◆『変化』がもたらすもの
変わってしまった。
変えてしまった。
変えられて、しまった。
すべては巡って、かえってくる。
* * *
しばらく呆然としていた。
けれど、そうしているわけにもいかないと、我に返って。
ブラックアウトしていたスマホを再び点灯させて、ある人の電話番号を表示した。
……答えて、くれるだろうか。
浮かんだ不安を振り切って、私は通話ボタンを押した。
電子音が鳴った瞬間、待っていたかのように即座にそれは繋がって。
機械処理された不機嫌そうな声が、耳朶を打った。
『……ようやく、か? 思ったより遅かったな』
「夕さん……」
『まあ、予想はついてるが――何が訊きたい?』
何もかもをわかったような声で――否、実際わかっているのだろう様子で、電話の向こう、夕さんが低く問う。
「伶が――伶が、『変わって』しまった……」
『それこそ今更だな。おまえに出逢ってから、ずっとアレは『変わり続けている』。あるはずのない『変化』を、し続けている。そんなの、今更取り沙汰するほどのことじゃない。そうだろう?』
「でも――でも、あの変化は……あんな、急激な変化は。おかしい、でしょう……?」
『おまえのせいだろう』
その声は、やさしくすらあった。
さっきの伶の――私を愕然とさせたそれに似ていて、けれどどこか、幼子をなだめるような声だった。
『おまえのせいで、おまえのために――アレは『変わった』。それが後にどう響こうが、それは問題じゃないと振り切った。おまえはその『変化』を急だと思ったろうが、あんなのはただの蓄積の結果で、……おまえとアレが出逢ったときから、決まってたんだろうさ』
「だけど……」
『アレの『変化』は、おまえに都合がいいだろう? 戸惑う必要も、心配する必要もない。そんなのはアレは望んでいない。――おまえはただ、享受すればいい』
夕さんの低くうたうような声が、頭にもやをかける。
(そうなの、かな……)
思考を、鈍らせる。
(私は、ただ、待っていれば、いい……?)
伶と、夕さんのいいように、――誘導される。
(待つ、だけ。どこかで、ずっと諦められなかった、望みが叶うのを――)
『それ』が『私の思考』として、馴染もうとした瞬間。
ぱちん、と目の前で手を叩かれたような心地がした。
(それで、いい――なんて。そんなわけ、ない)
そっと、息を吐く。
私の中の『異常』が、それを為したのだとわかる。わかってしまう。
きっと、伶や夕さんが望まない方向に向かっていることも。
『……チッ。やっぱり、俺程度じゃダメか』
「――夕さんと伶が、私のことを想ってくれてるのは、わかってます。きっと、二人の思惑に流された方が楽なのも……何もかもうまくいく、かもしれないのも」
『…………』
「でも、ダメです。私の中の『かみさま』が、ダメだっていうから」
『――本当に、おまえは何から何まで、イレギュラーだな』
「ごめんなさい、夕さん。ずっと、ずっと足掻いてくれてたのに――」
『謝るな。末期の別れみたいに言うな。俺も――アレも、おまえにただ、普通に生きてほしいだけだ。それだけの、『当たり前』を。おまえにかえしてやりたいだけだ』
わかってる。
ずっとずっと、わかってた。
こうして、私の終わりが見えても。
それがずっと変わらなくても。
夕さんと――『変わった』伶が望むのは、それだけだってこと。
「――ねぇ、夕さん。私、ちゃんと幸せでした。『死ぬはずだった』あの日から今日まで、ちゃんと『生きて』ました。諦めも、もちろんあったけど……それだけじゃ、なかった」
『死ぬはずだった』あの日。
家族で乗っていた車が、崖から落ちたあの日。
私だけが、『かみさま』にみつけられて、生き延びたあの日から。
自暴自棄になったときもあった。
何もかもどうでもよくなったときもあった。
それでも、『生きて』きた。
終わりが見えてしまった生を、それでも生きてきた。
私を大事に思ってくれる人――伶や夕さんみたいな人がいて。
夢想のような恋も、質感を持った、ちゃんとした恋になって。
それが、幸せなことだって――そういうことに、ちゃんと気づけたから。
『――アレは、譲らないと思うぞ』
「わかってます。私の分が悪いのも、伶が頑固なのも」
『それなら、もう好きにしろ。俺は知らん。――俺の手の出せる領域じゃなくなるからな』
「夕さん……」
『アレは『宮内』の奥宮にいる。……おまえなら、入れるだろうよ』
その言葉を最後に、通話は切れた。
私はまた、スマホの電話帳から、ある人の電話番号を呼び出す。
『……如月? どうした? 電話なんて、珍しいな』
耳をくすぐる声が、心地いい。好きだな、と思う。
それは、私が『奇跡』の末に獲得した、恋のたまものだ。
「急に、ごめんね。――今日は、ありがとう」
『? いや、礼を言うのはこっちじゃないか? さくらに会ってやってくれて、ありがとうな。なんか相談にのってやってくれたって聞いた。最近、考え込みがちだったのが、如月のおかげで解決したみたいで……今度、改めてお礼させてもらいたいくらいだ』
「ふふ、いいよ、そんなの。……でも、そうだな。冬休みが明けて、もし会えたら。聞いてほしいことがあるの」
もし。
もし、私に、『続き』があったら。
聞いてもらえたらいい。
私の、初恋のこと。
遠矢くんを、好きだってこと。
『別に、今でもいいけど……?』
「ううん、今度会えたら、でいいの。……あと、ひとつ、お願いがあるんだけど」
『何?』
「『がんばれ』って言ってほしい」
『……なんか気合い入れないとならないことでもあるのか……?』
「そんな感じ」
『そっか。……うん、がんばれ、如月』
そんな一言で。
なんだってできるような気がする。
それこそが、この『恋』の――伶が『変化』をもたらして、そうして育った、この恋心の効果だから。
きっと、大丈夫。
「ありがとう、遠矢くん」
『もういいのか?』
「うん、大丈夫。――本当に、ありがとう」
万感の思いを込めて伝える。
そうして、通話を切った。
ぎゅっと、スマホを握る。
大丈夫。だいじょうぶ。――まだ、何も、終わってない。
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