chapter:5-9

「こんな場所で、よく寝れるな。さすがに、ここじゃ眠くても寝れる気はしない」


 壁によりかかり完全に寝るような体勢になった燈弥に玲は苦笑し、辺りを見回す。


 視界がクリアになったといえど、それは自分の付近までしか見えず。

 遠くは真っ暗に近い状況の中じゃ見回したところで何も情報は得られないが……何か動かなければ 、結局何もわからないまま。


 遭難したら、その場を動くなとは聞くが今は遭難したわけではない。ならば、行動あるのみだ。


「ここにいても何もわからないし、私ちょっと散策してくる。まぁすぐ戻ると思うけど」


 淡々と告げた言葉の裏には、少し不安もあったが、燈弥がこうして余裕ぶって寝ているわけだし一人出歩いても大丈夫だろうと思ったのだ。

 玲はナナと燈弥の返事は特に聞かず、さっさと歩き始める。


 リズムよく何十秒か過ぎたところで後ろを振り返ると、二人 の姿は全く見えなかった。ナナにより若干見えるようにしてもらったが、やはり範囲は余り広くないらしい。


「……まぁ大丈夫かな?それにしても――暗いだけじゃなくて音もないのか。こんな外界との切り離し方あるのかー?」


 玲は疑問を口に出し、また歩きだす。

 この空間を造った人物は一体何がしたいのだろうか。 目的すら、イマイチわからない。何か脱出につながる、それ以外でも情報があれば……そう思いながら玲は壁づたいに歩き続けた。歩きながら、壁を触り強く押したりもする 。


「壁抜けの術ー……とかはないよなぁ。隠し通路とか扉とか、そんなのがあればなぁ」


 何とか出れないものかと、悪あがきのような行動をとっているが、玲なりに頑張ってはいる。焦る口調でないので、緊迫感は全く感じられないが。欠伸あくびまでする始末だ。



 玲を見送ったナナは眠る燈弥の前にしゃがみ、にんまりと愉快そうな笑みを浮かべる。


「せっかく玲ちゃんを寝かせるためにそんなお芝居したのに行っちゃったねー」


「うっせ。お前もいつまでも遊んでんじゃねぇよ」


 そう、燈弥は玲のために先陣切って座り込んだのだが、その思惑は伝わらなかったらしい。


 ナナは燈弥が他人に、それも研究対象としてみていたであろう玲にここまで情をかけるのがたまらなく不思議でたまらなく面白かった。

 玲のことは自分の派閥の一人という認識しかナナにもなかったが、あの闇帝あんていがここまでするのだ。

 興味が湧かないわけがない。


「私も少し彷徨さまよってみるねー」


 そう言って、ナナは壁をコンコンと叩きながら玲の歩いて行った方角へ歩いていく。



 玲とナナが自分の下から離れていく気配を感じると燈弥は顔をあげた。

 玲一人ではいざというときに心配だが、ナナも向かったのならばひとまず安心だろう。

 これでやっと集中できる。


 闇と光の王が揃ったタイミングでの、この壁の出現。これに他意があるとは考えにくい。確実にナナと自分の2人を無力化するためのものだろう。


 だが引っかかっているのは、この壁の内側に自分たちに害を及ぼす何物もないことだ。

 隔離、保護、監禁。攻撃が目的ではなく、とらえることが目的であるかのような――。


 先ほど、壁を殴った時に感じたのは壁の硬質ではなく、まるで衝撃を通さないかのような不自然な感触。

 衝撃を受け付けない物質というのは、彼の研究所にも存在するが、その物質はこの学園島の科学の結晶だ。

 能力によるものではない。


 しかし、先ほどの壁の出現の仕方は、完全に能力による出現の仕方だった。


「 ……だとすると、この壁を破壊するのは不可能――? 」


 そこまで考えつき、「そんなわけない」っとかぶりを振る。

 この世界に不可能はない。

 故に完全なものも存在しない。

 彼が学園入学当初に世話になった研究者の言葉だ。 彼の研究者としての信条でもある。

 人は考えることを放棄した瞬間に死ぬ。


 燈弥は再度 、仮定・定義から計算をしなおす。



 ―― その瞬間、燈弥が背を預けていた一部分のみ、“壁が消えた”。


 燈弥が突如開いた壁の向こう側に落ちた時、玲の前には、壁と同様の白濁とした白で形どられた身長190ほどの「ヒトガタ」が姿を現していた――。



 カラダは蝋のようになめらかで、体つきは男のモノ。顔に凹凸はなく、手のひらと足が身長と比較するまでもなくデカイ。

 直立していれば、地面につくほどに長い両腕をダ ランと前に垂らしながら、その「ヒトガタ」は言葉を発することなく、玲の前にゆっくりと歩みを進める。

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