら神。優しすぎる。

 こんなに俺がこの家に住むことを歓迎してくれると、何かの策略かのように思えて来る。だが、そんなことは絶対にないことは夜見月と由梨さんの優しい微笑みから容易に想像できた。


「至れり尽くせりだな......。まじで由梨さんには土下座しないと......」

「私に感謝してくれてもいいのですよ?」

「ああ、ありがとう」

「なんか軽くないですか?」

 

 おそらく、めったに俺の口から出てこないという五文字があっさりと出てきたことに軽いと思ったのだろう。

 

「虹薔ーー!!卵とケチャップなくなったから買ってきてくれなーい?」


 手すりから一階を見ると、由梨さんがそう大きな声で言っていた。

 夜見月は「はーい」と嫌な顔一つせず、了承する。


「あ、ちょうどいいし、希扶史くんも一緒に行ったら?」

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美少女のことなんて無視して、俺は〇にます。 @penpedenohana

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