記念写真

星埜銀杏

*****

 …――このカメラを使えば素敵な記念写真が撮れますよ。


 数年前、


 近くの公園で開催されていたフリーマーケットで声をかけられて買ったカメラ。


 薦めてくれた人は陰気で影を背負った、いくらか怪しい初老の男。ただ、不思議な魅力なようなものを持っていて、言葉にも力というか、圧が在った。だから、ついつい買ってしまった。フリマだからか値段が安かったというのもあったし。


 ふうっ。


 こんなところにしまってあったんだ。ようやく見つけた。


 積もった埃を払い、年季の入った黒いカメラを手に取る。


 言うまでもないがカメラの正しい使い方など分からない。


 デジカメでもない本格的なカメラだから適当に扱っては不味いのかもしれない。


 いや、正しい使い方なんてものはプロにでも任せておき、適当にシャッターと思しきボタンを押せば写真は撮れるのかもしれない。そして、カメラ屋さん〔?〕というか現像してくれる、お店を検索して、そのまま渡せばいいのかも。


 ソレくらいにカメラの知識など無い僕が、何故、このカメラを取り出したのか?


 そう問われれば、まあ、アレだね。


 本格的で格好いい感じの記念写真を撮りたいからなんだ。


 僕らは、この春、大学を卒業する。


 そして、


 ……皆、それぞれが、それぞれの道を歩き出す。だから大学を卒業する前に、ここにいて、ここで共に過ごしたという思い出を形にしておきたい。もちろんスマホでソレをと最初は思った。思ったが、その時、ふっと思い出したんだ。


 このカメラの存在を。


 あの初老の男も素敵な記念写真が撮れるって言ってたし。


 せっかく買ったんだ。どうせならって感じでさ。カメラを探し出して今に至る。


 フッと息を吐き、再びカメラに積もっていた埃を飛ばす。


 試しにシャッターが降りるか試してみる。鏡に向かって。


 パシャっという軽い音がしてから同時にフラッシュがたかれた。多分、撮れた。


 うんっ。


 動くな。


 そして、


 なけなしの知識を動員し〔TVや動画で見たカメラマンを必死で思い出し〕巻き上げレバー〔?〕みたいなものを回す。フィルムを巻く。どうやらフィルムは入っているように感じる。念の為、記念写真を撮る前に現像に出してみるけどね。


 そんな感じで本番の記念写真を撮る前に現像してくれる店も無事に探し出した。


 無論、お店の人に新しいフィルムをセットしてもらい、その日が来る事となる。


「撮るよ」


 僕は、意気揚々と大声で皆に言う。


「おう。頼むわ。おい、A子、もっと、こっちに来いって」


「もうB雄、恥ずかしいから止めて」


 彼らは付き合ってるのに何だかよそよそしい。でも撮るのを待ってくれている。


 パシャ。


「次は俺も入れてくれよ。格好よく頼むぜ。せっかくのカメラだし、記念にもな」


 C村が、アゴに人差し指と親指を添えてカカカッと笑う。


 僕は無言で頷き、A子とB雄とC村がフレームに収まる。


 パシャ。


 そんな感じで、記念写真の撮影は滞りなく終わりを迎えた。フィルムの全てを使い切るまで写真を撮りまくった。ただ残念だったのは僕がカメラで写真を撮るという行為が楽しくなり、夢中になってしまった事だろう。うん。そうだ。


 僕を入れ、彼ら三人と一緒に四人で記念写真を撮る事を忘れてしまったわけだ。


 僕だけ写真に収まらなかったという事。でも、その時は、また新たなフィルムでも入れてもらい、改めて撮ればいい、と思った。そんな感じで記念写真を撮り終わった僕は、また現像をしてくれる、あのお店に、このカメラを預けた。


 それから数日後、……スマホに妙な電話がかかってくる。


 いや、変とは言っても、電話をかけてきた人が変なのではない。あのカメラを預けた、お店の店員からなのだから。要件が、どうにも変なのだ。なんというか、歯切れが悪く言いよどみながら現像した写真が欲しいかと聞いてくるのだ。


 もちろん欲しいと答える。当然だ。


 そう答えても尚、本当に良いのか? と聞き返してくる。


 そして、


 店員と、いくらか押し問答をしたあと、いい加減、くどいくらいに聞き返してくるので、こう聞いてやった。僕達が写した大事な記念写真に何か問題でもあったのか、と。すると店員は、こう答えてきた。心霊写真って分かります? と。


 心霊写真を知らない人間なのかいるのかと、少々、思い込みが強い僕が答える。


 知ってますよ。でも、一体、それがどうかしたのか、と。


 すると。


 この前、お預かりしたカメラで撮ったと思われる写真の全部が心霊写真だったんです。フィルムの中の一枚がソレだという事は珍しい事じゃないんですけど、全部がソレというのは、前例がなくて、それで、どうするかを聞いたわけです。


 通常、写っても数枚なので、お客様には、お渡しせず処分するものなのですが。


 ソコまで聞き終えて僕は絶句した。


 ……このカメラを使えば素敵な記念写真が撮れるますよ。


 と、あの言葉とあの男の陰気な笑顔が頭に蘇る。鮮明に。


 同時に記念写真を楽しみにしている友の期待に満ちた顔も脳内に湧き上がってくる。とりあえずは写真を受け取り、心霊写真と言われるソレがどんなものなのかを確認してから処分しても遅くはないと考えた。だから、こう答える。


「一応、確認だけはしたいので写真を受け取りに行きます」


 と……。


 そして。


 写真を手にする。30枚以上ある。


 全ての写真でA子の顔に赤いもやのようなものがかかっている。隣に移るB雄の胸には、ぽっかりと黒い穴が空く。それは、まるでブラックホールのようにも見える。無論、C村も無事じゃない。口の中から無数の白い蟲が蠢き出している。


 30枚以上ある写真は、どれも三人が様々なポーズをとって写っているのだが。


 どんなポーズになろうともA子は顔に赤いもや、B雄の胸には穴、C村は……。


 といった感じで確かに店員が言った通りに、とても気味の悪い物になっていた。


 なにが素敵な記念写真が撮れるだ。


 僕は、あのフリーマーケットで出会った男に悪態をつく。


 期待を裏切ってしまったという後ろめたさ。せっかくの記念写真が台無しになったという苛立ち。それら負の感情に、せっつかれ。と。その写真に、もう一つの不思議な共通点を見いだす。全ての写真に小さく日付が入っているのだ。


 しかも、A子、B雄、C村の頬にタトゥーを入れたよう。


 ただし。


 A子とB雄の日付は違っている。そして、A子とC村の日付が同じという不可思議さ。ただし。日付とは言えど西暦で○○○○年とある。そうなのだ。年だけの表記なのだ。日時はない。意味が分からず気味が悪い。無論、全ての写真で。


 また僕の頭の中には素敵な記念写真が撮れますよという、


 あの陰気な初老の男の声が蘇る。……と、いきなり、バタンと大きな音がする。


「おい、聞いたかッ!」


 音のした方を見る僕。


 B雄だ。


「A子とC村が死んだらしい。今、連絡があってな。お前も、何か知ってるか?」


 B雄が、


 僕の一人暮らしをしている部屋の扉を乱暴に開けてズカズカと入ってきたのだ。


 その時、こう思った。


 A子とC村の頬に入っていた年は今年のソレ。一方、B雄のは、五年以上先のもの。いや、たまたまだ。そんなわけがない。否定したくなる。あのタトゥーが示す年は、それぞれが死ぬ年を示しているのでは、と勘ぐってしまったのだから。


 無論、ただ単に僕自身が、そう感じた、というだけの話。


 だからこそ、直ぐに、もっと大事な事へと思考が向く。そして、茫然自失。今はA子とC村が死んだという事実だけで脳が許容オーバーになったのだ。B雄は靴のまま僕の部屋へ侵入してくると、いきなり僕の胸ぐらをガッと強く掴む。


「どうやら死んだ事は知らないらしいな。……俺も驚いたよ。というか、あいつらが俺の目を盗んで付き合ってた事も知らないのか? 本当に知らないのか?」


 回らない頭でも、なんとかで回してB雄の問いに答える。


 それだけB雄は切羽詰まった顔つきで半端ない圧をかけて迫ってきたのだから。


「いや、初耳だ。そんな事があったのか。お前、裏切られてたのか。A子にもC村にも。でも、なんで、今、そんな事を聞くんだよ。あいつらが死んだんだろ?」


「いや、いい。気にするな。知らないならな。それよりも死んだ事の方が重大だ」


「だよな」


 多少の違和感を感じたが、それだけB雄も焦っていたんだろうと結論づけた。ともかく今はA子とC村が死んだという事実を受け入れなくてはならない。と無理矢理にも思考を、そちらに向ける。するとB雄が僕の手にある写真に気づく。


「……ああ、それ、出来たんだな。ちょっと見せてくれよ」


 と、いくらか冷たいと感じるような笑みを浮かべ写真を僕の手からひったくる。


 僕は、まだ思考の整理がつかず混乱気味だったが、お構いないしに続けるB雄。


「なんだよ。このタトゥーみたいなの。お前が書いたのか」


 どうやらB雄も不可思議な日付を、めざとくも見つけたようだ。いや、めざといというよりも普通に気づくか、と、急いていた気持ちを、一旦、落ち着ける。大きく深呼吸をしてから、最期に、一際、ゆっくりとした所作で息を吐き出す。


「僕が書いた訳じゃない。でも、そうなんだ。不思議なんだよ。何だろう。それ」


 黙って答えないB雄。


 そのまま僕が続ける。


「今、お前から二人が死んだって聞いたからだと思うけど、それ、死ぬ年が書いてあるんじゃないかって思ってな。タイムリーすぎて、そう思っちまったよ」


 と、そう言って、また思った。……あれ? ちょっと待て。おかしいぞ、って。


「そう思うのか? お前は。まあ、でも、そうなのかもな」


 ククク。


 とB雄が笑う。嗤う。


 また違和感を感じたが僕とB雄の仲では良くある事だと無理くりにも自分を納得させる。そして。これも、どうしてなのか、いや、ある意味で恐怖を感じていたからこそ気を遣って事を荒立てないよう言葉を選んでB雄に聞く。ゆっくりと。


「A子の顔に赤いもやがかかっている事とC村の口から無数の蟲が蠢きだしている事は気にならないのか? まあ、でも、それよりも日付の方が気になった……」


 とソコまで言った時、僕の背後に回ったB雄があざ笑う。


「A子の顔面は何発も何発も殴られて、原型を、とどめてなかったそうだ。血まみれでな。で、C村の口の中にはクソが突っ込まれててウジが湧いていたそうだ」


 それを聞いた僕はゴクリと息を呑み、そうして、答える。


「無論、それも聞いた話なんだろ?」


 B雄が、また嗤う。クククと嗤う。


「さあ、どうだろうな。どっちでもいいじゃねぇか。そんな事。それでも知りたいのか。お前は。知りたいんだったら教えてやらねぇ事もねぇが。どうだ?」


 僕は、ただならぬ雰囲気に呑まれ、答えと言葉を探し、思考の海を、さ迷った。


 ククク。


 と、またB雄が嗤った。甲高くも。


*****


 あのカメラを持ち込んだ店の店員が店長と思しき陰気な初老の男に問いかける。


「あのカメラ、記念写真を撮る為のカメラなんですかね?」


 ククク。


 B雄と同じく嫌らしい顔で嗤う店長と呼ばれた初老の男。


「いや、忌年写真だよ。分かって言ってるんだろ? 君は」


「まあ、分かって言っています。忌年写真だって事は。ただ記念にもなりますよね。写った人が死ぬ年と死に様が写真に写るんですから。悪趣味なカメラですね」


 店長は、その答えには応えず目を細めて遠くを見つめる。


「で、カメラの回収はしておきました。偽物を渡しておきましよ。というか、見てるんですか? あの人がB雄に殺される瞬間を。A子の時とC村の時も……」


 やはり悪趣味ですね。


 店長は。


 ピィッ。


 その答えにも応えず、店長は一枚の写真を店員に見せる。


「それ、現像したの僕ですよ。知ってますって。あの鏡に向かって実験で撮った一枚ですよね。首に縄の痕がある、あの人の写真です。年も今年になってますね」


 ふふふ。


 と店員は笑い、店長と同じく目を細めて遠くを見つめた。


 ようやく店長が応える。また嫌らしく笑いながらも……。


「君だって充分に悪趣味じゃないか。なんで一枚目の写真だけ、あの人に渡さなかったんだ。もしかしたら先んじて意味を解読して助かったかもしれないのにな」


 ククク。


 嗤う店員。厭らしく。


「そんなの面白くないじゃないですか。最期の最期で意味が分かって、分かったからこそ絶望に打ちひしがれ、死んでいく様こそが美しくも滑稽なんですからね」


「うむっ」


 と店長が、より一層、目を細めた。


「忌年に佳き記念写真を……」と店長と店員が再び嗤った。


 お終い。

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