chapter:2-9

 初夏の風が日陰に吹く。夏の匂いというのだろうか? 草と土と、そんな自然の匂いが混じりあった独特の匂いがかすかに鼻に残る。


「 まぁ、家まで行くわけじゃないから 」


 そう言って、心多は立体駐車場の中へと入っていく。それに続くように玲も立体駐車場の中へと入っていけば、心多の“歩くわけじゃない”という意味が理解できた。視線の先には、なかなかカッコイイ黒のバイク。


 心多がスラックスのポケットから取り出したのは、黒革のキーケース。慣れた手つきで手首を返して振ると、昔ながらの鍵が、涼やかな音のする赤い紐の鈴と一緒にはねでる。


 彼の向かう先には、両サイドに近代的なデザインの車にはさまれて、この街では旧型に含まれる黒のバイクが見える。中型アメリカン「ブルーバード C109R」400ccであるため、普通ならば車両駐車場には置かないが、心多の場合は違法改造で800ccほどに馬力が底上げされているため、駐車場においている。


 シートとメーターのあいだにキーを差込み回す。低い排気音と共にエンジンがかかったのを確認すると、チラリと玲に目をやる。


 玲はこれが彼の愛車というやつかなどとボンヤリ考え、低い排気音にやっぱり音は煩いなぁなんて少々……否、あからさまに顔を歪めていた。


 そんな玲を見て、心多は苦笑する。

 ヤンキーの自己顕示欲にまみれた バイクの排気音に比べれば、かなり静かな方であるが、やはり乗り慣れていない人間にはあまり好ましくはないらしい。バイク乗りにとっては、このお腹に響くような重低音がクセになるのだが。


 確かに改造により、デフォルトのバイクよりは重低音も一際増しているのは仕方がない。とはいえ、騒音というレベルでもないと思うのだが、それは人それぞれだ。


 後輪の両サイドに付けられた黒のトランクを開け、心多は自分の持っていた荷物を丁寧に入れれば、玲に向かって手を伸ばす。


「 俺も流石に歩いて帰るのは辛いかな?今日はもともと買い物して帰るつもりだったから、朝から置いておいたんだ。っていうか、流石にこんな重たいもの、女の子にいつまでも持たせてられないでしょ 」


 バイクを軽く叩けば、そんな風にはにかんで、買い物袋を受け取ろうとする。

 玲は彼の言葉に素直に甘えつつ、「ありがとう」とお礼を言い、先程から重くて仕方がなかった袋を渡した。


「だよな、こんな重いの抱えて歩くなんて、どんだけマッチョかと思った。まぁ男って 、見かけに寄らず結構パワーあるよな、隠れマッチョ的な?」


 玲から買い物袋を受け取り、もうひとつのトランクに詰めながら、玲の感想に――


「 まぁ、力なんて身長に比例するし……それなりに鍛えてればね 」


 心多はそんな風に返す。

 確かに彼自身も、細いがそれなりに鍛えている。そのため、この程度の荷物ならば40分歩いて家に持って帰るのも、流石に毎日は面倒なので遠慮したいが 、たまに程度ならば全然大丈夫なのだ。

 脱いだらすごい。っというわけではないが、中肉中背というよりはやはり筋肉のついた強かな体つきをしている。


 そんな心多の言葉にハッと笑いながら玲は返す。


「身長に比例してない奴もいるけどな」


 もちろん、心多をバカにしたわけではない。

 学校で人を肩に担いだ男の事を思い出したのだ。

 彼は細身、いや自分とそれほど変わらないような体格なのに、時たま驚くほどの力を出す。


 正直、屈辱感を味わっていた。男女だから仕方ないが、背丈も変わらない相手に負けるのは玲としては面白くはない。


 そんな話をしながら、心多は愛車にまたがって、黒に白の炎が描かれたハーフヘルメをハンドルから外す。玲はそれをまじまじと見つめた。


「バイク、私も乗せてくれるのか?乗ったことないから、どうしたらいいかとか、わからないんだけど」


 バイクに近づき、首を傾げる。自転車とは違いバイクのニケツなど玲はしたことはない。きっと心多の後ろに乗るのだろうが、どこに掴まるとかは全くわからない。


「どこ掴まればいいんだ?お前に抱き着けばいいの?」


 平然と真面目な顔をして再び心多に問う。


「 んー、慣れてくれば体重移動とかできるけど……初めてならとりあえず落ちないように掴まっててくれれば 」


 ハーフヘルメを玲に渡しながらそんなことを言う。掴まり方は相手に任せる。腰に手を回そうが、肩に手をおこうが服をつかもうが構わない。

 単車系統とは違い、アメリカンは安定しているため、運動神経と度胸があれば掴まずとも何とかなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る