chapter:5-5

「あ!やっほー玲ちゃんじゃーん」


 玲に二つ名を呼ばれたナナは笑顔を弾けさせて元気よく返してくる。


 ナナは日課の夜の散歩をしていたところ、ちょうど同じオクターボレクスの燈弥を見かけて声をかけただけにすぎない。

 返事すら期待してない、といえば言い方が悪いが、彼女のスピードに追いつこうとするものなどいるわけもなく。

 だからこそ、燈弥が律儀にもビルから降りてきてまで話をしてくれることに目を輝かせた。


「用はないんだけど、見かけたから。あんなとこでなに黄昏たそがれてんのかなーって。てか何だよ二人とも。仲悪いんじゃなかったの?しかもお姫様抱っこて。闇帝あんていがお姫様抱っこ、笑える。何やってんのさ。玲ちゃんも顔赤いし。え、デート?付き合っちゃってんの?」


 好奇心からくるナナのマシンガントーク。

 言いたい放題の彼女に玲は金魚のように口をパクパクするだけ。あまりの恥ずかしさに思考が追いつかず、反論もできずにいた。

 この状況に燈弥は、これだ、これだから嫌なんだと舌打ちをまた一つ。


「 ハッ!付き合ってなんざいねぇよ。 つーか、俺がこんな女相手にするわけねぇだろォが!目ェ腐ってんじゃねぇの? 」


「えー?でも、口元に付いてるよ。く・ち・べ・に」


 もちろん嘘。ナナは燈弥が吠えてくるので揶揄っているだけ。


 実際燈弥と玲はそんなことはしていないのだが、慣れていない燈弥は口紅がついていると言われた瞬間、驚きのあまり玲を支えている片手を離し、思わず手の甲で自分の口元を隠す。


 そもそも片手でもバランスさえ取れていれば支えられないような重量ではないが、もともと2本の腕で均等に重量を割り振っていたのだ。

 バランスが崩れるのは当然で、燈弥はギリギリのところで落としはしなかったが、同時に玲に衝撃が走る。

 急に燈弥が片手を離し足がガクッと落ちたのだ。「わっ!?」と短い悲鳴をあげたが彼の耳には届いてないようである。



 背中を支えていた方の手を外さなかったの不幸中の幸いだろう。

 燈弥は玲の姿勢を支えて体を起こさせると、不意に自分がしてもいないことで踊らされたと気づきナナを睨みつける。


「 て……めぇ。口紅なんざつくわけねェだろが!!そもそも玲が口紅だァ?この男女がンなもんつけてるわけねェだろうが!!」


 光聖上こうせいじょうにしてやられた屈辱と、今更になって先程の事の恥ずかしさから、普段にしては珍しく何の狂気も悪意も見せない幼さの残る、まるで癇癪かんしゃくのような怒りを燈弥はあらわにするが――。

 玲に対しかなり失礼なことを言ったことに気がついていない。


 そんな燈弥の発言に玲は眉根を寄せた。苦しまぎれの弁解のような反論なのだろうが、いかんせん正直すぎる。

 今までの甘い雰囲気を一蹴するくらいには、衝撃的だった。


「悪かったな……男女でよぉ」


 低い声でそう呟き、玲は燈弥をジロリと睨みつけ、彼の腕から離れた。つまりお姫様抱っこを拒否したのである。


 そのまま、数歩離れて燈弥とナナと一定の距離をとり二人に目をやった。

 その姿勢は腕をくみ、顔は歪め……明らかに怒りを表している。


光聖上こうせいじょう……さっきの返事をしてやる。私はこんな奴と“付き合ってもいないし、キスもしてない”。全部事故だ。お姫様抱っこってのもな」


 玲は嘲笑を浮かべ、吐き捨てると次に燈弥に目を向け――


闇帝あんていは“実験動物モルモット”の相手をしてただけ……だからなぁ?こんな男女のモルモットが迷惑をかけて、悪かったな」


 今日一番の苛立ちをみせた。


 そんな2人の様子にナナは腹を抱えて笑いながら楽しんでいる。


「ひっでぇー。これだから燈弥はモテないんだよ。闇帝あんていってスペックあるのにさ。もったいないねー」


 一番の原因はナナなのだが、もうこうなっては誰が悪いとかいう話ではない気がする。

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