◆裏切りに似たもの
ただ、願ってた。
ただ、望んでいた。
それをわかってくれてると思ってた。
思っていた――のに。
* * *
『りっかから電話してくるの、珍しいね』
スマホから、少し機械がかった伶の声が聞こえてくる。
めったにかけない電話をかけたのは、世間話をするためじゃない。
さくらちゃんと遠矢くんについて――聞くと決めたからだ。
『聞きたいことがあるの』
『何?』
『遠矢くんについて。――それから、遠矢くんの妹さんについて。伶、何かしたでしょう』
『うん』
悪びれなく伶は答える。悪いと思っていないからだ。
結果的には悪いことでもないのだけど、そうだからじゃなく。
ただただ、悪いと思っていない。
『詳しく話して』
私が情報を求めているとわかっていても、促さないと話し出さない。
それこそが、『伶』なのだ。
『詳しく。……『遠矢水城』が『麗しの君』だってわかって。りっかと会わせたかった。せめて名前がわかるようにしたかった。だから玖内の力を使った。学校の出資者は玖内だからそこは簡単だった。奨学生なのもわかった。家庭環境もわかった。玖内の病院に妹がいるのもわかったから、そっちも調べた。取引ができそうだったから』
『彼女の治療のグレードを上げる代わりに、私と会うように言ったの?』
『うん。そんなところ』
それは遠矢くんも戸惑うだろう。
今まで見知らぬ他人だった人間が、妹の話をしてきて、伝手で最高峰の治療を受けられるようにすると言って、その代わりに人に会え、名前を交わすだけでいいとか言うんだから。
『さくらちゃんの……遠矢くんの妹さんの病気は、治るものなの?』
『……治る』
『それは、普通の治療で?』
『……。ここでうそを言っても、りっかにはわかるから。言ってしまうけど。本当なら、それだと治らない』
『宮内の領域なの?』
『そうとも言えるし、そうじゃないとも言える』
『……伶が、『何か』するの?』
『そう。……やっぱりりっかに隠し事はできないね』
さくらちゃんと会った瞬間のことを思い返す。
あんなに生きる力に溢れた笑顔をしているのに、消えてしまいそうだと思った。
私じゃない、私の直感が、そうなのだと告げていた。
それを覆すなら、きっと伶にしかできないだろうと――だからこそ伶は、遠矢くんとの取引材料にしたのだろうと、思ってはいたけれど。
『大丈夫なの?』
『大丈夫。りっかもわかってるでしょう。俺とりっかは『違う』から』
『…………』
そう。
知っている。
私と伶は、『同じ』で『違う』。
最初から『そうだった』伶と、偶発的に『そうなった』私。
だから、『違う』。
辿る道も、行きつく先も。
だから、私の恋は『見ているだけ』だったのに。
それだけで、よかったのに。
こんなにも――こんなにも、変わってしまった。
名前を知った。
言葉を交わした。
人柄を知った。
知らなかったことを、知って。
その分だけ、彼の――遠矢くんのことを考える時間が増えて。
さくらちゃんに――家族に紹介してもらえたのを、それだけ信頼を築けたのだと、うれしく思う気持ちなんて。
私が直接何かしたわけじゃなくても、私の存在が、役に立ったかもしれないと、喜ぶ気持ちなんて。
そんなの、知らなくてよかったのに。
知らないままの、ままごとみたいな、夢想の恋でよかったのに。
『普通の女の子』だったらきっと恋をするんだろう――そんな始まりの、虚像の恋でよかったのに。
ぜんぶぜんぶ、変わってしまった。崩れてしまった。
その引き金を引いたのは、伶だ。
誰よりも近くて、誰よりも遠くて、だから私の望みを邪魔しないと――わかってくれると思っていた、伶だった。
でも、違った。
……違ってしまった。
たぶん伶は、もう、私の知っていた伶じゃない。
そしてきっと――そうしてしまったのは私なのだと、どこかで私はわかっている。
これは裏切りなんかじゃない。
ただ変わってしまっただけだ。
『生きているなら誰しも』ありうる、当然の変化をしただけだ。
だけど私は――どうして、と思ってしまうから。
理不尽な思いを抱いてしまうから。
裏切りじゃないのに、裏切られたような気持ちになってしまうから。
『りっか』
電話の向こうの伶が、名前を呼んだ。
とてもとても――やさしい声で。
愕然とする。
この変化は、あまりにも『急激すぎる』。
「伶――」
でも、私が何か言う前に、伶が続ける。
『俺は後悔してないよ。何も。全部。りっかがどう思おうと――これからどうなろうとも』
『俺は、『奇跡を起こせる』俺でよかったと思ってる』
『起こすよ。奇跡を。――りっかにも』
プツッと音がして、通話が切れる。
私はただ、それを聞いているしかできなかった。
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