◇それは同情によく似た、


 初めて見た時から、気に食わなかった。

 ガキらしく泣き喚きでもすれば、まだ可愛いげがあっただろうに。


 アレと似た『在り方』。

 アレとは違う『在り方』。


 何より、見ないフリをしている、その瞳が。


 ……気に食わなかった。



* * *



 部屋に入ってきた『伶』は、扉のすぐ傍の壁に寄り添うように立った。

 俺は椅子なんざ勧めないし、『伶』も俺にそれを求めたりはしない。

 そもそも、『伶』がその位置に陣取るのだって、俺がそう望んだからだ。

 本当なら部屋に入れるのだってゴメンだが、そうは言ってられない状況だから仕方ない。


「……で、何か収穫は?」


 あっちから話し出す気配がないから、こっちから尋ねてみる。

 少しの間をおいて、首が横に振られた。


 期待してなかったとはいえ、舌打ちしたい気分になった。


 ……まだ時間はある。

 とっかかりも一応見つかってる。

 焦る段階じゃないと理性ではわかってるが、進展がないよりはある方がいいのは言うまでもない。


「……そっちは」

「――まだ、分析中だ」


 苦々しい思いを堪えて答える。

 ……俺の方だって、あっちのことをどうこう言えるほど、進んじゃいない。

 それにこっちは、分析が終わったとしても、役に立つかわからない。

 あくまで『参考』……いや『一応』のレベルだ。


 結局のところ、俺があいつにしてやれることなんて気休め程度でしかないのだ。

 アレが積極的に動かなければ、『最終手段』は得られなかった。

 もちろん、諦めるつもりも、手を退くつもりもさらさらないが。

 ――己の無力を感じるほど、嫌なものはない。少なくとも、俺にとっては。


「りっか、は……」


 ぽつり、と『伶』が呟く。


「……りっかは、不思議に思ってる、みたいだけど……。でも、気付いては、ないよ」

「……そうか」


 脈絡のない言葉だが、『伶』を相手に会話する場合は『いつものこと』で片付けられる。

 あまりにも『違いすぎる』ゆえの、弊害。

 マイペースとかいうレベルじゃない話の飛び方も、何を考えてるんだかわからない目も。

 為るべくして為った、それだけのことだ。

 生まれも、育ちも、そうなるように全て定められていたのだから。


 ……それでも、前に比べれば少しは人間っぽくはなった。

 『意思』らしきものすら瞳に浮かぶことがある――そんなこと、一生あるはずがないと思っていたのに。


 『宮内』のために生まれて、『宮内』のために生きる。

 ……否、生かされる。

 それだけの、趣味の悪い『人形』だと。

 ただの『容れ物』、『器』でしかないと。


 その認識が覆されたのは、あいつ――律花が、『宮内』の屋敷に来てからだった。


 『伶』と似て非なる、イレギュラーな存在として。

 望まない運命を負わされた、哀れな子供として。


 喪失に傷ついて、現実を拒否して、何もかもを諦めて――それでも『宮内』の誰より、真っ当な価値観を持った『人間』だったから。


 律花の命の期限は、明確に分かってるわけじゃない。

 大体の時期がかろうじて推測できる程度――しかもいくらでも流動しうるような、そんな程度だ。

 今のところは、ずっと変わらずに来ているが、いつ、砂時計が壊れるように命数が尽きるか分からない。


 ……そんな危うい状態にあることを、律花自身は知らない。


 教えるべき――なんだろう。

 あいつ自身のことなのだから、それが当然で自然だ。

 ……だが、俺は未だにそれを伝えずにいる。


 理由は、まあ、色々ある。

 だが、一番の理由は、多分――。


 伝えた後、あいつがとるだろう行動が気に食わないから、なんだろう。


 『見ないフリ』をし続けてる今のあいつなら、恐らく……いや、間違いなく選ぶだろう選択。

 それが、俺には気に食わない。


 ……エゴだってのはわかってる。

 あいつにとっては余計な世話だってのも。

 あいつの目が何よりも雄弁に語るのは、『諦めてしまいたい』という心。

 だが、それこそが『諦めきれてない』ことの証明で――それをあいつが自覚してようがしてまいが、俺にとっては同じことだ。


 無意識に抑えこんで、『見ないフリ』を続けてるその感情。望み。願い。


 ――絶対に、引きずり出してやる。


 ……そう考える、感情が何に起因してるか、なんて。


 今更、誰に言われるでもなく、わかってる。


 単純な感情じゃない。

 キレイゴトだけじゃ、ない。


 いつから、なんて、知るはずもない。


 それでも確かに、俺の中に在る。

 ソレの名は、多分――



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