chapter:5-6

 玲が自分の下から離れ、そして何やら嘲笑とともに侮蔑を吐き捨てる。

 普通ならばそこで自分の放った言葉が原因だと気がつきそうなものだが、生憎と燈弥の脳内に「自分が悪い」という発想は無い。

 玲の言葉にもナナの言葉にも食ってかかる。


「そうだよ!この俺が、実験動物モルモットなんかとナニするわけねぇだろぉが!実験動物モルモットなんかにモテる?吐き気がするぜ! 」


 燈弥は玲の言葉に同調する。場面が場面ならば、一緒になって付き合ってることを否定する、甘酸っぱい雰囲気にでもなっていたかもしれないが、生憎と今現在、玲も燈弥も喧嘩

 モードである。

 これが燈弥でなければ、こんなにもひどい喧嘩にはならなかっただろう。


 そんな燈弥を含めこの状況に玲も更に眉根を寄せた。

 ナナの笑い声も燈弥の面倒そうにする態度もなにもかもが脳髄に響く。

 その意味は苛立ちやら嫌悪やら……とにかく負の感情。玲はあからさまに不機嫌というオーラを表し、 腕組みをして燈弥を見た。


 そんな玲を見もしない燈弥。

 二人に吐き捨てると同時に、何やら自分の中で急激に覚めていくものを感じる。ソレは喧嘩の熱なのか、それとも先程までの淡い熱なのか。


 面倒くさそうに舌打ちをすると、かったるそうに両手をポケットに突っ込み――。


「 面倒くせェ。俺は帰るぜ 」


 そう言って踵を返し、足をすすめる。


 ドンッ


「ミギャッ!!」


 帰るという燈弥の声に、玲は勝手にしろと内心で返して、顔を逸らした。

 その時である。ドンッという大きな音とカエルが潰れたような不細工な鳴き声が耳に入 った。

 音のした方に目を向ければ、燈弥が突如現れた壁の前で立ち往生しているではないか。


 いやいや、待て。なんで壁なんかある?

 玲も不可思議な現象に、怪訝な顔をみせた。先程までの怒りはどこへやら、今の意識は新たな謎に向けられる。


 燈弥の記憶が正しければ、自分が降り立ったのは学園島の所有する研究所であり、そこから降りた場所は周りを森林に囲まれたレンガ造りのものだったはずである。


 そして、自分の後ろに研究所があったことから、こんなところにはあるはずがないのだ。

 鼻をぶつけたことで、変な声が出てしまったが、そんなことを気にしている暇はない 。


 燈弥は鼻を抑えて、涙目になりながら周囲を素早く見回す。が、彼の視界に入ったのは、森 林の奥から天高くそびえる無機質な壁で――。


「 おい、こりゃァなんだ? 」


 最後に見えたのは、暗闇の夜空が無機質な壁に完璧に覆われる瞬間だった。



「は?――壁、だな。って、何?何これ?え?どーなってんだよ?」


 燈弥に返事するように玲が壁をずっと上に見ていけば、壁により完璧に夜空が覆われた瞬間。それにより生じるのは、真っ暗な世界。


「わっ、暗い。見えない。なぁ、二人ともちゃんといるよな?」


 停電レベルではない暗闇は動きを止め、恐怖を煽る。玲も手探りに何か掴もうと奮闘していた。

 燈弥とナナに対して「一人にしないでくれ」という意味合いの声をかけるくらいには動揺もしている。


「燈弥、光聖上こうせいじょう……え?いるよねマジで?」


 若干不安になり始め、返事も待たずに玲は再度声をかけた。



 周囲が完全な闇に包まれるその時。

 燈弥は素早く玲とナナの位置を確認していた。そして両目を閉じる。

 玲の不安そうな焦燥感の含まれた声が聞こえるが、答えている暇はない。

 全神経を 集中させて、かすかな気配も感じ取れるようにしておく。



 そして30秒程神経を研ぎ澄ませた後。静かに瞳を開く。目を閉じておくことで即座に闇にも目が慣れるようになるのだ。


「 大丈夫だ 」


 そう告げれば、燈弥には見えている、玲の何かをつかもうと必死に動かしている手を優しく握る。


 不安にかられ伸ばした手。それは低く優しい声により、握られる。

 声の主である燈弥の手の温度が、じんわりと玲の手に伝わった。

 先程まで険悪な雰囲気だったが、このような状況で頼りになる燈弥に玲は安心させられた。


 ぎゅっと、彼の手を握り返しゆっくり傍に寄る。「……ありがとう」と小さく呟いた理由は照れ隠しだ。


 玲の呟きに燈弥は少し口の端を上げる。このような不測の事態に遭遇するとは不運だが、玲と離れ離れにならなかったことは幸いだ。


 先ほど探った気配の感触から、この壁は能力により作り出されたものではないらしい 。

 能力により壁を作る。もしくは物質を変化させ壁を作った場合、それが定着するまでに能力の余波が感じ取れるはずなのだ。


 そして燈弥ではキツイが、神経を研ぎ澄ませることのできる能力者ならば、その余波からどこに能力者がいるのかも特定できる。


「 とりあえず、この壁は能力によるものじゃない。と、思う。 そしてこの壁の中にいる能力者は俺たち三人だけだ 」


 先ほど確認した壁は一辺が100m程。

 そして自分たちはその壁の西側の一辺の中央付近にいる。

 100m程度ならば燈弥の能力の索敵範囲に含まれている。能力者特有の不自然な雰囲気は感じ取れない。

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