chapter:1-5

 脛を蹴飛ばされれば大抵は痛がり、思わず手を離すだろう。それは運動神経が余りよろしくない玲とて、確実に狙えるまとだ。


 その的を怒りをぶつけるくらいに蹴飛ばしたのに、燈弥は多少の痛がる顔も見せず、逆に嘲笑ちょうしょうを浮かべていた。心底ムカつくが、やはりオクターボレクスといったところだろう。感心二割、イライラは八割だ。


「だから王子様なんか……って、おいっ!?やだっ降ろせっ!」


 利益を求めるのは王子様ではない、その返事に煩いといわんばかりに噛み付こうとすれば、先に燈弥が動いた。


 流れるようにスムーズな動作で一瞬で肩に担がれた玲。予期せぬ事に若干パニックになり声も裏返る。焦りを表情に浮かべながら、担がれた状態でジ タバタと抵抗するが燈弥には通用しないだろう。


 結局、いつものパターンだ。玲は顔を歪ませ、先程よりも声を荒げようと息を吸い込む――――


“つーかよォ、何もむしゃくしゃしてるからテメェを攫おう。ってわけじゃねぇんだよ ”


「――へ?……げほっ、ごほっ!」


 吸い込んだ途中に聞こえた小さな呟きに、玲はマヌケな反応をしてしまい終いには、むせてしまった。

 数回咳込んだ後、呼吸を落ち着けて燈弥に怪訝そうな眼差しを向ける。


「嘘つけ!ただ実験がしたいだけだろーが。どっちにしろ変わんないだろ……人攫いー

 !」


 騙されないぞコノヤローとそんな勢いで彼の言葉を完全否定する。


 とにかく、この格好は恥ずかしい。下着が見えてしまいそうな運び方をする燈弥は女心がちっとも分かってないようだ。


 玲は周りを見回し、何か状況を打破するものはないか探る。……もちろん、何も見つからない。


「ちょ、本当に降ろせ!パ……ンツ、見えちゃうからっ!!」


 羞恥心が勝ったのか、頬を赤くし強気だが先程の威勢はなく、玲は小さな声で訴える。


 誰か 、この男に戦闘を仕掛けろ!その間に逃げるから!そんな思いが頭の中でグルグルしていた。

 こんな醜態、誰かに見られるのは嫌だが今はそんなのを気にしてる場合ではない 。だいたい、先程から大きな声で騒いでるのだ。誰かに気づかれてもおかしくはないはずだ。


 そんな玲の様子に燈弥は怪訝そうにする。

 何度も言うようだが、燈弥は女性の声というものが好きではない。それは断末魔や金切

 り声はもちろんのこと、嬌声や黄色い声援なんてものもそうだ。


 基本的に、「クール」と呼ばれる部類の彼は、そういった騒がしい相手が非常に苦手なのだ。だから、今肩に担ぐ少女に対しても同様に――。



「 うっせぇ!パンツの一つや二つ見られたって減るもんじゃねぇだろ!!」


 そんな風に怒声を返す。今までの人生、女となんて実験対象としか絡んでこなかったのだ。

 彼に乙女心なんぞを理解してもらおうという方が無理な話なのだろう。


 全く玲の発言や羞恥を意に介さずに、燈弥はそのまま廊下をまっすぐに歩いていく。このままでは 彼女がなんとかしない限り、担いだ状態で校舎の外に出ていってしまうのではないか?


「 ッたく、んで見られたくもねェのに、女ってのはあんなに丈が短ェのか理解できねェ」


 そんな呟きが思わず漏れるほど、燈弥は既にこの状況に辟易しているのだろう。今なら「普通についていくから!」などと言われたら降ろしてしまいそうだ。


 そんなことを考えていると、不意に上から視線が注がれているのを燈弥は感知する。斜め上を見上げれば屋上には人影、みたところあれは何の価値もない一般生徒だと思うが――。

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