chapter:5-10

 壁づたいに歩くこと数分。未だに景色は変わらず、玲も苛立ちが募ってきた。引き返す か……そう思った時、突如目の前に現れた

 言葉は発しない、それが不気味だった 。


「!?なんだ……気持ち悪ぃな。燈弥のやつ、こいつがいることに気づいてなかったのか?」


 顔を歪めながら、近づくヒトガタに玲はジリジリと後退する。

 もし戦うことになったら――防戦一方だ。

 ここは引き返すのが得策、そう判断し玲は振り返り来た道を戻る。

 走る途中、周りは相変わらず黒の世界。

 燈弥やナナの姿はもちろん見えなかった。


 玲が逃げたのを、何を頼りにか確認するヒトガタ。楕円形のゆで卵の上下を逆にしたような頭は、それを確認すると同時に、人間で言う口の部分が横にジグザグに開く。


 叫び声――なのだろうか?まるで耳鳴りのような不快な音が、叫びのようにヒトガタの口から発せられた。

 その音の強さに玲は耳を塞ぐ。


 平たく大きな足が、まるでテコの原理を使うように踵からつま先にかけて波打つような動きをし――


 瞬間。玲の背後にヒトガタは襲いかかる。



 背後に気づいていない玲は耳鳴りに耐えながら、必死に走って逃げた。

 混乱、恐怖が入り混じった中、ふと頭上の気配に気づき、顔を上げる。

 刹那――目を疑った。



 大きく重厚な手のひらは開かれたまま、両手で玲がいる場所に上から叩きつけた。


「――っ!?」


 何かが、自分目掛けて落ちてくる。否、落ちてきた。間一髪で何とか足を動かし、前に転がるように避ける。

 なんだ?一体なんだってんだ!!


 ヒトガタは、自分が打ち付けた手のひらの下を見る。そこには何もおらず、目の前には自分に背を向けて逃げていくの姿。


 ギザギザに開いた口から、呼気のようなものを吐き出すと、ヒトガタは先ほどと同じように大きな足をテコの原理で使いながら、素早く跳躍しつつ玲を追いかけ――。




 玲は冷や汗をかいて、息を乱す 。

 明らかな攻撃。相手は敵だ。とにかく逃げなければ……と、玲は足に力を込め、後ろも振り返らず走りだす。

 必死に駆け出したのは、いつぶりだろうか?いつも、誰かが助けてくれていた。でも今は、誰もいない。一人きりだ。


「くそっ……!なんだってんだ!!」


 逃げることしか出来ない自分自身に玲は苛立ち、歯を食いしばる。一人で勝手に行動するんじゃなかった、そう後悔ばかりが頭を埋めてしまう。


 終着地点が見えない追いかけっこ。ずっと走り続けているため、玲も疲れてくる。そして、疲労は体に伝わり――。


「――あっ!?」


 足がもつれ、転んでしまう。

 膝をついてしまった、慌てて後ろを振り返れば、異業のヒトガタ。

 玲は恐怖で体を震わせて、顔を青ざめた。


 ヒトガタは追いかけた先で玲が転ぶのを確認する。

 ギザギザに開かれ、その奥には黒の広がる口を若干楽しげに歪めたような気がした――。

 そして、今度は逃がさないとでも言うようにゆっくりと歩いて近づいてく。

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