第4話

 子爵家の領地は、王都からだと日帰りが難しい距離にある。

 当初アゲラタム子爵令嬢は、家に泊まることを提案してきたがわたくしは固辞した。

 秘密裏に護衛がついていると言っても、何を企んでいるかわからない輩の屋敷で一夜明かすほど慢心してはいない。

 相手の策に乗るのもありだが、わたくしたちが親しいと周囲に勘違いされたり、泊まったという事実を利用されるリスクのほうが重いと判断した。


「ウチの家族と打ち解けていただけてよかったです」

「諦めたと言うか、こういうものなのだと受けいれたのよ」


 正直わたくしは何もしていない。

 客そっちのけで内輪話で盛り上がる彼等を眺めていただけだ。

 たまに話を振られても、誰も情報を補足してくれないので、適当に相槌を打っただけだ。

 聞き役に徹するのが、彼女の言う正常なコミュニケーションというものなの?


「もし殿下と婚約解消なんてことになったら、ウチの兄と結婚することになるので、相性悪く無さそうで安心しました」

「なんですって!?」


 聞き捨てならないことを言われて、思わず大声を出してしまった。


「だっ、大丈夫ですよ! そうならないように尽力しますから!」

「冗談じゃないわ! 本当はそれが狙いだったの!?」


 ああ、どうしよう。

 まんまと既成事実を作らせてしまった。日帰りだからと軽く見ていた。

 家族協力のもと密会していたと吹聴されるのかしら。


「違いますって。ヒロイン──じゃなくて、侯爵令嬢がベロニカ様の後釜に座ったら、そういう未来もあるってだけです」

「……前々から思っていたけど、あなたの未来視ってどうなってるの?」


 彼女の持っている情報は、極めて個人的な内容から災害まで。精度のバラツキも気になる。


「学園入学時から卒業までの限定的なものです。身の回りの人物とか、自分にも影響するような大きな出来事を所々知ってる程度です」

「過去視や、自分の望む情報を視たりはできないの?」

「できません! だから卒業後に起きることは当てられませんからね! アテにしないでくださいね!」

「そう。そうなのね……」


 彼女の言葉を信じるなら、卒業後は予言に振り回されることもなくなる。


 自分に影響する出来事がわかるなら、わたくしたちが彼女を疑っていることも把握していることになるけど、分かったうえでこの態度なら彼女の自制心は驚愕に値するわ。

 一体何を考えているのかしら……?


 子爵家を訪問した事実を利用されるかもしれないと殿下に相談したら、殿下は速やかに手を打ってくださった。

 子爵家への訪問は、婚約者公認の行為と周知された。



「ベロニカ様、お願いですからカトレア嬢には絶対に近づかないでくださいね」

「わたくしから近付くことはなくても、彼女から挨拶に来るわよ」


 学園は社交界の縮図だ。

 同年代だけで構成されているので、卒業後の立ち居振る舞いを練習する場と考えられている。


「挨拶は仕方ありませんが、最低限の会話にとどめてその後は距離をおいてください」

「ダメよ。そんなことをしたら、未来の王妃が理由もなく特定の令嬢を爪弾きにしていることになるわ」


 わたくしがカレンデュラ侯爵令嬢を無視したら、女子達は彼女の存在を認めないだろう。

 親しくするかは別として、それなりに良好な関係を維持する必要がある。


「良いですか。お二人の相性は最悪です。ベロニカ様にそのつもりはなくても、一緒にいるだけでカトレア嬢を虐げていることになってしまうんです。婚約解消の理由の一つがそれなので、回避するためにはカトレア様と同じ空間に居ないのが一番なんですよ」


 今までで一番納得しかねることを言われた。

 同じ空間に居るだけで、好きでも嫌いでもない相手を害するなんて信じがたい。


「一緒にいるだけで虐げるなんて納得できないわ。確かにあなたから色々話を聞いたけど、遠目に見た限りでは問題のある人物には見えなかったもの」

「相性の問題なので、単身ならそれは問題なく見えますよ! とにかく、少しでも破滅の可能性を減らすために彼女とは距離をおいてください!」

「……わかったわ」


 自分が正しいと信じきっている人間と話しても時間の無駄だ。

 わたくしが引き下がると、彼女は満足そうな顔をして帰った。



「この度はお招きいただき光栄です」

「此方こそ御息女の編入で慌ただしい中、お時間いただき感謝しております」


 わたくしはカレンデュラ侯爵と、その姪であるカトレア様を公爵家に招待した。

 ブーゲンビリア公爵家とカレンデュラ侯爵家は、親しいとは言えないが、敵対しているわけでもない。

 今まで当たり障りのない交流しかしておらず、事業の提携などもない相手なので、いきなり御令嬢だけ招いても怖がらせるだけだろうと、今日は当主も同席してもらった。


「聞けばカトレア様は、最近淑女教育を始められて貴族の社交には不慣れだとか」

「ええ、仰るとおりですが必要なことは学び終えています。頭の良い娘なので、酷い失態をおかすこともないと判断したからこそ、編入を決めました。ベロニカ様はこの娘(こ)の事情をご存知のようですので、どうか寛大なお心で見逃していただけたらと思います」


 薄く微笑んだ侯爵が、慎重に言葉を紡ぐ。

 侯爵家の事情を、わたくしがどこまで把握しているのか見極めようとしているようね。


「少し小耳に挟んだだけで、詳しいことは存じておりませんの。習うばかりで経験に乏しいのであれば、わたくしと個人的に練習してはどうかと思いましたのよ」

「「──!?」」


 わたくしの申し出に、二人は目を見張った。

 近親者なのだから当然かもしれないけど、反応がそっくりだわ。


「無理強いはいたしませんわ。でもいきなり大勢と接するより、学外でわたくしと交流して徐々に慣れていくという方法をもあるのだとお伝えしたかったのです」

「お気持ちは嬉しいのですが、どうしてそこまで。ベロニカ様のご負担になりませんか?」

「実はわたくしも、友人とどう接すればより良い関係になれるか模索中なのです。カトレア様に協力していただけたらありがたいわ」


 一方的に親切にするのではなく、こちらにも利があると話す。


「編入直後で立て込んでいるので、一旦持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論ですわ」


 後日、侯爵家からわたくしの提案を受諾する手紙が届いた。



「あの方、大人しく修道院に行かれたみたいですね」


 美しい所作でカトレア様がカップをソーサーに置いた。

 流れるような立ち居振る舞いに、かつてのぎこちなさはない。

 わたくしは彼女の成長を嬉しく思うと同時に、初々しかった頃を懐かしんだ。


「やっと肩の荷が降りましたわ」


 卒業までの期間であれば、自分に関することは分かると豪語していたが、結局自分の未来はわからなかったようだ。

 災害・事件に関しては全て言い当てていたが、人間関係については結局、大部分が彼女の捏造……いや、誘導だったようだ。

 殿下が寮母に命じて部屋を検分したところ、恐るべき計画が記されたノートが出てきたという。


「『公爵令嬢と侯爵令嬢の不和を引き起こし、王家との婚約を破談させて、公爵令嬢を子爵家の嫁にする』なんて、どうしたらそんな大それた野心がうまれるのかしら」


「予言の力かしらね」

「それにしても腹立たしいのは、私にも妙な真似をしてきたことですわ!」

「ええ。よりによって、あんな身持ちの悪い男を侯爵令嬢に近付けようとするなんて悪意以外の何ものでもないわね」


「『あの方には絶対に近寄ってはいけない』と、編入初日にクラスメイトに忠告されたくらい素行不良で有名な方ですのよ。突然現れたかと思えば、婚約者のいない私に優良物件を紹介するとか言い出して……態度も失礼なら、人選がありえませんわ!」


 当時の屈辱を思い出したのか、瞳には涙が浮かび、手がブルブルと震えている。


「わたくしへの接触は利益を求めた結果でしょうけど、あなたに関しては害意によるものね。だって二人の仲を取り持ったところで、彼女が得られるのはあなたが傷付くという結果だけなんだもの」


「何故子爵令嬢は私をそこまで憎んでいたのかしら。私は侯爵家に引き取られるまでは村の人間としか交流していなかったし、貴族になってからはずっと邸内で過ごしていたので、本当に心当たりがないのです」


「ノートを見た殿下が仰るには、件の令息はあなたと出会うことによって素晴らしい男性に生まれ変わる予定だったようよ」


「迷惑な話だわ。問題のある人物の更正に、何故私が体を張って協力しなくてはいけないの」


「彼は男爵子息、あなたは侯爵令嬢。男爵家が裕福なわけでも、子息が優秀なわけでもない。侯爵家には何一つメリットがないわね」


「やっとあの親から逃げられたと思ったのに、私っておかしな人間に纏わりつかれる人生なのかしら……」


 蝶よ花よと育てられたカトレア様の母君は、いつまで経っても娘気分の困った女性だ。

 自分の行動がどれだけ周囲に迷惑をかけるのか考えることもせず、ただ好いたという感情だけで男と駆け落ちした。


 世間知らずのお嬢様に、騎士だった男は生涯尽くし続けた。

 彼女には内職どころか家事すらさせることなく、稼ぐのも家のことも全て夫となった男がやったという。

 夫婦の形はそれぞれだ。

 当人同士がそれで幸せなら、近所の人間が妻の態度を不快に思ったところで外野がとやかく言うことではない。


 問題なのはこの夫婦が、娘にも歪な関係を押し付けたことだ。

 幼い娘に家事を任せて、父親は外で稼ぐ。母親は何もしない。

 母親は用意された食事に感想という名の文句を言いながら食べ、昼寝をし、気まぐれで町まで行っては自分用の嗜好品を購入する日々だったという。

 幼い娘が使用人のように働くのを、二人は当然のように考えていた。

 カトレア様を憐れんだ近所の人間は、母親には話が通じないので、父親に何度か子供の扱いを改善するよう訴えた。

 しかし妻が関わらなければ正常に見えた男も、娘に関しては大概だった。


「『お母さんはお姫様だから』って、よく分からない理由で、私は村の子供と遊ぶこともなく日がな一日、大人用の大きすぎる道具を使って家事におわれてたのよ」


 大人なら簡単にできる水汲みも、子どもの体躯では重労働だった。


「見かねた隣の奥さんが料理を教えてくれたけど、それを知っていて尚、あの人は皿のひとつも洗わなかったわ」


 カトレア様の作ったものに感謝するどころか「結婚する前は毎食最低五品はあって、デザートもあったのに。まあ愛を選んだんですもの、仕方ないわね」「白パンの方が美味しいんだけど、この村じゃ仕方ないわね」と始終こんな調子だったらしい。


「父が亡くなって、家も流されてしまって……この先どうしようかと途方にくれていたら、侯爵家へ連れて行かれたのです」


 カトレア様の母君が家を捨てたのは、愛する男と生活するためだ。

 男が死ねば貧しい生活にしがみつく必要はない。

 彼女は「家がなくなったのは丁度良かったのかもね」と、娘を連れてあっさり実家に戻った。


「母と本当に血が繋がっているのか疑わしいくらい、叔父様はまともな方でした」


 過去に散々なことをしておきながら、悪びれもせず出戻った妹を侯爵は苦々しく思った。

 しかし彼女を野放しにしたら、何をしでかすかわからない。

 ただ野垂れ死ぬだけなら自業自得なのだが、無駄に行動力があるので自分の監視下に置くことにした。


 親子が屋敷に来た時、侯爵は姪の状態がおかしいことに気が付いた。

 かつて侍女たちに手入れされていた頃のような輝きはなかったが、母親である妹は手荒れのひとつもなく身ぎれいな格好をしていた。

 対照的に娘である姪は、疲れ切った労働者のような目をしていた。

 子どもとは思えないほど手が荒れていて、髪は自分で切ったようにガタガタだった。


「今の私があるのは叔父様と、ベロニカ様のおかげです。こうして学外でベロニカ様とお会いすることで、学園内でもつつが無く過ごすことができております」


 わたくしとのマンツーマンレッスンにより、カトレア様のマナーはみるみる定着していった。

 今の彼女なら、どこに行っても恥ずかしくない振る舞いができるだろう。


 カトレア様は素晴らしい淑女に育ったが、母親の評判が悪すぎる。

 姑世代の印象が悪く、嫁いでも苦労するのがわかっているので侯爵は無理に嫁がせようとは考えていない。

 カトレア様も結婚に夢見ていないので、卒業後はわたくしの侍女になりたいと語っている。


「いきなり接触して、訳知り顔であなたにマナーレッスンを提案したわたくしを怪しいとは思わなかったの?」


 ふと「わたくしのやったことは、あの子爵令嬢と似たようなものだ」と気付いた。


「失礼ですが招待状が届いた時には、出る杭は打たれると言いますか、かなり警戒しておりました。でも叔父様と相談して、熟考の末に申し出をお受けすることにしました」

「……怪しい話を持ちかけられたら、信頼できる人物に相談するのは大事ね。わたくしにとってはブルビネ伯爵令嬢と殿下がそうだわ」


「アドバイスは誰がどのように言ったか」が重要だと、何処かで聞いた覚えがある。


「幼馴染の御令嬢ですね」

「今度紹介するわ。生真面目なところがあるけど、誠実ななの」

「まあ、ベロニカ様のような方であれば、是非とも仲良くなりたいものですわ」


 無事に学園を卒業し、来月わたくしは殿下の花嫁になる。

 王太子妃になれば、今まで以上によからぬ考えを持つ輩がすり寄ってくるだろう。

 でもきっと大丈夫。

 今のわたくしには信頼できる友人達と伴侶がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真相は花の中 @leandra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ