二次元の少子化対策
@uchisoto22
第1部 少子化対策開始~第一子誕生まで
気がつくと灰色の壁の正面にいた。頭に鈍い痛み、手足の自由が利かない、椅子に縛りつけられている。なぜこんなことになっているのか。伊吹実は記憶の糸をたぐった。
「目が覚めたようだな」
男の声の不意打ちで、たぐりかけた糸を思わず手放す。黒色で統一されたサングラスにスーツにネクタイ、角刈りの中年男。見覚えがあるのかどうかはっきりとしない。
「それで、金はあるのか?」
一言で状況を理解する。借金取りだ。今の時代、取立で拉致までする業者はいない。と思っていたが金貸しに昭和も令和もなかった。
「少しだけ待って下さい。必ず返します」
仕事を辞めたため返済の当てはなかった。この場をしのぐために心無い言葉を吐く。
「要するに、ないってことだな」
男の尖った拳が肩骨にめり込む。激しい痛みが走り、恐怖が膨れ上がる。殺される。
「何でもしますから許して下さい!」
「マグロとカニならどっちがいい?」
「えっ?」
思わぬ問いに回らぬ首を傾げる。なぜ食べ物の話をする。考えられる可能性を探る。ヘンゼルとグレーテル、ある物語を思い出す。おばあさんはヘンゼルとグレーテルを太らせてから食べようとしていた。つまり栄養の乗った健康な状態にして臓器を売るつもりか。
「どっちだ。早く答えろ」
「勘弁して下さい!」
舌打ちすると、男は拳を固めた。また殴られそうだ。痛いのはもう勘弁だ。
「マ、マグロでお願いします」
男が拳を緩めるのを見て、安堵と共に物語のラストシーンが頭に浮かぶ。ヘンゼルとグレーテルはおばあさんが美味しく頂きました。めでたし、めでたし。だが、物語にエピローグを追加するように男は再び拳を固める。
「なぜ?」
「しばらく寝ていろ」
痛みは一瞬だった。すぐに意識が途切れた。
3か月前。
「伊吹君、今朝の新聞読んだか?」
課長の蛇沼に声をかけられてデスクワークの手を止める。職務上、新聞を読んだか聞かれることが多いが大体読まない。
「ええ、読みましたけど」
「Kが『異次元の少子化対策』とか言い出したようだけど、何をする気かな」
異次元の少子化対策。ネットでそんな記事を見かけた気がした。内容は知らないがサラダ記念日レベルの思いつきだろう。
「いつものように対象を狭く絞って、面倒な書類を書かせて金を少し配るだけでしょう」
「私もそう思うが、不手際でマスコミに叩かれると困るから情報収集はしておいてくれ」
「わかりました」
デスクワークを再開する。Kが何か思いつく度に丸投げされて、余計な仕事が増える。地方公務員の辛いところだ。この下らないデータ紐づけ作業もそうだ。そしてパソコンがフリーズ、ネットワーク障害で仕事が滞る。
スマホを取り出し『異次元の少子化対策』を調べてみる。画面に並ぶ同じような見出し、適当にタップでサイトに移動、画面を覆う広告にファック! ×印を見つける前に広告の文字に目が留まる。二次元の少子化対策……スマホゲームのようだ。萌えアニメ風のキャラクター、いわゆるギャルゲーだ。グーグルプレイに飛ばされたついでにインストール。手抜き仕事に自信があるが、勤務中にゲームはできない。家に帰ってからやるつもりだ。まもなくパソコンが復旧する。
定時退社で家に帰る。一人暮らしのワンルームマンション。ネットサーフィン、飯、風呂、寝る。独身男のいともたやすく行われる冴えない日常。ふいにゲームをインストールしていたことを思い出し『二次元の少子化対策』アプリを起動する。
PRESS START!
『二次元の少子化対策』のタイトル画面、プレススタートをタップしてゲームを始める。
肉体的性別を選択して下さい
→男
女
主人公は男女を選べるようだ。肉体的という表現が気になるが男を選ぶ。
精神的性別を選択して下さい
→男
女
精神的性別か。最近のゲームは色々な層に配慮する必要があるようだ。男を選ぶ。
あなたの恋愛対象を選択して下さい
男
→女
なるほど精神的に男でも女が好きとは限らない。だがこの面倒臭はきつい。どうせなら最後の質問だけで良いだろう。当社は多様性に配慮してますみたいな露骨なアリバイ作りが鼻につく。女を選ぶ。
嫁が1体あてがわれました
積み上げた偽善のアリバイが崩れさるメッセージが流れる。活動家に刺されかねないひどい表現、製作者の配慮の基準が不明だ。
コウノジロウ「ようこそ、国家少子化対策室へ。私が室長のコウノジロウです」
白い羽毛に黒い嘴、眼鏡をかけた鳥がコウノジロウと名乗る。赤ん坊を運んでくる神話のあるコウノトリがモチーフのようだ。
コウノジロウ「知っての通りわが国は重大な少子化問題に直面しています。そこであなたには国を救うため、発情した野獣の如く見境なく子を作りまくって欲しいのです」
室長がひどいセリフを吐く。現実世界なら権力がなければすぐに更迭される発言だ。
コウノジロウ「それではゲームの、いや少子化対策の遊び方について説明させていただきます。まずは」
ゲームの基本操作は画面タップで文字送り、選択肢で分岐。標準的なノベルゲームのようだ。昔流行った『めきめきメモリアル』という恋愛シミュレーションに似ている。
コウノジロウ「画面右上にある私の顔の『室長アイコン』ですが、点滅時にタップするとゲーム進行のヒントをお知らせします。なお、官僚が書いた答弁書をそのまま読み上げるだけなので内容についての責任は私には一切ありません。管轄外であります」
よくできた政治家のようなコメントだが、行き詰った時に使えばいいことがわかった。
コウノジロウ「なお初回嫁は無料サービス特典になっております。カーテンが開くといよいよ嫁とのご対面です。それではわが国の明るい家族計画のため、いってらっしゃい!」
まるで風俗店のようだ。このゲームは色々と表現に問題があり過ぎる。カーテンが開く。
リンゴ子「はじめましてダーリン、私の名前は赤井リンゴ子。十七歳の乙女座でござる」
家具のない殺風景な部屋の真ん中にたたずむ赤髪の萌えアニメ風女、ピンク色のジャージを着ている。法律さえクリアすればそれでいいような危険な年齢、時代先取りの夫婦別姓なのか苗字付きの名前、意味不明の痛い語尾。「ござる」なんて、今どき忍者服部もるろうに剣心も言わない。いや、言うか。
嫁のファッションを選択して下さい
ジャージ
→メイド
ゴスロリ
ストーリーの分岐がなさそうな選択肢、後で色々な服を課金で買わせるための牽制ジャブというところか。その手に乗る気はないが、デフォルトでメイドとゴスロリが選べるのは良心的だ。だが、メイドとゴスロリの違いが良くわからない。そんな疑問に応えるように室長アイコンが点滅する。
コウノジロウ「クローゼットが使えるようになりました。ここでは嫁の服の着せ替えができます。なお無料特典のデフォルトウェアの内容は、
ジャージ…説明不要
メイド …メイド喫茶などで用いられる服。
着ると語尾が「にゃん」になる
ゴスロリ…ゴスロリータの略。黒いか赤い。
着ると語尾が「ごす」になる
となっております」
室長の説明がよくできた政治家のように雑でひどい。「にゃん」はわかるが「ごす」とは如何なるものか。西郷隆盛の亜種か希少種か。ただ語尾が「ござる」でもムードが出ないのでメイドを選ぶ。
リンゴ子「おかえりなさいませ、ご主人様にゃん」
メイド姿になった嫁は、悪いものではなかった。だがダーリンからご主人様に呼び方が変わったことに距離を感じる。
リンゴ子「ご主人様に昼飯のオムライスを作ってやるにゃん。あっ包丁がないにゃん。ショネルの包丁が無いと料理ができないにゃん」
嫁が腕を組み困り顔になる。包丁がなくてもオムライスは作れるのだが。
コウノジロウ「ショップが使えるようになりました。ショップには嫁が喜ぶ人気アイテムが勢ぞろい。少子化対策のためにぜひアイテムの購入をご検討ください」
室長アイコンの下にタンスの絵のクローゼットアイコン。その下に小屋の絵のショップアイコンが現れる。これが課金への入り口か。
ショップで買い物をしますか
買う
→買わない
リンゴ子「じゃあ、昼飯はカップ麺でいいよね。お湯は佐藤が自分で沸かしてね」
嫁の冷酷な表情に背筋が凍える。世間では大手企業を辞めて夢を追いかけたいと言ったらこんな顔をされるのだろうか。このとき、ゲームのプレイヤーの苗字が佐藤であることがはじめて発覚する。夫婦別姓だった。
コウノジロウ「嫁の機嫌を損ねると子作りに悪い影響が出ます。少子化が進むとわが国は終わります。あなたのせいでわが国は終わります。よく考えて行動してください」
室長の言い草に嫌悪感を覚えながらも、ショップアイコンをタップする。
ショネルの包丁 500円
包丁は五百円。課金は避けたかったが、ゲームの続きが気になるので購入する。
リンゴ子「ご主人様ありがとうにゃん。見て見てこのロゴとってもかわいいにゃん」
塩対応から砂糖対応へ百八十度旋回。喜びはしゃぐ嫁が包丁のロゴを見せる。名前がショネルでデザインがコレなのはかなり危険だ。
コウノジロウ「複数の集合の関係を図式化し、ANDやORの範囲を示す論理演算で用いられるベン図というものがあります。ショネルのロゴはベン図をイメージしたものであり、某ブランドとは一切関係がありません」
室長の言い逃れがよくできた政治家のように見苦しい。傷口が広がる前にこのゲームは配信停止にした方が良さそうだ。
リンゴ子「小さなことは気にせず。オムライスを作るにゃん。ああっ、エプロンがないにゃん。エプロンがないとケチャップの鮮血が全身に飛び散りグロ死体みたいになるから、レーティングの都合で料理できないにゃん」
「ふざけるな」と心の声が外に漏れる。適当な理由をつけては課金。嫌らしいゲームだ。エプロンが包丁より高ければ終了、アンインストールだ。ショップアイコンをタップする。
エプロン…100円
エプロンは安く百円だった。拍子抜けして怒りの炎は沈火する。百円なら課金しようとした矢先、信じられないものを目にする。
はだかエプロン…10000円
桁が多い、ゼロが四つの一万円。いや、それも問題だが、はだかエプロンだと。漢のロマンで人類の英知の結晶、それが裸エプロン。エプロンの逆オプションに裸を付けるなんて発想が狂っている。一万円の課金は避けたいが、はだかエプロンの六文字は脳の前頭葉から後頭葉を容赦なくハックする。
カキンッ
頭蓋骨に決定的な何かが壊れる音が響き渡り、目の前には裸エプロン姿の嫁が現れた。
リンゴ子「恥ずかしい。あんまり見ないで」
恥じらいに 頬が赤らむ 裸エプロン
ソシャゲ俳人伊吹実が爆誕する。ここまでくるとゲーム会社の忠実なATMになるまであと一歩だ。
リンゴ子「じゃあオムライス作るね」
嫁が歌を口ずさみながら料理を始める。
ふんわりトロトロオムライス♪
お鍋も油も使わずクッキング♪
袋でそのままレンジにイーン♪
チーンと鳴ったらできあがり♪
リンゴ子「どうぞ召し上がれ」
確かにそれはオムライスの姿をしていた。だが、包丁とはエプロンとは一体何だったのか。レンチンは手料理にあらず。
リンゴ子「どう、美味しい?」
うん、とても美味しいよ
→こんなの手抜きじゃないか
ここは亭主の威厳を保つため、厳しく言わねばならぬ場面だ。
リンゴ子「えー手抜きじゃないよ。でも、お望みなら本当に手抜きしてあげようか」
嫁のいやらしい手つきと卑猥な視線に固唾を飲み込む。この展開は、ありなのか。ふと嫁の年齢を思い出す。十七歳と言っていた。婚姻できる年齢なら何して問題ないのか。
コウノジロウ「自己申告の年齢が戸籍上のものと一致しないケースは多々あります。
良い例:井上喜久子 十七歳
悪い例:シャブ山シャブ子 十七歳
なお、手で抜いても少子化対策にならないのでここは我慢しましょう」
室長が弁明する。室長アイコンなどタップしていないのに、たびたび勝手に割り込んで来て実に鬱陶しい。
リンゴ子「じゃあ次はデートに行こうよ」
TDRに行く
→UFJに行く
やっぱり家が一番や
デートイベントが発生する。ここで行かない選択をする理由はない。問題は行先。TDRは何となくわかるが、UFJはUSJを間違えたのだろうか。
コウノジロウ「デートで好感度を上げると嫁が妊娠しやすくなるので積極的に行きましょう。おすすめするデートスポットは、
TDR…東京ドブネズミランドの略。入場には一万円のパスポート購入が必要。土日は混雑しているが、平日もやっぱり混雑している。著作権に厳しい。
UFJ…ユニバーサルフタジオジャパンの略。入場無料で土日も営業しているが、キャストに会えるのは平日の九時~十五時。有名な某銀行とは無関係。
になります」
例え美しいドブネズミであっても、一万円課金して戯れたくはないので、某銀行にしか思えないUFJを選ぶ。
リンゴ子「UFJに行きたいと思っていたのよね。でもこの服じゃ恥ずかしくて外に行けないよ。何着ていこうかな」
ここで嫁の着せ替えを行うクローゼットの出番のようだ。アイコンをタップする。
どの服で嫁を着せ替えますか
→メイド
ゴスロリ
ジャージ
はだかエプロン
手持ちの着せ替え服一覧が表示される。とりあえずメイドに戻すか。
リンゴ子「でもこの服じゃ恥ずかしくて外に行けないよ。何着ていこうかな」
ではゴスロリか。
リンゴ子「でもこの服じゃ恥ずかしくて外に行けないよ。何着ていこうかな」
ジャージなら外出できるだろう。
リンゴ子「でもこの服じゃ恥ずかしくて外に行けないよ。何着ていこうかな」
はだかエプロンじゃダメだよな。
リンゴ子「でもこの服じゃ恥ずかしくて外に行けないよ。何着ていこうかな」
コウノジロウ「要するに嫁に服を買って下さい。これも少子化対策のため、ガンバ」
何がガンバだ。世の既婚者は嫁にこんなにも課金するのだろうか。結婚するまでちやほやして、結婚したら雑に扱い離婚するのが正規ルートじゃないのか。と思いつつも三千円のブラウス&スカートセットを買う。
リンゴ子「楽しみだね」
画面が切り替わり赤い看板のガラス貼りの建物の前へ。外観は紛れもなくあの銀行だ。
リンゴ子「今日は日曜なのに空いていてラッキーだね。早く入ろう」
UFJの中に入る。人はおらず列を成すATM、その風景はまるで日曜日の銀行だ。
リンゴ子「これってC‐3POだよね」
それはATMだ。ひどいこじつけだ。
リンゴ子「こっちはR2D2。かわいいね」
両替機だ。ここはスターウォーズとは似ず非なる世界、USJに寄せなくていい。
リンゴ子「ねえ、早く遊ぼうよ」
残念だがATMは遊具じゃない。諦めろ。
コウノジロウ「UFJの大人気アトラクションATMの遊び方は超カンタン。金額を設定して入金するだけ。後は嫁が出金するので、協力プレイで仲を深めてください」
無理やり遊び方を作るなよ。くそっ。
≪100円 入金≫
リンゴ子「たったの百円じゃ、今どきあなただって買えないわよ」
百円で納得しないのは予想できたが、思っていたよりひどい事を言われた。
≪10万円 入金≫
リンゴ子「すごい、いっぱい出たよ!」
勢いよく飛び出す万札にはしゃぐ嫁。やってしまった。次の給料日まで霞を食わねばならぬほど出費がかさんでいく。
リンゴ子「いっぱい出たから、アレを想像して興奮しちゃった。だから、しよっか?」
嫁が発した思わぬ言葉。これは、ついに子作りイベント発生か。ガッツポーズを取りかけてすぐにやめる。このゲームのことだ。またしょうもない課金の要求だろう。だが、次に気になる選択肢が表示された。
何のことですか
→もしかして、子作りですか
リンゴ子「もう、私に言わせないで。でも、これだけあればいいホテルに泊まれるよね」
画面が暗転し、徐々に明るくなるとともにベッドに横たわる嫁の姿が明らかになる。服は着ていないようだが、重要部位はシーツや手でうまく隠されて見えない。頬を赤らめた嫁の表情は色っぽく、まさにエロゲーだ。
リンゴ子「優しくしてね」
ゲームの嫁に興奮している。その感情を恥ずかしく思った。だが、興奮も恥も次の嫁の一言で全て怒りに変わる。
リンゴ子「つけて」
「……は? つけてって、つけたら子供できないよな。婚姻は何のため? 課金は何のため? つけろとか、ふざけんじゃねえ!」
溜まっていた課金ストレスが爆発し、スマホに向かって絶叫する。他人が聞いていたらレベルの低い夫婦喧嘩だと思うだろう。
つける
→つけない
コウノジロウ「例え夫婦でも相手の同意のない性行為は暴行とみなされ刑法に抵触する恐れがあります。逮捕となれば保釈金十万円の支払いが必要になります」
また室長が割り込む。保釈金十万円という課金の脅し。人の足下を見てくる。
→つける
つけない
何が少子化対策だ。結局、子供なんて作れない。もううんざりだ。アンインストールだ。画面が暗転して、ピンクの光が数回点滅するという安っぽい演出のあと朝を迎える。
リンゴ子「昨夜は楽しかったね」
頬を赤らめて嫁が微笑む。そんな笑顔を見せても無駄だ。離婚だ。アンインストールだ。
リンゴ子「とっても良かったから、あなたの子供が産みたくなってきたわ。ねえ、もう一回しようか? 今度はつけないで」
想定外の事態に脳が揺れる。どういうことだ。つけるという選択は、ゲームをクリアするための必要なステップだったのか。
→する
しない
当然だ。いくら課金したと思っているのだ。子供の誕生を見届けるまでアンインストールはお預けだ。
リンゴ子「でも、このホテルだとムードが足りなくて妊娠する自信がないよ」
→このホテルでいいだろう
ラグジュアリーホテルに行く
リンゴ子「でも、このホテルだとムードが足りなくて妊娠する自信がないよ」
→このホテルでいいだろう
ラグジュアリーホテルに行く
リンゴ子「でも、このホテルだとムードが足りなくて妊娠する自信がないよ」
このホテルでいいだろう
→ラグジュアリーホテルに行く
リンゴ子「子作りといえばラグジュアリーホテルだよね。さあ、行こう!」
当たり前のように嫁が微笑み、当たり前のようにホテル代の課金が発生する。このゲームはボイスがないようだが「まいどあり」という小さな声が聞こえた気がした。
リンゴ子「さすがラグジュアリーだね」
ホテルの部屋は先ほどとあまり変わらない。違いは天井にあるミラーボールくらい。開発陣の手抜きが伝わってくる。
リンゴ子「ルームサービス頼もうよ。子作りはエネルギーを使うからね。何にする?」
→オマールエビのグラタン
ロブスターのグラタン
伊勢海老のグラタン
メニューは全て高級エビのグラタン。グラタンにするならブラックタイガーで十分だろう。清々しいまでの課金メニューだ。
リンゴ子「美味しかった。エネルギーもチャージできたし、そろそろしようか。今度はつけないでね」
画面が暗転する。ボイスが無いので、「ああー、だめ、イク!」という味気ない字面とザッザッという意味不明の効果音が流れる。そしてドラクエの宿屋のパクリのような音楽が流れた後、メッセージが表示される。
受胎しました
馬か! 受胎なんて言葉はダビスタかウイポぐらいでしか聞いたことがない。
コウノジロウ「第一子受胎おめでとうございます。ここから無事に出産できるよう嫁を大切に扱いましょう。もし栄養が足りなかったり、ストレスがかかったりすると流産しますのでご注意ください」
画面が明るくなると、目の前には見知らぬ男が立っていた。この男は何者だ。
ホテルマン「ゆうべはおたのしみでしたね。奥様はレストランでお待ちです」
男はホテルマンのようだ。勝手に部屋に上がり込んでセクハラじみたセリフを吐くなんて、従業員にどんな教育をしているのか。
リンゴ子「遅い、待ちくたびれたよ」
場面がレストランに変わり、よくある拗ねた感じで頬を膨らます嫁がいた。不覚ながら可愛いと思ってしまう。
リンゴ子「昨日はとても激しくてお腹が空いたから、朝からステーキ食べてもいいよね」
いいよねって、確定事項ですか。こちらは、もはやいいですとしか言いようがない。
リンゴ子「この子の分までしっかり栄養を取らないとね」
初日なのに嫁の腹が膨れている。リアリティもクソもない課金ゲームだ。ふいにアイコンの横に縦長のライフゲージが追加されているのに気づく。
コウノジロウ「安産ゲージが追加されました。嫁を満足させるとゲージの値は高くなり、低くなると流産します。第一子誕生まであともう少し。最後まで気を抜かず頑張りましょう」
流産のリスク設定まで入れるなんて嫌なゲームだ。呆れてアンインストールもできない。
→松坂牛のステーキ 二枚
神戸牛のステーキ 二枚
近江牛のステーキ 二枚
嫁の注文するメニューを見て改めて思う。これは本当に嫌なゲームだと。
その後も嫁の機嫌を取るべく課金は続く。嫁に栄養を与える度、自分の栄養が失われる。今まで食べたいものを好きなだけ食べていたが、現在の主食はかけそばかかけうどん、職場に黙ってウーバーイーツも始めた。家族を持つとはこんなに金がかかるのか。これでは少子化が進展するのも無理はない。
リンゴ子「痛い、お腹が痛いよ」
まもなくして嫁が急に苦しみ始める。慌てて安産ゲージを確認する。ゲージはMAX、流産はないはずだ。ということは、いよいよ出産イベントか。長かった。現実世界の日はそんなに立っていないが、ここまで来るのにとても長く感じた。
救急車を呼んで下さい
メッセージが表示される。当然呼ぶさ、救急車代を請求されるだろうがもう構わない。子供の誕生を見るまで課金は止めない。
救急隊員「奥さん、頑張って下さい! 気をしっかり持って!」
病院に着き、酸素マスクをつけた嫁がストレッチャーで運ばれる。普通の出産だろう、大げさ過ぎないか。そしてストレッチャーの終着点は「集中治療室」。勘弁してくれ。手術中のランプが灯り、思わずスマホを力一杯握りしめて祈る。お願いだ。無事でいてくれ。ランプが消え、暗い表情の医者が現れる。そんな、嘘だろ。
医者「元気な男の仔ですよ」
この演出は何だ! 明らかに母子ともに助かりませんでしたみたいな顔をしやがって。このゲームはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むのか。憤りが溢れるが、それも次のシーンで全て消えた。嫁が子を抱いているのだ。頬を暖かいものが伝う感触があった。泣いていた。子の誕生とはこんなにも感動するのか。今までの課金が全て報われた気がした。だが、その感動も長くは続かなかった。
アカイリンゴコの2024が産まれました
馬か! 感動がぶち壊しだ。だがこれで、子供の誕生まではたどり着いた。この先はどうなる。ゲームクリアなのか。
コウノジロウ「第一子誕生おめでとうございます。この調子で少子化解消に向けてどんどん子作りに励みましょう。しかし、ここで残念なお知らせがあります。赤井リンゴ子さんですが、この嫁は仔を一機しか産めないタイプになります。新しい仔を作るには新しい嫁を迎えなければなりません」
相変わらずこのゲームは問題のある表現が多いが、次に進むには新しい嫁が必要なことがわかった。日本では一夫多妻制は違法だが、このゲームでは許されるだろうか。
コウノジロウ「ただ現行の法律では個人が所有できる嫁の数は一体のみ。所有できる嫁の数を増やすのには法律改正が必要になります。その手続費用はたったの十万円です。法律を改正しますか」
→はい
いいえ
つづく
二次元の少子化対策 @uchisoto22
★で称える
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