chapter:1-4

 耳元で声を上げたのが効いたのか、燈弥は顔をしかめて若干押さえる力を解いてくれた。


 だが、まだ解放されたわけではない。現状はあまり変化ないのだ、玲のイライラが収まるわけがない。

 それなのに、燈弥はため息混じりに息を吐き笑みを浮かべるのをやめ 、呆れるような表情をみせた。


“なぁ、こうやって時間稼ぎしとけば、ハクバの王子サマとやらが助けに来るとでも思っ てんのか?”


 バカにするような相手の言葉に顔をしかめる。笑みこそないが、口元を上げてるあたり 、愚かな奴と思っているのだろう。玲とて、だれかが助けてくれるとは思っていない。


 放課後という時間帯だ、周りに人の気配は感じない。それに仮に人がいても、燈弥をみたら踵を返して逃げるだろう。オクターボレクスとは、ただ存在するだけで周りに脅威を与えるものだ。


「助けなんか、くるわけないだろ!私を助けたところで何の利益もないんだから」


 使えない異能、戦闘に向かない異能は誰も興味を示さない。もちろん、助けてくれた奴には恩返しをするつもりで、怪我をしたら治してやる気持ちはある。


 だが、そんなお人よしは……この島にはいないだろう。自分の為に動くばかりが、人の本質だ。こんな、 誰かを助ける能力は……本当に無意味なのだ。


「とにかく、離せ……仲良くお手て繋ぐ義理はねぇから」


 屈しない、そんな気持ちで燈弥のすねを蹴飛ばした。この少女、簡単に堕ちる気はないらしい。


 女性の力といえども、人体の急所などを狙えば大男ですら吹き飛ばせることがある、というのは人体構造上明らかなのだ。脛など骨がむき出しになっている箇所に、鋭いケリを入れられれば、普通ならば多少なりとも痛がる。


 が、やはりそこはオクターボレクスといったところだろう。燈弥は少し眉をひそませる程度で、玲を見れば、どこか余裕のなくなったその表情に対し、嘲笑を浮かべる。


「利益ねェ。そんなもん求めて助けるやつなんざ王子様じゃねぇなァ」


 そんなふうに呟けば、少し腰をかがめて、今まで左襟首を掴んでいたその手をそのままスライドさせ、玲の腰を抱くようにすれば、そのまま肩に担ぐように持ち上げる 。


 普通男女の差はあるとしても、そう簡単に身長の似通った相手を担ぐなんてことはできない。それも不意を付いたとは言え、向こう側は担がせる気などないのだ。


 なのにもかかわらず燈弥の流れるような動きは、やはり彼の能力に由来するものだろう。 体重のかけ方、関節の使い方、力のかかり具合。その他様々な要因を計算して行った行動だ。


「つーかよォ、何もむしゃくしゃしてるからテメェをさらおう。ってわけじゃねぇんだよ」


 肩に担いだ玲に聞こえているかはわからないが、そんなふうに呟くと燈弥はそのまま廊下を歩き出す。

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