第3話

 半休だった日曜日が終われば、普通に月曜日の業務だ。ようやくやっつけて終電で最寄りまで来た帰り道。


 休みがないと言うとブラック感が出るが、一時的なものだ。先月まではこんなんじゃなかったし、有休も何も言わずに取らせてくれた。


 ――本当に一時的なものだといいな。


 休みがないというのは、人生をサイクルで捉えられなくなるということだ。

 のっぺりとした平坦な日々は、真っ白な空間に放り込まれたような、虚無感と不安をじわじわと与えてくる。


 キリスト教徒ではないが、7日間で世界を区切った方は偉大だと思う。それを守れていない人類は、まさしくこの瞬間も原罪を犯している。


 「現実の黄金」って感じの名前のエナジードリンクを買った。

 ノンカフェインでローヤルゼリーも入っていて、赤い牛よりも体に良さそうだ。それに、ノンカフェインだから寝る前に飲める。


 知らなかった。極限状態だと、家に帰るのにもエナジードリンクが必要だなんて。


 朝のパンでも買おうと、飲み屋街の端のコンビニに目をやると、見慣れた女性が慌ただしく駆け込んでいくのが見えた。


 週末に出会った女性は20秒もしないで出てくると、円筒形の小さなペットボトルを一気にあおる。

 紫色のパッケージに書かれているのは『エグ芋ォ!』という文字だ。安物の芋焼酎で、とてもじゃないがストレートで飲めた臭いじゃない。


「はぁ、はぁ、危ないところだったよ」

「なにやってるんですか」

「あ、おにーさん」


 思わず声をかけてしまった。一口で焼酎を飲み干した女性は僕に気が付き、にっこり陽気に笑った。


「給油ってやつだ」

「給油って。車じゃないんだから」


 見せつけるように振るペットボトルには1滴の酒も残っていないように見えた。


「駆け抜ける人生だからさ。昔の車は燃費が悪かったから、ロンドンは50メートルおきにガソリンスタンドがあったんだよ。まるで現代のコンビニみたいじゃないか」

「そんなに燃費悪かったんですね」


 だから排気ガスで霧の町ロンドンなんて呼ばれていたのか。


「で、今日もその辺で飲んでいくかい?」


 女性は「コッ」と舌を鳴らしながら、グラスを傾ける仕草をする。

 折角の美人からのお誘いだが、残念ながら疲労感が限界だ。


「お誘いはありがたいんですけど、どうしても眠くって」

「そうか。確かに見るたびに疲れているようだし、無理は良くない。何か買っていくのかい?」

「ええ。明日のパンでも」

「夕飯は何か食べたかい?」

「いえ、なにも」


 空腹感は麻痺するものだ。

 すきっ腹を抱えては狩りが出来ないからなのか。激烈に仕事に追われているときや、強いストレスを感じると、腹が減らなくなってくる。


「少しくらいはお腹に入れるといい。私が買ってやろう」

「そんな、悪いですよ」


 遠慮の声を無視し、女性はコンビニに入ってしまった。急ぎ足でついていく。

 かごにチルドのうどん、バターロール、ほうじ茶、ハイボール缶4本を入れてレジに行ってしまう。


「まぁまぁまぁ、ゆっくり待っていたまえ。ここにはなんでもある。冷蔵庫に電子レンジ、白モノ家電だってあるのだから。洗濯機が無いくらいだが、北海道ではそもそも一般家庭に洗濯機は置いていないらしいからね。家だと思ってくつろいでくれ」


 絶対に家ではないし、仮に家だとしても他人の家だ。くつろげはしないが、大人しく待つ。


 会計を終えた女性が、2つに分けた袋の片方を渡してくれた。うどん、バターロール、割り箸が3つ入っている。


「疲れていると洗い物も嫌だろう? 多めに割り箸をくれたここの店員さんは良い人だ」


 遠目に店員さんと目が合う。お礼の意味を込めて会釈すると、大学生風の店員が首だけでお辞儀をした。


「ここでレンチンしていくかい?」

「いえ。ちょっと歩くので」

「そうか。気をつけるんだよ。昔、電子レンジでトマトを温めて家を失った人がいるから」

「えええ」


 確かに卵の黄身より派手に爆発しそうではある。


「じゃあ、今日はこの辺で。本当に気をつけて帰るんだよ。どうやら君は判断力を失いつつあるようだから」


 判断力を失いつつある。そうだろうか。今日もちゃんと仕事は出来たはずだ。

 納得しない気持ちはあるが、食事を奢ってくれた女性に頭を下げる。


「ありがとうございました。ご馳走になります」

「それくらいはね。じゃあ、またそのうち」


 ひらひらと手を振る女性に別れを告げ、家路を歩く。

 ちくたく、ちくたく。前後に動かす足が、なんだか時計の針のようだった。

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植え込みに埋まっていたアル中美人が、カスのウソをついてくる 乾茸なめこ @KureiShin

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