第七話 転生者と逃走劇



「キモチワリィ……飲み過ぎた……」


 魔物との戦闘の最前線でニキが呟く。

 顔色は青く染まっていて、足取りも怪しい。時折口元を手で覆って何かを堪えるような仕草をしている。

 吐き気との戦闘で横から切りかかってくるゴブリンには一切気づいていない様子。

 あわや斬られるというところで、ニキの後ろから飛び出した少女がゴブリンを切り捨てた。


「また、二日酔い? いい加減、魔王軍との戦いの前はお酒を抜きなよー。そのうちぽっくり逝っても知らないからね?」

「馬鹿言うなモート……俺は何を言われても酒はやめねえ……」

「まったくもう……」


 モートと呼ばれた少女は呆れたように嘆息をすると、それ以上何かを言うこともなくナイフを振るう。


「そういえば、ケイタの奴を見かけねえな」

「ケイタ?」

「おう。一週間前の襲撃でドラゴンをぶっ飛ばした奴」

「あー、最近街で噂になってるヤバい人?」

「なんだそれ?」

「なんか街で奇声を上げたり目を血走らせながら街中を走り回ったりして、気味が悪いって近所の奥さんたちが言ってた」

「ほー、そんなことする奴には見えなかったがな……」


 思い返すように空を見つめるニキ。

 それでいながら、襲い掛かってくる魔物のすべてをいなし、あるいは切って捨てて生き残っているのは冒険者としての技量の高さが伺える。

 しかし、思索に耽る時間も魔物の群れの中から聞こえてきた大きな音と立ち上る土煙によって中断された。


「何だあれ?」

「何だろう、近づいて来てるね」


 目を凝らすようにしていると、ニキの耳に声が届く。

 声は土煙が近づいて来れば来るほど大きくなり聞き取れるようになる。


「いぃぃやあぁぁぁぁぁ!」

「パンツ見せてください!」

「待たぬかあぁぁぁ!」


 先頭を走る白髪の魔法使いらしき少女とその後ろを腰を九十度に曲げた状態で追いかける黒髪の男、そして凶相を浮かべながら追いかけるミノタウロス。


「何だあれ」


 ◇


 誰かに背中を押されるような感覚とともに体の自由を取り戻すと、倒れそうになる体を気合で立て直してなんとかヒイロの隣に並ぶ。


「戻ったぁぁ!!」

「今度は何よ!?」

「気にするな! それよりも、さっきまでの俺は俺であって俺じゃない。全部忘れてくれ」

「はぁ!? 何よ、どういうこと!?」

「とにかく忘れてくれ! ほら見ろ、他の冒険者だ!」

「あーもう! 後で説明してもらうわよ!?」


 ヒイロにまくしたてるように告げて誤魔化そうとするが、どうにも逃げられないらしい。

 だが、未来のことは未来の自分に放り投げてとにかく今は自分が生き残ることを考えろ!

 魔物と魔物の間をすり抜けながら、さっき見えた冒険者――ニキのところへ向かう。


「逃がさぬぞおぉぉぉぉぉ!!」


 太鼓の音を至近距離で聞いた時よりも大きく感じる怒声とともに、アステロペテスが斧を巻き上げるように地面をこすりながら振り上げた。


「うおおぉぉぉぉぉ!」


 迫ってくる斧から逃れるように魔物のいなくなった前方へ飛び込む。

 風切り音が鳴って斧が背後を通ったことが分かると、あまりの勢いに空中に浮いている体が巻き起こった風によって塵のように吹き飛ばされる。

 幸いにも高度は大したことがなかったため命の危機はなかったが、風によって乱れた姿勢をすぐに立て直すことはできず体がボールのようにゴロゴロと転がった。


「うぅっ……」


 転がり続けたことで徐々に勢いはなくなり、気付くと地面に突っ伏すように停止していた。

 目が回ってふらふらとする頭を緩慢な動作で持ち上げて体を起こす。

 四つん這いの体勢で眩暈を耐えると、周囲を見渡して状況を確認する。

 まっすぐ顔を上げた先にはアステロペテスが、左右を見れば同じように倒れているヒイロとこちらを見つめるニキの姿が。


「全員あのミノタウロスを狙えぇぇぇ! あいつが指揮官だ!」


 まともな説明もせずアステロペテスを狙うように戦場に響き渡るほどの声を上げる。


「「「うおおぉぉぉぉぉ!!」」」


 俺の声が聞こえた冒険者たちは雄叫びを上げながら勇敢に立ち向かう。

 魔法使いたちの爆撃のような絶え間ない魔法攻撃。

 二人の剣士による左右同時攻撃。

 その間に行われる、短刀使いによる背後からの奇襲。

 手を変え品を変えアステロペテスを討ち取ろうと攻撃を仕掛ける冒険者たち。


「その程度の攻撃でこの我の首が取れるとでも思ったか!?」


 冒険者たちの猛攻を手に持った斧一つで捌き切り、反撃までして見せるアステロペテス。

 紙吹雪のように宙を舞う彼らに周囲の冒険者たちは尻込みをする。

 冒険者たちがアステロペテスとつかず離れずの距離を保っている間に、俺はヒイロのそばへと辿り着いていた。


「おい、起きろ……!」

「んッ……」


 ヒイロの肩に手を置き揺さぶるようにして覚醒を促す。

 それに応えるようにヒイロの瞼が震えてゆっくりと開く。


「いいか、よく聞け。ここは冒険者たちが戦っている最前線よりも内側だ。俺たちはアステロペテスの攻撃で吹き飛ばされたんだ。他の冒険者がアステロペテスと戦ってくれてるが、いつまで持つかわからん」

「……」


 大丈夫か? もしかして、頭でも打って意識が混濁しているのか?

 ボーっと空を見上げて聞いているのかわからないヒイロの反応に、ライターの火でじりじりと炙られるような焦燥を覚えるが務めてそれを押し殺す。


「……は、はは、あははははは! 楽しくなってきたわね!」


 ……やっぱり大丈夫そうだな。




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俺の異世界転生が罰ばかりなんだが!~チートスキルは最強ですが罰も与えられるようです~ .嘘 @Gurisina

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