第2話
休日出勤を強いられた土曜日もまた、終電での帰りだった。ただ上司の温情により、日曜日は半休になるらしい。今日は帰ったら酒でも飲もうと、コンビニで9%のチューハイを買った。
ツマミの煎餅アソートパックと、〆代わりのしじみ味噌汁も一緒だ。
飲み屋街を通るとき、店で飲めずにコンビニ酒を家で飲むことにほんのりと嫌気がさした。重たくなる感情を堪えながら通り過ぎると、昨日の植え込みの前に、大きめの段ボールハウスが建設されている。
「やあ、おにーさん。昨日ぶりだね」
「なぜこんなことに」
昨日タクシーに乗せてあげた女性が、瓶ビールを掲げて挨拶してきた。
「連絡先も知らないから、ここで待つしかないと思ってね。長丁場になるだろうと準備したのさ。ささ、座ってくれたまえ」
どうやら昨日のお礼のつもりらしい。
家での一人飲みにがっかりしていたところだ。人目も気になるところだが、なんとなく好奇心に負けて、段ボールハウスに腰を下ろした。
「お、お味噌汁まで買ってある。いいねえ。お味噌汁にオレンジジュースを入れると、アサイーベリーの味になるんだ。朝に飲む、ちょっと意識の高い暮らしを味わえるよ」
「へえー、朝までとっておこうかな」
女性は頷いた。
チューハイを開け、食べやすいようにアソートパックを広げる。
「せっかくだ、これも食べてくれ」
出されたのはポップコーンと、コンビニプライベートブランドの冷凍カツ。食べ合わせは終わっているが、それも飲み会の醍醐味かもしれない。
「なんかポップコーンってそんなに美味しくないのに止まらないですよね」
「家で作ると安いし、いいものだよ」
「家でやるの面倒じゃないですか?」
フライパンに多めの油をしいて、焦げないように、なんて気を遣うのは面倒だ。一人暮らしでやる人はほとんどいないと思う。
「コツはいるが、茹でても作れるよ。そっちの方が楽だろうね」
「へえー、湿気ったりしないんですか?」
「熱いからすぐに乾くさ」
そんなものなのだろうか。
でも、焼くより茹でる方が失敗は少なそうだ。
「カツは本当はお金出して買うのも勿体ない気がしたんだけどね。君にちょっと良いものを出したくてさ」
「そうなんですか?」
「逮捕されたけど無罪で釈放された人は、取り調べされた警察署に行けば、何度でも無料でカツ丼を食べさせてくれるのだよ。知り合いにいてね、非常に羨ましいことだよ」
「へえー」
それは本当に羨ましい、のかな?
罪も犯していないのに取り調べされるのは嫌だけど、それくらいのフォローがあるならギリギリ許せるかもしれない。
「ささ、昨日のお礼だ。好きなだけ食べて飲んでくれ。瓶ビールならクーラーボックスにたくさん入れてある」
「瓶なんですね」
「私みたいな几帳面な人間が飲んであげないとね。こう見えて、瓶はちゃんと洗ってリサイクルに出すんだ」
結構意外だ。
瓶ビールは路上飲みで好まれるが、路上で飲む人間に、瓶をちゃんと洗う人がいると思っていなかった。
「リサイクルされた瓶は、歯磨き粉の研磨剤に使われるからね。いずれ誰かの口に入るものを汚くはしたくないだろう?」
「へえー、歯磨き粉のジャリジャリってガラスだったんですか!?」
だから、歯が削れるから、若いうちから歯磨き粉を使うべきじゃないとか言う人がいるのか。
得体のしれない美人と路上で幾ばくかの飲酒を楽しんでから、半休とはいえ翌日も仕事があることを思い出し、席を立った。
「今日はちゃんと帰れますか?」
「大丈夫だよ。また飲もう。今度はそこの公園で飲もうか。いいベンチがあるんだ」
「まあ路上よりはいいと思います。では」
家に帰り、冷蔵庫を漁るとオレンジジュースがあった。
翌朝。
「――――またウソじゃねーか!」
今回の壁ドンは2発だった。
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