テキサス・ホールデム

書い人(かいと)/kait39

安藤良生

 安藤良生あんどうよしおはフラフラとした姿勢で、その賭場カジノへと足を踏み入れた。

 四十代前後、服装こそ仕事着のスーツだが所々に汚れが目立ち、顔はやつれている。

 仕事の失敗、過去の博打、女、その他浪費により、安藤の借金は五〇〇万に達する見込みだった。

 少しでも食いつなぐために、仕事の外で金を得る必要があるのだった。

 光量は小さく、そして装飾は輝かしい。相反した要素を持つカジノで、だが安藤は冷静さを保つように心がける。

 くぐり抜け、最低BBレートが一万という高レートのポーカー・リングゲームのテーブルへと座る。

 席には、先に五人座っている。定員は六人の卓なので、助かった。

 ルールは、ノーリミット。

 平たく言えば、賭け額の上限が定められていない(ノーリミットな)ポーカーだ(ただし、一度に卓へ持ち込めるチップの数量には限度が定められている)。

 卓の中央には最終的には五枚のカードが配られ、最初にプレイヤーに配られた二枚のカードと組み合わせ、ハンドを決定する。

 最終的には、最も強い役を持っている人間が全てを掴むことになる。その卓で二番目、三番目に強かろうと、一番が全てを掻っ攫う。そういうゲームだ。

 安藤は、他のプレイヤーの顔を一瞥いちべつするが、おそらくは全員、知らない顔だ。

 違和感を覚える何かもあったが、安藤は最近の精神の不調ゆえか、人の顔や名前が覚え辛くなっていたのを感じていた。そのせいだろう、と彼は信じ込んだ。

 どうせ、カードを盗み見たりするのはご法度中のご法度だ。バレれば、ただでは済まない。

 無駄にリスクを増やすものではない。


 そして、一ゲーム目が始まる。


 安藤は、良い手が来たら全額賭けオール・インをして、すぐに卓を抜ける。   

 そのつもりで来ていた。

 既に先ほどの思考とは矛盾しているのだが、安藤本人の浅い知識からしてみれば、これが最も確実に逃げ切れる、最も冴えた方法だと本気で信じ込んでいた。

 ♠A、♥A

 ポケットペア、エーシーズ・アップ(最初に配られたカードがAの二枚、の意味)。最強のハンドだ。

 プレイヤーが賭ける(ベットする)順番は今回は彼が最初だった。今後は一ラウンドごと、時計回りにベットの順番がずれていくことになる。

「オール・イン」

 可能な限り平静を装い、安藤は五〇BB――五〇万ほど、その全額を卓上にインした。

 次のプレイヤーが降りフォールドを宣言。

 賭けには応じず、カードを伏せたまま捨てる。

 次に、金髪の女がコール――賭けに応じた。安藤から見て時計回りに二番目、つまり三番目のプレイヤーになる。一〇万のチップを四枚、細かいものを何枚か組み合わせ、応じてきたのだ。

 勝てば、このチップが全て自分のものになる!! 安藤は胸を高鳴らせた。そして、続く二人がすぐにフォールド。

 最後の若い男は一〇秒ほどやや長考し、カードを弾き、投げ捨てた。

 ディーラーが卓の中央に五枚のカードを開いていく。

「あら、ハッタリじゃなかったのね」

 金髪の女の札は、6のポケットペアだった。

 ディーラーの手は止まらない。

 フロップ――三枚目までのカードは、お互いにほぼ関係がないカードだ。

 安藤の負けが考えられるとすれば、6が落ち公開されて女が6のスリーカード、ないし四枚目ターン五枚目リバーに女にとって都合よくフラッシュが作られるか、程度か。

 安藤の握るAのペアは、ペアとしては最強。だが、それより一つでも大きな役、例えばスリーカードなどを返されれば負けるのだ。

 ターン。

 ♣Q

 女にフラッシュの可能性が出る。すぐさま、リバーが開示された。

 ◆A

「やった!!」

 勝敗は決した。

 安藤は、一瞬で持ち金を倍以上にしたのだ。

 大勝ちは、誰だって嬉しい。

 安藤はすぐに帰ろうと、倍になった賞金プールポット・チップを自分へと引き寄せ始めた。


「そんな端金はしたがねで満足なのか? おっさん」

 少年のような声がピシャリ、と安藤の動きを止めた。

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