chapter:1-3

 玲は燈弥を見て眉根を寄せた。自分の反応が、さぞ愉快だったのか燈弥は笑って返してきた。

 それすらも無視して、平然と隣を通りすぎようとした瞬間――――


「――!?ちょっ、何っ!」


 左襟首を掴まれ、無理やり壁に押し付けられた。そのパワーに顔を歪め反発する。いくら同じくらいの身長でも男女だ。

 力では到底敵わない。鈍い痛みが押さえつけられる場所にジンジン伝わる。


 いい加減離せと相手に目を向けたが、変わらない笑みのまま少しだけ冷たい瞳の燈弥に一瞬言葉が出なかった。


 しかし、理不尽な彼に従うのは嫌なので、睨みつけ抵抗する。


「お前の機嫌なんか知るか。だいたい、急に連れだそうだなんて……従うとでも思ったのか?随分、自意識過剰だなぁ?お前の命令なんか聞く気ないし、それにこれから予定があるんだ」


 だから早く退けと目の前にいる燈弥に強気に返す。こんな状況でも一歩も退かないあたり、玲もなかなか肝が据わっているのは確かだ。


 だが、こんな反論で燈弥が簡単に退くとは思わない。二手、三手先を読む男だ。こんな反応も予想済みだろう。


「だいたい、私はお前のモルモットになったつもりはないから。しつこい奴は嫌われるんだぞ?闇帝あんていさん」


 それでも負けじと言葉を並べる。隙を見せたら最後、あっという間に連れてかれてしまう。いつもと同じパターンだ、それは避けたい。


 玲はニヤリと笑い、燈弥を退かそうと片手で彼の胸を押し返す。だが、びくともしないので、ただ自分が疲れるだけだった。


「もー……本当に面倒、だるい!」


 上手くいかない事からイライラし、相手の耳の近くで叫ぶようにわめいた。ついでに押し返していた手で燈弥の胸を叩く。


 玲は案外、短気らしい。この進まない状況を打破するのは一体どちらか?


 耳元で叫ばれると、女性特有の声の高さに燈弥は顔をしかめる。胸元を叩かれるが、所詮は女性の力だ。

 いくら男として非力な部類に入る燈弥であろうと、押し戻されるほどの力はない。それに加えて、こちらは半身で構えているようなもの。体勢的にも押し返されることはない。


「 チッ、耳元で叫ぶなよ。鬱陶うっとうしい 」


 そもそも、彼は女性の叫び声や金切り声というものが苦手だ。知人の中には「女性の断 末魔で興奮する」というようなマッドサイエンティストがいるのだが、いつも知人の感性には理解できないことがある。


 だからなのか、その声を聞くと少しだけ込めていた腕の力を抜き、相手を押し付けるではなく、捕縛しているような力具合に変える。

 そして 、ため息混じりに息を吐くと、今までの卑しい蛇を彷彿とさせる笑みを解いて――。


「 なぁ、こうやって時間稼ぎしとけば、ハクバの王子サマとやらが助けに来るとでも思ってんのか?」


 そんな風に問う。きっと玲はそんなことを持っているわけないし、今こんなことを 聞く燈弥の思惑も伝わっていないだろう。


 しかし、そんなことを問うとはさながら自分は小悪党。とでも言っているかのように感じる。まぁ、あながち間違ってはいないのだが。


 蛇のような笑みを解いても、変わらず口元には口角の上がった、三白眼が貼り付けられている。常人、ここでは燈弥の通常モルモットを指すが、彼らならばここまで彼が苦労して実験場に連れて行くこともないだろう。


 それほどまでに、目の前のモルモットは自分に噛み付く。

 家畜を殺すよりは、最後まで抗い続ける野うさぎを狩った方が何倍も楽しいのだ。




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