第27話. Everlasting Story

「これ、有名な星の王子様のセリフで、その前に『目じゃなく心で見る』って言ってるの。ただ私はよくわからないの。心をどうとらえるか。自分の心から見るって何? 目で見るのと何が違うの? でも一つわかったのは、自分が望んでいることって自分自身でも矛盾してるってこと。ほら、例えば”自分でお店をやりたい”ってずっと思ってても、”テナントが空いたから譲りましょうか?”って言われても”今の会社を辞めてお店を実際にやれる人”なんてそうそういない。自分が望んでいたチャンスがきても、アレコレ理由をつけて結局叶えないとか」


 わかったような、わからないような。


 ただ、自分チャスは、女じゃなきゃ無理と思ってたけどミカエルに迫られて、自分は女でも男でも平気だったことがわかった。感情が無くなってリセットされていたのもあるかも。


 ミカエルに支えられて、辛かった時、生き延びた。たぶん、ミカエルじゃなきゃだめだった。


「だって“心”の中はいろんな感情があふれて乱れまくり、混沌よ。ただ一部の生徒の中には”魔力の置き場は、心”って教えたでしょ。でも、心が乱れまくりだと集中できなくて魔力放出はできない、魔法は使えない。幼少期の魔法学校だとまだ心の概念を単純に捉えてくれるけど。でも大学生になってから心から引き出すと教えると、混乱しちゃう。だから大学から魔法を習得する生徒は魔法の術式と請願詞を唱えることだけ教える。できる生徒には心を宥めて静かにさせて、一種のマインドフルネス状態ができるようにまで訓練させるんだけど」


 センセの話はいきなり講義になった。


「で。相手と揉めるのが”価値観”なのね。でも心イコール“価値観”かというと違う」


 心はわかんない。ただ女じゃなきゃダメ、そう言い続けていたのは価値観。でも少しずつミカエルじゃなきゃダメだってわかった。

 それって。身体も心もそれくらい強くて、タフでコイツミカエル自身じゃなきゃダメだったんだろーなーと思う。

 だとすれば、コイツに出会えたことがよった。


「自分の譲れないこと、相手の譲れないことも、価値観って言うでしょ? でも実は自分自身の価値観って曖昧。よくわかってない。それって、社会的に、周りに影響されているから」


 マーレンがパフェを返すタイミングを失ってる。てっぺんの抹茶アイスが溶けていくのが先生越しに見えた。


「例えば、私は子供が好きだから欲しいと思っていたけど、“世間体”もあったし、“大人になれば持つもの”とも“子供を持って初めて大人になれる”という価値観もあった。師団で上層部に呼ばれて“団長の遺伝子を残すべき”って言われて当然だ、とも思った」


「リディア、それは抗議していいものです」


 キーファの言葉にセンセは首を振った。


「自分が当たり前って思ってるものって、実は玉ねぎみたいに外からの影響をすごく受けていて、剥いていけば、本当に自分が望んでいる理由って最後に残った一欠片ひとかけらかもしれないし、剥いてみたら案外何もないかもしれない。そして価値観は、心の中にあるごちゃまぜの中の一部。だから星の王子様の言うように、心で物事を見たとしても、色眼鏡や他人からの影響受けまくりのやっぱり価値観が入って来ちゃうし。もし、『心で見なさい』と言われるのであれば、最終的には、剥いた玉葱の中のその“ひとかけら”から相手を見つめて、相手を失ってもいいほど譲れないなら押し通してもいいし、失いたくないならなぜ譲れないのかよく考えてみる」


 チャスは自分の考えからセンセの言葉考えをシフトする。


「でも、人は自分の本音や価値観がどこにあるか、どこから来たのか、大抵は見つめないよ。ましてや相手のことならなおさら。相手に『話し合いたい』って言っても、話し合ってくれることなんて普通はない。『何、言ってるかわからない』って言われちゃう。自分の本音を考えてる人って少ないよ。みんなには、魔法の置き場所は心って伝えたから心の概念が少しは伝わってると思うけど」


 先生は首をかしげていた。


「私の場合は――夫、マクウェル団長が色んな故郷を持つたくさんの価値観の人間を見てきたから、まだ私の心を見ようとしてくれている。私の故郷での古臭い因習を解ってくれている。でも時々、理解に苦しむみたいだし、私も夫が理解できなくて喧嘩する」


 先生は、溶け切ったパフェをちらりと見て残念そうな顔をしつつも、チャスを見て、それからミカエルを振り仰いだ、


「偉そうにすみません。結婚のスタートってそういうところだと思います。大事なことは『その時考えればいい』ってよく言うけれど、それって先延ばしでもあるから。わかり合えないと――チャスは苦しむだろうから。諦めないで、わかってあげようとしてください」


 この人、わかってる。ずっと諦めてきた自分だから。――他人にわかってもらえなくて当然だと思ってたから。


 キーファとウィルは黙っていた、それから頷く。


「そうですね、自分の心も、相手の心も、本当の望みは何か、それを向き合うこと。そして最後に残る何か、それを考えます」


 キーファがいきなりセンセに顔を向けて伝えるから、センセはえっ、と驚く。なんで私? と。


「俺はいつも考えてるぞ!」


 続いてマーレンが叫んでる。コイツ酒で酔ってる?

 ウィルは何も言わなくて、センセを見ていただけ。


 こいつら、巡り巡って、自分達のことに落とし込んだみたいだ、ま、いーけどな。俺の方から注目が外れて。


 キーファ、マーレン、ウィル、それぞれの決めたような、マジな顔が印象的だった。センセも大変だな。


 そしてミカエルの顔をチャスは見られなかった。



 店を出たところで、ミカエルも飲んでいるし、車はなしで歩いて帰ろうという話になった。車も呼べるけれど、何となく歩きたい気分だった。


「今日の婚約の返事は、嬉しかった」

「――みんなの前で言ってゴメン」

「なぜ謝る?」

「フツーは、二人きりの時言うだろ」


 婚約の返事は、プライベートなことだし。でもあの場で言いたくなったのは、多分嫉妬かな。


「なんつか、他の奴ら立派になってたろ。学生んときも体格よくて、魔法の腕も上達して。けどマジでエリートになってて。だから――思わず」

「それは、俺を取られないように、ということか」


 ミカエルが足を止めて、見つめてきたからチャスもその顔を見上げる。


「そう」


 短く答える。自分は自分。アイツらとは違ってて当たり前。でも惚れられたら。いいって思われたらいやだった。


 ミカエルがいきなり太い笑みを見せて、チャスを抱き上げた。子供のように両脇に手を入れられて、片手で肩に抱き上げられる。


「おまえ、なんだよ!」

「今日、風呂に一緒に入ろう」

「なんでだよ!」

「洗ってやる」

「自分で洗えるから!」

「明日の朝も入ろう」


「やだよ!」

「雲海を一緒にみよう、それから指輪も買いに行こう」


 肩に担がれながらミカエルがグルグル回っている。ナニコレ、罰ゲーム? こいつ酔ってる? 踊ってる? ミカエルが回ると満月も追いかけてくる。


「いっぱい話して喧嘩もして婚約期間を楽しもう、それから結婚はいつにする? ティターニア殿にも挨拶にいかないとな」

「喧嘩して、婚約破棄したらどうすんだよ!」

「指輪を持ってまた、お前に婚約を願いに行く。楽しみだ」


 こいつ懲りねー、しつこそー。でもやるんだろうな。


「あーもう、仕方ねーな。どうせもう女王は知ってるよ」


 満月なんだから全部見られてるって。


 回りすぎてなんだかわからない。正直、ちゃんと話しておかないことが別れの原因になるって親を見てて思った。


 先延ばし? 結局それが一番向きあわなくて済むから、みんなそうする。今の幸せだけ見たいから。


「アンタが施設の子を引き取りたいならいいよ、俺みたいなのを救ってくれても。でも俺は――」


 ミカエルが回るのをやめて、自分が彼の胸の中にすっぽりと落ちる。


「正直、俺にとってお前は子供みたいなものだ」

「むかつく」

「育てたい、俺のことを好きになるように」

「……だからもう――」


「始まりを楽しまないで、どうする」

「――うん」


 まあ、確かに。


「俺にとってはお前が一番、それを強く思った。それを失ってまで大事にしたいものはない。『辛い時は言う』、そう約束しただろ」

「うん」


「結局お前は“俺を失いたくないから”、そう言ってくれた。そのことを強くわかっただけだ」


 まあ、確かに。『こんなんだけど、俺でいいの?』――結局、俺はいつもそう言って試している。 


「って、なんかすげー嫌なこと、突き付けられた」


 俺の方が、好きみたいじゃん。


「そうなんだろ。お前の方が好きだって認めたらどうだ?」

「違うって」

「変わるものもある、変わらないものもある。俺が変わらないものはお前への愛だ」

「んなの――」


 ちょっと信じられねーって、また試してるな俺。


「変わっていくとしたら、愛から情もプラスされていくくらいだな」

「……」

「とはいえ、まだお前を幸せにしてないのに、先のことを考えすぎだな。先のことを話し合うより今のこともある」


 そう言ってミカエルが自分のことを高く抱き上げる。まるで月に手が届くみたいだ。こうなると自分の方がミカエルを見下ろす形になる。ようやくチャスは口を開いた。


「俺は、幸せにしてもらうって、好きじゃない。信じてない」


 たぶん、母親はそれにすがって、失敗した。父親はそういう相手じゃなかったのに。


「俺はしてやりたい、そうするのが幸せだ。まだできていなくても俺は今、チャスがいるだけで最高に幸せだ」


 幸せは二人で作る。でも、してもらいたいかも。ホントから外れてても、してもらいたい。そんぐらいしてくれるなら。――こいつが。


「俺よりお前の方が好きだって、認めるなら。信じてやってもイーヨ」


 んだよ。俺、すごく好きだって――言ってもらって、嬉しいのか。言ってもらいたいのか。


「――当然だ。俺の方が何倍でも、何百倍でも好きだ。でもお前も俺のことが好き、だろう?」


 ちょっと不安そうに、『だよな、だよな?』って、言ってる目、その目に笑っちゃう。

 自信ありげな言葉。でも『言ってよ、言ってよ』って。俺の言葉を待つ目が金色に光っている。


「まあな。てか、好きだよ」


 今はまだ。それとも、今はもう。

 この話はまだ先、それとももう終わりなのか。



 ただ――今は、二人だけでいい。


 


 いつもは上からミカエルに覆いかぶされる。けど今回は――。チャスは上からキスをした。自分が覆いかぶさって、肩に手をおいて唇を重ねた。


 

 誰もわからないってあきらめてたけど、センセもミカエルもわかってくれてた。

 誰も見てないって思ってたけど、みんなから心配されてた。


 なら、それでいーんじゃないの。意外にみんなと、通じるんだなって。わかったのが始まりだから。


 金色の光が踊るように円を描いて二人の周囲を飛び回っていた。それはこれまでのように羽虫じゃなくて、手をつなぎ廻るフェアリーリング妖精のダンスだった。





*Everlasting Story 終わらない物語



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モブ妖精とスパダリ獣の恋 高瀬さくら @cache-cache

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