ふうふ、よきかな。

ふゆ

ふうふ、よきかな。

 父が使っていた介護用のロボットは、型式番号も外された中古品でした。

 軍隊の突撃歩兵として開発、量産され、無骨な姿でしたが、高性能のAIが搭載されており、父のケアを的確にこなしてくれました。

 ただ一つ気になったのが、父が声を掛けた時に、姿勢を正し敬礼をすることでした。

 兵隊プログラムは、介護プログラムに入れ替えられていましたが、敬礼の動作が、何故か人間の癖のように残っていたのです。

 父は、それが気に入っていました。


 父は、戦争経験者で、最前線で戦っていた時に、敵の攻撃で片腕を失いました。

 傷痍軍人として戻ってからは、家にこもりがちでしたが、不自由な身体ながらも、自分にできることを積極的にこなし、母との二人三脚の生活を楽しんでいるようでした。

 母にしてみても、生きて帰ってくれただけで、嬉しかったでしょうし、二人で過ごす生活は、何にも代えがたい、幸せな時間だったと思います。

 しかし、そんな夫婦水入らずの生活は、長くは続きませんでした。

 母が、重い病気にかかり、亡くなってしまったのです。


 母の葬儀の後、父には一緒に暮らそうと何度も誘いましたが、かたくなに拒みました。

 母との思い出が詰まった場所から離れることが、できなかったのかも知れません。


 暫くして、父から、「介護ロボットが届いて、生活は何不自由なくできるようになったから心配するな」との、連絡がありました。

 生前、死期を悟った母が、密かに手配していたらしく、母の段取りの良さと、父に対する深い愛情を、改めて知りました。

 元気を取り戻し、いきいきとした父の表情を目の当たりにした私は、同居の説得を止めることにしました。

 しかし、その判断は、間違っていました。

 父が、何者かに殺害されたのです。


 警察は、人気のロボットを狙った強盗殺人として捜査を行いましたが、数ヶ月経っても犯人逮捕には至りませんでした。

 盗まれたロボットには録画機能があり、犯行の一部始終が残っているかも知れず、犯人への手掛かりが得られる可能性がありましたが、同型のロボットは、数多く流通しており、父が使っていたロボットを見つけ出すことは、極めて困難でした。

 それでも私は、警察の捜査と並行して、情報提供をネットに拡散したり、チラシを作って、犯行現場周辺で配ったりと、情報収集を粘り強く続けました。

 すると、一ヶ月程経過したある日、同型のロボットが多く使われている場所の情報が寄せられました。

 その場所は、多様なロボットが、仕分けや運搬などの作業を行っている産業廃棄物の集積所でした。

 経営者に事情を説明すると、作業を中断して、同型のロボットを集めてくれました。

 私は、ずらっと並んだロボット達の前に立ち、一つ深呼吸をしてから、姿勢を正し敬礼をしてみせました。

 すると、集まったロボット達も、一斉に敬礼を返してくれました。

 その様子を見渡した私の視線は、一体のロボットに止まり、自然に涙が溢れ出しました。

 集まったロボットの中で、ただ一体だけ左手で敬礼をしたロボットがいたのです。

 父は、戦争で右手を失っていたために、敬礼は左手でしていました。

 父と暮らすうちに、ロボットも父の動作を学習したのか、左手で敬礼をするようになっていたのです。

「あのロボットです。あの左手で敬礼をしているロボットを、調べてください!」と、震える声で叫びました。


 ロボットは、専門機関でメモリーが調べられ、奇跡的に残っていた録画データから、犯行の様子を記録した映像が復元されました。

 映っていた人物の生体情報から、犯人が特定され、程なく逮捕されました。


「父さん、事件が解決したよ」

 私は、父と母の墓前で、事件の顛末を報告しました。

「ロボットが犯人を覚えてくれてて、逮捕できたんだよ。でも、不思議なことがあってね、ロボットのメモリーは、初期化されていたのに、犯行の様子を記録したデータだけ、強力な電磁バリアで守られていたらしいの。

 理由は不明だけど、私は、ロボットの中に母さんがいて、守ってくれたんだと思ってる。凄いね母さんは……」

 私は、傍らにいるロボットに目をやった。

 ロボットは、顔を指で掻く仕草をした。

 それは、照れた時に、顔のホクロを触る母の癖に似ていました。

(了)








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ふうふ、よきかな。 ふゆ @fuyuhara

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