第4話 男好きなあの子と鈍感なキミ

 次の日、いつも通り一人で学校に向かう。

 こっち側に住む人は少ないからしょうがないんだよね。

 大通りに出て、通学路を歩いていると…。


「おっ、柚芽! おはよ!」


 げ。こんな大通りで大声を…。

 ギギギッとロボットのような動作で振り向き、


「お、おはよ…」


 と返す。相手はやっぱり、頼登くんだった。


「ほら、ちゃんと持って来たぜ! いつ先生に言いに行く?」

「ぎょ、業間休みとかかなっ? ご、ごめん、先に行くねっ‼ また学校で!」


 こんな、登校中に二人で話してるところなんて見られたら、ヤバいことになっちゃうよっ!

 ってなことで、のんびり空を眺めながら学校へ行く夢は、今日も叶わずじまいとなってしまった。




「あ~っ、噂の岸野さんだぁ~」


 と誰かが声をかけてくる。

 考えてみれば、学校で誰かに話しかけられるなんて初めて…って。


 理央、ちゃん。


「う、噂、って…何?」

「とぼけないでくれる? 昨日夜、一緒に話してたじゃん」

「え?」

「大通り歩いてたよね? …久我くんとっ‼」


 さぁっと血の気が引く。

 もしかして…昨日帰ってるの、見られてた――?


「なんで一緒に帰ってたの。あんな時間まで何をしてたの? アンタなんかが久我くんと釣り合わないって分かってるっ⁉」


 理央ちゃんは私に一歩ずつ迫って来て、最終的にはドアまで追いやられてしまった。


「マジありえないわー」「理央がいるの分かってるのにさー」「理央の邪魔しないでほしいよね」「てか普通に久我くんとコイツ釣り合うって思ってんのかな?」「鈍感でもそんぐらいは分かってるっしょ」「バカだから分かんないよ?」


 取り巻きの女子たちがコソコソそんなことを言っている。

 でもさ、よーく考えてみない?


 17時30分くらいまで一緒に話してたって、それが恋愛の好きって感情とイコールで結ばれるのはおかしいと思うよ。


 私は自分の生きる希望を持つための自己満だけど、頼登くんは、みんなのために、善意でやってくれてるんだよ。


 好きなら、その気持ちを踏みにじらないであげてっ…!


 そう、心の中で思っても、口にすることは許されない。

 今、私に求められているのは、『ごめん』とか『もうやらないようにするね』とかの同意の言葉だ。


「…ごめん理央ちゃん、」

「謝れなんて言ってない! なんであの時間までいたのかを聞いてるのっ‼」


 周りのクラスメートたちも、理央ちゃんの剣幕にびっくりして、会話をやめている。

 私は目立ちたくないよっ…。


「あとその理央ちゃんってやめてくんない? 大体アンタと仲いいわけじゃないし、むしろ仲良くしたくないし、下の名前で呼べなんて頼んでないから」


 男子の前で出す声よりずっと低い声で言ってくる。

 理央ちゃんは平均の私なんかより背が高いから、冷ややかな目で見降ろしてくるのがすごく分かる。


[…どうしたらコイツを排除できるか…]


 今の、理央ちゃんの…いや、花篤さんの、心の声?

 私を排除する方法が…悩みなの?

 それだけ、私は花篤さんから拒絶されてるんだっ…。


 ただでさえ針のむしろのように言葉がハートに刺さってくるのに、ハートボイスがあるせいで、また悪口を自分から聞いちゃった…。


 今は言い返せないけど。花篤さんに排除されようとしている私だけど。

 見てなさい! いつか、あなたの悩みさえも解決して見せるんだからっ…!


 って、心の中で熱くなっていても、周りの状況は変わっていない。

 私も、その声を口に出すことができない。


「なんでコイツ黙ってんの?」「しかも下の名前で呼ぶとか馴れ馴れしすぎない?」「理央のこと下の名前で呼んでいいのは私たちだけってみんな分かってんのにさー」「いっつも本ばっかり読んでて、周り全く見てないんじゃない?」


 私が何か言っても黙っても、花篤さんだって取り巻きのみんなだって、苦しい言葉を投げかけてくる…。


「おっはよー…って、あれ? 柚芽? まだ座ってなかったのか?」


 よりにもよって、なんでこのタイミングで、頼登くんが…。


「お前ら、柚芽に何かした?」


 すぐ近くにいた花篤さんたちを、頼登くんが冷ややかな目で見降ろす。

 ばっちり花篤さんと目を合わせている。完全に花篤さんの心の声が聞こえてる…。

 それより、そんなこと言ったら、余計花篤さんが怒るよ…!


「ううん、何でもないよー! ただ、柚芽ちゃんとはクラスが同じになることが多いから、その思い出話してただけだよ! 気にしないで!」


 さっきの花篤さんの声はへ音記号で表すような音だったはずなのに、今はト音記号の高いドくらいに上がったんじゃないかっていうくらい甲高い声で、頼登くんにボディタッチする花篤さん。


 その様子を見ていた私が、何故か胸がチクリと痛んで…。


 そうだよ、頼登くんと目を合わせさえしなければ、こんなことにはならなかった。

 でも、頼登くんは私に人生の希望を教えてくれて。私のハートはこの人に助けられて。


 私もこの人みたいにいろんな人を助けたいって思って、いつか頼登くんを救いたいって思って…っ!


 頭の中がごっちゃごちゃになって、ますます胸が痛くなる。


「…へー。柚芽、座ろう」


 頼登くんは一瞬で興味を無くしたように花篤さんから目を逸らし、私の手を取った。

 周りの人たちは頼登くんのその行動に目を見開いている。

 っていうか、言うの忘れてた!

 学校では上の名前で呼ぼう…って言うことを。


 そう…頼登くんは、想像以上に鈍感だった。


 普通の人ならわかるでしょ!

 花篤さんみたいに頼登くんにべったりで女っぽくてリーダー的存在の人の心の声、[どうしたらコイツを排除できるか…]って聞いたらさ、『あ、自分のせいでこんなこと思ってんだ』って分かるでしょ!


 今回に関しては頼登くんのせいじゃないけど…。


「…一刻でも早く、開業しよう」


 そう言って、もう一方の手で昨日造ったポスターをひらりと見せる。

 なんで、あなたはそんなに、私を心配してくれるんですか…?

 そんな問いは、虚しく心の中に残り続けた。




「へぇ、二人とも占いできたんだ。いいじゃん、貼りなよ」


 担任の先生は、そこまで興味を持ってくれたわけではないけど、了承はしてくれた。


「でも、岸野さんと久我くんのタッグなんて珍しいね」


 ――『岸野さんと久我くんのタッグなんて珍しいね』

 やっぱり…先生からも、そう見えるんだ。


 そうですよね、平凡凡人凡庸庶民の私なんか、人気者で何でもできて文武両道の頼登くんとなんて、釣り合わないですよね。

 花篤さんの言う通りだ。


 今すぐにでも逃げ出したい気分だけど、せっかく頼登くんが私を必要としてくれてるんだから、その気持ちには応えたい。

 頼登くんを救いたい、なんて言っておきながら、今、私はこんなことしかできないから。


「そうですか? 柚芽、いい奴ですよ。特に、字綺麗だし! 文章造るのも得意だと思います。じゃ、早速行って来ます! 柚芽、行こうぜ」


 先生の言葉なんてまったく気にしてない頼登くんが、また私の手を引く。

 頼登くん、業間休みはあと5分しかないよ?

 そんな言葉を言うことだって、周りの視線を気にして頼登くんの手を振り払うことだって、私にできるはずがなかった。




 花篤さんに何か言われることもあるかもしれない。

 その取り巻きの人たちにいじめられるかもしれない。

 それでも、お悩み相談所に参加したいって思えるのは、頼登くんが私を救ってくれたから。


 ねぇ、頼登くん。あなたが、私のハートを救ってくれたんだよ?

 今は何もできないけど。


 いつか…その悲しい笑顔も、私が、必ず、救うから。

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キミのハートの声を聴かせて! ~柚芽と頼登のハートのお悩み相談所!~ こよい はるか=^_^=猫部 @attihotti

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