エージェントK

下東 良雄

エージェントK

 深夜、都心の住宅地。月も雲に隠れ、あたりには闇が滲み出していた。

 車がようやく通れる位の細い道路の脇にある古びた一軒家。窓ガラスは昔ながらの擦りガラスで、中を窺い知ることはできない。


 ブルルルル……


 そんな一軒家の前に一台の白いワンボックスが止まった。

 車の側面には『CAKE DELIVERY』のロゴが書かれている。


 ガチャリ ガァーッ ガコン


 車から降りた青い作業着らしき服装の男は、側面のスライドドアを開けて、荷室から箱を取り出した。おそらくケーキが入っているのだろう。


 ガァーッ ガチャン


 スライドドアを閉めた男は、ケーキの箱を持って古びた一軒家の玄関の扉をノックした。


 コン コン コン


 ガチャリ


 家の中からスーツ姿の男が出てくる。


「お待たせしました。ご注文のケーキです」


 笑顔で箱を差し出す作業着の男。

 スーツの男は、真顔でその箱をじっと見つめている。


「予定通りの時間だな。中身は間違いなく注文したケーキなのか?」

「………………」


 作業着の男は笑顔のまま、何も答えなかった。


「沈黙は肯定と受け取るぞ」

「………………」


 ケーキの箱を差し出し、笑顔のまま微動だにしない作業着の男。


「……ふん」

「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」


 ブオン ブオオォォォ…………


 スーツの男がケーキの箱を受け取ると、作業着の男はワンボックスに乗り込み、そのまま走り去っていった。


 ギィィ…… パタン


 家に戻り、玄関の扉を閉めたスーツの男。

 ケーキの箱を六畳の居間のちゃぶ台に置いた。

 胸ポケットからスマートフォンを取り出す。


「むっ……」


 電波が届いていない。

 今まで問題なく使えていたはずなのに。


「こんばんは」


 突然後ろから女性の声がして、驚いて振り向くスーツの男。


「だ、誰だ!」


 そこに立っていたのは、セーラー服姿の女の子。どう見ても中学生か高校生にしか見えない。黒髪のショートカット、切れ長の目、美少女といってもおかしくない、そんな女の子。

 しかし、その態度は他人の家へ勝手に上がり込んできた者のものではない。そこにいるのが当然のような空気をまとっている。そもそもいつ上がり込んできたのか、スーツの男には分からない。


「ねぇ、そのケーキ、美味しいの?」

「…………」


 微笑を浮かべながら問いかける女の子に、返答できないスーツの男。


「アンタが注文したケーキだろ?」


 クスリと笑った女の子は、スーツの男を睨みつける。


「まぁ、答えらんないか」

「…………」


 スーツの男の額に汗が流れる。


「アタシに寄越しな。アタシが美味しく食べてあげるから」

「だ、誰が渡すか! これは――」

「母国に持って帰るのかい?」

「!」


 言葉を被せる女の子。


「母国に着く前に腐っちまうよ。クククッ」

「…………」


 自分を嘲笑う女の子をスーツの男は睨みつけた。


「ふぅん、アタシとやり合いたい、ってことでいいのかい?」

「…………」


 プシュッ ドダンッ


 いつ手にしたのか、女の子の手には消音器サイレンサー付きの銃が握られ、スーツの男がいた方向に銃口が向いていた。

 スーツの男は胸を撃たれ、畳の上に倒れた。ピクリともしない。


「沈黙を肯定と受け取ったわ」


 女の子は倒れている男に再度銃口を向ける。


 プシュッ プシュッ


 何の躊躇もなく頭部と胸を撃ち抜く女の子。

 右手に銃を持ったまま、左手で器用にスマートフォンを操作する。


「もしもし、予定通り終わったわ。ブツの奪還も完了。運び屋の方は……対応済みね。こっちのと一緒に処理してちょうだい」


 ニヤリと笑う女の子。


「エージェントK、今からお土産のをたくさんもって本部へ帰還します。大丈夫よ、この状態ならほぼ無害だから。でも、念の為……」


 自らを『エージェントK』と名乗った女の子は、ケーキの箱にラジエーションマーク放射能標識のステッカーを貼り付け、その箱と共に古びた家から姿を消した。


 『エージェントK』。それは日本の危機を救う女子高生。彼女によって潰された国際的な謀略は数知れず、世界中の諜報機関が彼女を追い続けているが、その正体は明らかになっていない。




黄色いイエローケーキ

 ウラン含有量を高めたウラン精鉱のこと。

 近年では、黒もしくは茶色い粉末状だが、昔は黄色い粉末状だったため、その名残で現在でも『イエローケーキ』と呼ばれている。

 このイエローケーキに含まれるウランの99%は「ウラン238」であり、40億年以上という極めて長い半減期を持ちながらも、放射線を放出する速度が遅いため、大きな害はないとされている。

 問題は、濃縮技術などを持っていれば核兵器の材料へと転用可能という点である。そのため、極めて厳重な管理が必要とされている。

 2019年、日本の高校生がこのイエローケーキを精製。インターネットオークションに出品していたことが分かり事件となったこともある(もちろんこれは放射性物質の売買を禁じた法律に抵触する)



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