◆日常/非日常
少しのズレが、さらに大きなズレを生み出して。
変わっていく。
変わってしまう。
――望んでなんか、いないのに。
* * *
昨日の終わりがイレギュラーだったから、一日のサイクルが少しずつズレてるな、とは思ってた。
朝の登校はなし崩し的に伶と一緒になっちゃって(あの邸から学校に行くには車がないと無理だから仕方ないけど)、必然的に朝の日課は流れてしまった。
……まあ、昨日の件もあるし、遠矢くんのことは、むしろこれで良かったのかもしれないけど。
昨日の放課後に図書館に行けなかったから、借りるつもりだった本も借りられなかった。
イコール、返す本がなかったから、朝、図書館には行かなかった。
だから、珍しく昼休みに図書館に来たんだけど……。
誰が予想しただろう。
登校を見届けるのが日課になってから、昨日伶が謎の手段を講じて引き合わせるまで、一度も遭遇しなかった人物と――。
図書館でばったり会うなんて。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
沈黙が痛い。視線も痛い。
無言で凝視されるのは、すごく居心地悪い。
……ど、どうすればいいの?
「……あんた、昨日の……?」
小さく呟かれた言葉は、何故か疑問形だった。
つられて私も疑問形になってしまう。
「そ、そうだけど……?」
「……」
「…………」
「………………」
……なんでまた無言……!?
ええと、どうしよう。何かこの状況を変える方法は――って。
……わ、私から話すしかない、よね。
「遠矢、くん……は、本借りに来たの?」
ありきたりだし、図書館に来ている時点で答えが予想できるけど、咄嗟に他の話題が思いつかなかった。うう、アドリブに弱いな、私……。
遠矢くんは一度瞬いて、それから頷いた。
まあ、図書館に来る理由なんて、本を読むか本を借りるため、くらいしかないよね。
……でも、何か意外。
遠矢くんのこと、何も知らないに等しいから、こう思うのは変かもしれないけど。
遠矢くん、児童文学読むんだ……。
遠矢くんと私がいるのは、児童文学がひとまとめに置いてある棚の前。
借りる本を棚から抜き出そうとしていたところに遠矢くんが来て、何の気無しに振り向いたら目が合ってお互い固まってしまったという……何だか微妙な再会(?)だったのだ。
えーと、えーと、何か話題を……! ここは一つ、話を広げるしか!
「何、借りるの?」
図書館での世間話の導入としては、多分使い古された問い。
でもちょっと、いきなり踏み込み過ぎかな、と不安になる。
なんていっても、私と遠矢くんがまともに顔を合わせたのはこれが二回目。
私はともかく(まあ、顔すらちゃんと見たことなかったわけだけど……)、遠矢くんにとっては昨日が初対面のはずだし……正直、世間話できるほどの親密度すらない気がする。
だけど、私の不安に反して、遠矢くんはさらっと答えた。
「グリム童話。妹が読みたいって言ったから」
……いもうと。イモウト。妹。
えーと、つまり。
「……妹さんがいるんだね」
「……?」
何でそこで意外そうというか不思議そうな顔されるの……? 今の返しは別におかしくないと思うんだけど……。
「聞いてない?」
……何を? 誰から?
「あの――玖内の次代が知ってたから、てっきり知ってるものだと」
『玖内の次代』……。
……伶、何あっさり喋っちゃってるの……。
一応それ、まだ極秘だったと思うんだけど。
『玖内』は『宮内』の別称というか異称というか……表向きの名前。
国内有数の巨大企業『玖内』。
それを経営するのが『宮内』の一部で、伶は『宮内』の次代、且つ『玖内』の次期総帥……つまり社長、だったりする。
……表向きは。
どうして『表向き』かというと、実際に伶が『玖内』の業務に関わることはないから。
『玖内』の仕事は『宮内』にとって、副業みたいなもの。
『宮内』の中ではそんなに重要視されてなかったりする。
本当に重要なのは別のものだから当たり前と言えば当たり前だけど。
「伶は妹さんのことを知ってる……ってこと?」
……朝は『麗しの君』=遠矢くんだってことも知らなかったのに?
ちょっと疑問に思うけど、遠矢くんは躊躇いなく頷いた。
……いや、まあ宮内の力をもってすれば不可能ではないと思うけど。
宮内に関わってから常識って何? みたいな目に結構遭ってるから、その辺りはそういうことにして納得する。
「とりあえず、私は何も聞いてないけど……」
というか、いくら伶でも他人のプライバシー……というか個人情報を簡単に漏らしたりはしないと……。
……た、多分しないと思うんだけど。
いや、知ってる時点で既にプライバシーは侵してるんだろうけど! でも流石にそこまではしない、と思いたい。
なんでかちょっと眉間にシワを寄せた遠矢くんにドキドキ(もちろん悪い意味で)しながら、ふっと気づく。
……今って、伶が遠矢くんに何したのか聞く、いいチャンスなんじゃ?
「ええと、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……何?」
「昨日、伶は何て言って、遠矢くんをうちのクラスに連れてきたの?」
「…………」
うわぁ、なんかすっごく微妙な顔。
「……『会わせたい人がいる。名前を交わすだけでいいから』って」
なるほど、だから自己紹介(?)されたんだ。
……でも多分、それ以外にも何かあったんだよね?
伶がいつ遠矢くんに接触したのかはわからないけど、少なくとも遠矢くんの個人情報を伶が知ってるとか、伶が『玖内』の次代だとかわかるような会話をしたはずだし。
それになんか、遠矢くん不機嫌そうだったし……伶が無理矢理連れて来たんじゃ、って心配になるくらいだったんだから、気のせいとは思えない。
「もしかして、伶が何か無理言ったりとか、迷惑かけたりした? ……昨日の遠矢くん、ちょっと……不機嫌そうだったし」
言った途端、遠矢くんが眉間のシワを深くした。
慌てて「気、悪くしたならごめんね」って続けたけど、どう考えてもフォローになってないよね……。
「それは、……違う」
「え?」
「そう見えたかもしれないけど、俺は、ただ……」
え、あれ、違ったの? 機嫌悪いんじゃなかったの?
「『玖内』の次代が何をしたいのか、わからなくて」
……確かに、わからないよね……。
「……戸惑ってただけで、不機嫌だったわけじゃない」
……えーと、つまり。
アレは不機嫌顔だったんじゃなくて、戸惑い顔だったってこと?
……な、なんだぁ……私の勘違いだったんだ。
「そうだったんだ……勘違いしててごめんなさい」
「いや、俺あんまり愛想いい方じゃないし、普通にしてても怒ってるみたいに見えるって妹にも言われるから。あんたがそう思ったのも無理ないと思う」
そうは言っても、勘違いは勘違いだし。
これからは表情読み違えないようにしないと。
大丈夫、伶の表情が読めるようになったんだから、きっと遠矢くんの表情だって――。
……『これから』。
『これから』が、あるのかな。
あるとして、私はそれを受け入れてしまっていいのかな。
……受け入れて、耐えられるかな。
遠矢くんに関わる覚悟が、私にあるの?
――私の残り時間は、もうあんまりないのに。
だから私は、見ているだけの恋をしていたのに。
(望ンデモ、未来ハ無イノニ?)
「おい、あんた……」
「……え?」
ハッと我に返った。
いつの間に考えこんじゃってたんだろう……。
「大丈夫か? 顔色悪いけど」
「あ、うん、大丈夫……」
「気分悪いとかなら、ちゃんと休んだ方がいいと思うけど」
「そういうのじゃないから本当に大丈夫。心配してくれてありがとう」
……遠矢くん、いいひとだなぁ。
ほぼ初対面な私を心配してくれるし、気遣ってくれるし。
人として当たり前の言動と言えばそうだし、社交辞令(?)みたいなものかもしれないけど。
そうだとしても私は嬉しかったし、やさしいなって思ったから、それでいい。
「引き止めちゃってごめんね。本……グリム童話童話借りるんだよね?」
「あ、え……そう、だけど。なんで、」
「じゃあ、はい。これ」
「……は?」
さっき棚から引き抜いたばっかりの本を差し出す。
遠矢くんはちょっと目を見開いて、戸惑った声をあげた。
うちの学校の図書館は、別棟にあるから『図書館』って呼ばれてるだけで、実際はあんまり広くないし、蔵書も少ない。
だから、需要のあんまりない(多分)な児童文学の中で、グリム童話集は1シリーズしかなかったりする。
私が借りようとしていた本は、その1巻目だった。
私の手の中の本を見て、私の考えがわかったらしい遠矢くんは、また眉間にシワを寄せた。
「でもこれ、あんたが借りるヤツなんじゃ……」
「これ、前に借りたことあるから。グリム童話集って1種類しかないし、先に借りて? 私はまたそのうち借りるから、気にしなくていいよ」
遠矢くんはしばらく悩んでたみたいだったけど、結局は提案に頷いた。
*
私は、この時のことを思い返しては、どうして、と自分に問いかけることになる。
どうして、言葉を交わしてしまったんだろう。
どうして、繋がりを持ってしまったんだろう。
――望んでなんか、いなかったはずなのに、と。
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