chapter:2-8
さくらんぼが食べたいといい、さくらんぼを持ってきた玲を見て心多は優しく微笑む。
普段から困ったように微笑んでいる彼の表情から、その心の内はわからない。現に今――
―― 俺は犬よりも猫派だなぁ。
なんてことを考えていた。
そんなことはちっとも気づかない玲。
欲しい物を持っていけば、特に何も咎めず微笑む心多にその姿が、何だか父親のような、お兄ちゃんのような雰囲気で、少しこそばゆい感覚を覚えるものの、不思議と笑みが零れた。
「それじゃぁ、それも買おうか。杏仁豆腐にでも入れる?普通に食べる?」
「このままで大丈夫だ。いやー、なんか悪いな。ダメな事はハッキリ言ってくれよ?私も思うままに好き勝手しちゃうからさ」
彼本来の優しさなのか社交辞令なのかはわからないが、よくしてもらってるので玲は苦笑いを浮かべ、伝えておく。
それにしても、喧嘩越しではなく普通に会話できるなんて……なかなか貴重な相手だ。
この男は、多少の我が儘も許しそうな気がする。そんな事を考え、心多と共にレジに向かう。
一般的なスーパーはあまりレジに人はおらず、無人で行われることが多いのだが、バイトなのだろうか?ここにはエプロンを着た高校生くらいの少女が一生懸命商品をスキャナに通していた。
それを見て心多は思う。なかなか萌える姿ではある、と。
そんな変態じみたことを考える心多の横で玲は袋に食材を詰めていく。終わったそばから心多が袋を持って歩き出すので、声をかけた。
「あ、袋。半分持つ」
食材を入れた袋のうち一つをサッと手にとり右手で持つ。
「早く行こうぜ?もーお腹が限界だ」
玲は自分のお腹を撫でつつ、ショッピングモールの出入り口に向かって先に歩きだす。
あー 今日は良い日だ。そんな風に考え、ご機嫌になっていた。
心多はあまり人の前を歩くのは好きではない。
それは自主性・積極性に欠ける。などという マイナスな性質からではなく、自分と接触のある相手を視界の中に入れておかないと何故か安心しないのだ。
他人の目を気にしているとか、相手の一挙一動に怯えているなどと見られがちだが、彼自身そんなつもりは毛頭ない。ただ、仕事上の癖なのだ。
故に――背後からいきなり袋を持たれると咄嗟に身構えてしまう。
とはいえ、相手にはビクッとなったようにしか見えないとは思う。
「あー……、そうだね。 でも、ここからだと歩いて40分位かかるかなぁ?」
心多は左手で袋を持ち直しながら、そんなことを告げる。正直玲が持ったものも自分が持 っているものも相当な重みがある。
なにせ今日分の食材だけを買ったわけではなく、数日分を買いだめしておいたのだから、そんなに軽いわけがない。
そんな状態で40分、それも初夏の太陽の下を歩くのは、いくら夏は涼しく冬は暖かいと言われる東地区でも厳しいものがある。
「げっ、そんなにかよ……暑いから、ちとキツイなぁ」
心多の言葉を背後から聞いた玲は、右手に持つ袋の重みが増した。
いや、もちろん気のせいだが、心のテンションが下がったため、そのような錯覚を覚えたのだろう。
そもそも、 袋自体は予想以上に重いのだ。気を抜けば片手では持つのは難しいくらいの重さ。今、 平気な顔をして持つ玲は、もちろん強がってるのである。
「こんな荷物の一つや二つ、 持てないわけがないだろコノヤロー」な心情なのだ。
しかし現実は甘くはない。心はタフだが、体は正直だ。平気なふりして40分も歩けるわけがない。
ショッピングモールを出て、立体駐車場の日陰を歩くなか、心多の前を歩きつつ玲は歯を食いしばっていた。 心多には顔が見えないから、気づかないだろうが、腕が痛い。
「私がいなかったら、お前……これ一人で持ってくってことだよな?」
すげーな、と後ろにいる心多の顔は見ずに褒める。純粋に凄いと思う反面、よく持てる
なぁバカか?と呆れもある。
実際、面倒になってきた感じがあり玲は若干テンションが下がってしまった。
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