テラ・ロウズ

 「そんな端金で満足なのか? おっさん」

 こういった場所では出入りのたびに年齢確認を求められるような、そんな小柄で子どものような顔つき。少しだけギャンブラーが持ちあわせやすい、独特の切れ味のあるような雰囲気でもあったが、とにかく彼が安藤に声をかけた。

 青年の名はテラ・ロウズという。

 短めの金髪。軽装で、薄手の上着を着ている。

 今日は、よくわからないおっさんが居る。

 背広はヨレヨレで、覇気もない。

 行動すべてが素人臭いのだ。全てが演技なら、かなり大掛かりな芝居だが……。

 しばらく観察する限り、ギャンブル素人なのは間違いない、というのが彼――テラが抱いた安藤への観察結果・結論だった。

「子ども……いや、子どもは入れないはずだ」

 当たり前の感想をぶつくさと述べた上で、安藤良生は腰を浮かしかける。

「今の持ち金、さらに倍にしたくねえか」

「い、いや……」

「4倍」

 テラは続ける。何人かの面子めんつは露骨ではない程度に笑っていた。

 安藤は浮きかけた腰を、元に戻した。

「私がBBだな」

 ディーラーボタンが動いた、チップが動いた、カードが動いた。

 

 声に似合わず、真っ先にテラはフォールドした。安藤の左隣、いわゆるUTGアンダー・ザ・ガンの位置だった。 

 UTGは最初にコール、レイズ、フォールド、いずれかの行動を取らねばならないポジションのことだ。

  比較的パッシブな――攻め気アグレッシブではないプレイスタイルだ、とテラ本人も自覚していた。

 この性格で、何度も危機を救われてきたし、何度も勝ちを逃していた。

 好機は、逃したくないものだ。

 だが、余計な危険は避けたい。

 柄違いオフスートの2、7を伏せたまま弾き捨て、彼はカモ撃ち用の猟銃に代わる、自身の頭脳を温めていく。

 全員、最後の順番の安藤を残して全員がフォールドした。最初からオール・インするので警戒されたというのもあるし、単に全員のヒキが悪かった可能性もある。

 全体からしてみれば僅かなチップが安藤の元へと渡り、次戦となる。

 安藤がSB、テラがBBのポジションだ。

 三枚のフロップ・カードが開かれ、安藤はオール・インを宣言する。

(このおっさん、また引きやがったのか!!)

 コミュニティ・カードはA♣、K♥、A♥。

 テラは、A◆とQ◆を持っていた。

 フラッシュは不可能だが、すでに強力なAのスリーカードが完成していた。

 安藤のハンドがAとKのフル・ハウスでなければ勝てるし、そして彼のオール・イン額はテラの持ち込んだバイインの半分程度。

「コール」

 彼はチップの枚数を正確に数えてコールした。

 殺せる、それも容易く。

「――レイズ」

 その額の三倍でレイズしたのはテラの対面の男だった。

 テラのコールの後には、金髪の女とさらに男が一人ずつフォールドしていた。その次の男だ。

 この男は、最大バイインを超える金額を勝ちにより手に入れていた。ゆうに新車一台が変える額になる。

 テラはもはや安藤のことは視界に入らない。オール・イン済みの安藤については考えない。

――フォールドだ、フォールドしろ。……だが、AのスリーカードにK、さらにQだぞ。

 最後の順の男はフォールドをしていた――つまり(オール・イン済みの)安藤を飛ばして、テラの番だ。

 降りれば、百万を失う――"だけ"で済む。

 もし応じてオール・インすれば、負ければ大損、勝てば3倍以上になる。

 そうだ、派手なブラフ違いない。持ち金が多い分、冒険や野心的なブラフも容易いのだろう。

――こいつもカモだ。奪い取ってやる。

「オール・イン」

 ショーダウンが開始される。

 全員がカードを示し合わせる。

 安藤はKのポケットペア。オール・インは冒険しすぎだったようだ。

 対面の男は……AとK。

 最強のナッツフルハウスだった。

 ターン、リバーともに勝敗とは無関係なカードが無情に落ちた。その中には、テラにとってフルハウスとなるQも含まれていたが、Kのフルハウスには勝てない。

「私の勝ちだ」

 場を制した男が、王者のように当然のポットを手に入れる。

 佐藤もうなだれていて、これはこれで破滅。悲惨さはテラより上なのだが、必然的な自然淘汰とでもいうべき末路が早めに来ただけで、仕方がない話だった。

 テラは佐藤を潰すべく考えを巡らせすぎ、カモ撃ちのつもりが引っ張られて、最終的にはマックス・バイイン相当の金を失った。

 バンクロール(資金管理)からみればまだ生き残れるが、全財産の5%近くがいきなり削れたのだ。

 カモ撃ちをするのは当然。だが、本当に当たり前のことをしただけ、という体の正面の男を見て、少年のような青年は大変悔しい思いをしながら席を出た。

 よどんだうめき声を上げる安藤を後ろ目に放置して、テラは「プロ失格!!」と、しばらく歩いてから怒声を上げた。

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テキサス・ホールデム 書い人(かいと)/kait39 @kait39

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