とりあえず平穏な日常にサヨナラ

白の少女と黒の少年

chapter:1-1

 「国立 異能学園」。特殊な能力を持つ者が高校進学と共にここに入学し、そのまま社会人としてここで働くのがお決まりのパターンである。


 学園を基準に中央東西南北と各地区にわかれており、その地区ごとに人々が暮らしていた。


「あー……最悪っ」


 中央地区にある異能学園の校舎の保健室。放課後に一人立ち寄った女子生徒は鎖骨くらいまでのウルフカットの黒髪を掻きむしる。


一色玲いっしき あきらは保健医が不在なことに少し腹を立てつつ、手慣れた様子である物を探していた。それは彼女の右手の人差し指を見れば、簡単にわかるだろう。

 白い指に小さな紅い点……そう彼女は指を切ってしまったのだ。たいした血の量じゃないのをみるに雑誌をめくる際に怪我をしたとみていい。


「……っと、あったあった。こんなわかりにくい場所に置いとくなんて……今度会ったら文句いってやる」


 それほど長い時間お目当ての絆創膏を探していたわけではないが、玲からしたら面倒な時間だったのだろう。文句を言いながら、ぺりっと絆創膏を指に巻く。巻き終われば少しため息を吐き、気怠そうに呟いた。


「こんなの、自分の怪我じゃなきゃ……簡単に治せるんだけどなぁ」


 玲が通う学園は日本から離れた、ある島に存在している。正式名は「国立能力開発育成 機関」、通称「学園島」だ。

 この島には一般とは異質な人々が収納されている。それは 「異能」と呼ばれるもの。異能にも種類はイロイロあり、玲も“光属性”の異能を得てい るが、彼女はこの異能を最近使えないと思っていた。


 先程も言ったが、この島は異能を 持つ者が集まる島だ。その様々な異能は主に互いを高めあう戦闘を通して磨かれる。だが玲は、戦闘など一度もしたことない。何故なら……


「自分に使えない“回復”なんて、ここじゃただのガラクタ能力だな」


 そう、回復。吐き捨てるように呟いた彼女の異能は回復系なのである。それも他人に効 果があり、自分には使えないなど、何かと面倒な異能だった。この面倒な異能をおおっぴらに使ったことはない。

 本来、異能者は“天神”という、能力者の中で完全な一番になった者を目指すのが多いが、そんなのにやる気も起きないくらい、戦闘に向かない能力なのだ。普段、使う場面があるわけがない。


 玲は再びため息を吐き、保健室を後にした。廊下に出ても、放課後だからかやはり余り人は残っていない。

 これからどうするか……まっすぐ帰るか、校舎内で時間を潰すか、はたまた西地区で散歩がてら買い物を楽しむか。耳にイヤホンを入れ、スマホから流れる流行りの音楽を聴きながら、玲はゆっくり廊下を進んだ。




 暗く濃い紅髪。この学園には色とりどりな髪色が点在するが、自前でこの髪色をしている人間はそうはいないだろう。少し不健康に伸びた前髪を面倒くさそうに掻き上げながら 、制服とは言い難い、Tシャツの上にファッションワイシャツを着た少年は、白く塗られた廊下を歩く。


 本来ならば弱冠15歳という若さで能力開発研究員という肩書きを持つ所謂天才な彼に、学校などという場所は足枷以外の何者でもないのだが、出席日数や欠席理由がないと単位の取れない学校のシステムのせいで、今日も彼は面倒くさそうにため息を吐きながら、凶悪な限りなく目つきの悪い瞳で目の前を見据えていた。


 ちょうど、保健室の前を通りすぎた際。聞き覚えのある声と自虐のような言葉が耳に入る。

 不意に立ち止まると同時に、ドアを開けて出てきたのは見知った一匹の「研究動物モルモット」。


「ヨォ、モルモットちゃん」


 まるで蛇が獲物を見つけた時のような嫌味な笑顔と、狼が狙いを定めた時のような狡猾な瞳を隠すことなく、彼はその少女に声をかける。


 いや、この場合は声をかける。などといった生易しいものではない。研究者として研究対象に実験をするようなものなのだ。完全な脅迫・恐喝の部類に含まれるだろう。


 そして彼の実験の被験者ならば、普通彼の声と笑みを見ただけでも、恐喝罪に当たるほどの精神的苦痛を伴う。ただ、そんな従順な可愛げのあるモルモットならば、彼から声をかけるようなことはしないだろう。


「 今よォ、やっと面倒臭ェ手続きが終わって虫の居所が悪ィんだ。 “イジラせろ ”よ?」


 彼の言う「いじる」とは、すなわち人体実験もしくは薬物投与の類だ。そして、彼女の場合回復は自分に使えないといっても、回復系能力者だけは有り、基本的な回復ポテンシャルが常人とは異なっている。言ってしまえば何とも都合のいい実験体なのだ。 


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