私はお父様とパパ様がいれば幸せです

 


 婚約の白紙を改めてミカエリスに告げられたマーガレットがその後どうしたかは知らない。ミカエリスが会場へ戻って行くとメアリーは開放されている庭園へ足を運んだ。

 魔法によって今回咲いている花は四季に合わせた花壇に植えられている。特別な行事にしかされない。どの花も今は眺める気分じゃない。

 長椅子に座ってぼんやりと夜空を見上げた。無数の小さな星が紺色を照らしている。小さな星は一つだと微かな光にもならないが、無限に集まれば大きな光となる。

 もしも、自分もマーガレットのようにミカエリスを心の底から慕って、ああやって拒絶されたらどうなるだろうか……。



「想像もつかない」

「こんな所にいたのか」

「あ」



 絶望に落とされて生きる気力がなくなってしまうのか、苦い初恋だったと諦めて次の恋を見つけるのか、もっと別の何かになるのか。答えは誰にも分からない、メアリー自身が分からないのだから尚更。

 気軽に声を掛けてきたのはアーレントだった。主催者の皇帝が外に出て良いのかと首を傾げると「ミカエリスが戻って来たからな、私も外の空気を吸いたくなったんだ」とメアリーの横に立った。



「今日は雲一つない夜空だな。あったとしても、うちの魔法使いによってなくなるが今日はそれが無かった。運がいい」

「陛下。あの、殿下とマーガレット様なのですが……」

「ああ……ミカエリスから聞いた。あいつが決めたのなら、反対するつもりはない」



 ミカエリスは戻ったその足でアーレントに伝えていた。マーガレットとの婚約白紙をきちんと告げたのだ。これからミカエリスの婚約者選定が始まる。マーガレットの今後はどうなってしまうのか。

 ずっと幼馴染としてミカエリスの側にいた彼女に縁談の話はあるのか。ホワイトゲート公爵家には娘のマーガレットしかいない。最悪、親戚筋から養子を引き取る選択もある。



「メアリーはマーガレットが気になるか? 皇后と共にお前を蔑んでいた娘を」

「それは……皇后陛下に影響されてでは」

「かもしれん。だが、皇后がいなくてもマーガレットは同じだっただろう。ミカエリスを好きな気持ちだけは認めてやるが、相手に好意を抱いているだけで皇太子妃は、皇后は務まらない。

 皇帝に愛されるだけの皇后は帝国に必要ない。他国では、身分の低い愛する女性を正妻にし、公務や執務を側室に任せきりにする王族や皇族がいるが……上辺だけの存在など、いずれ破滅する」

「陛下は好きな人はいなかったのですか?」

「生憎と恋愛に縁はない。魔法の魅力に憑りつかれた哀れな男だからな、私は」



 婚約時代の皇后に散々言われた台詞らしい。人に興味を持たず、ひたすらに魔法の研究をしていたアーレントの興味の対象はシルバニアの双子公爵。アタナシウスとティミトリス。

 皇后の地位にしか目がなかった女性だと父達も皇帝も言うが、果たしてそうだろうかと抱く。



「皇后様は」

「どうした」

「陛下を愛しておいででしたよ」

「皇后が? 何故そう思う」

「偶に皇帝陛下についても言われていました。陛下に構われるのは私がシルバニアの娘だからと詰る皇后様と皇太子殿下といた時に出会ったマーガレット様の姿は同じでした」

「……」

「嫉妬、していたのではないでしょうか。陛下の関心を奪い続けたシルバニアを」

「ううむ」



 唸り声を上げたアーレントを見る。理解出来ないと眉間に左人差し指を押していた。皇帝夫妻を殆ど知らないが皇后は皇帝が思うより、彼を愛していた。ただ、肝心の皇帝が魔法への関心が強すぎてその他に示す興味が薄すぎた。

 眉間から手を離したアーレントは見つめてくるメアリーに苦笑した。



「皇帝の役割や魔法が使えても、人としては未熟だったということだ。私も」

「私は……どうなのでしょうか」

「うん?」



 これまで皇太子妃になるから、シルバニアの名を汚さない為に、周りにどんな目で見られようと何を言われようと耐えて努力を重ねてきた。皇太子妃候補から外され、ミカエリスとの婚約を解消された今、メアリーは自分の未来がよく見えないでいた。

 祖父母や父達と同じ不老として、長い年月を生きていく。愛する人を見つけてもいい、魔法使いになって帝国を守る立場になってもいい、なんなら一人旅をして世界を見て歩くのもいいとアーレントは語った。特に最後は、彼が夢見る選択。皇位継承権から遠かったら、迷わず魔法使いとして帝国を守ったか、一人気儘に好きな場所を訪れていてそうだ。

 ふふ、と笑みが零れてしまった。



「陛下は陛下のままで良いかと」

「それなら、メアリーもメアリーのままでいいじゃないか。無理に探さなくても、いずれ見つかるさ」

「はい!」

「そうだ、メアリーに言っておかないといけない事がある」



 声色に真面目さが増やされた。大事な話なのだと身構え、アーレントの話に耳を傾けた。

 話されたのはメアリーが疑問にしていたミカエリスの婚約者としての務めについて。

 人に婚約者としての義務を果たせと言う割に、ミカエリスは贈り物も逢引の誘いもしなかった。マーガレットにばかりしていた。

 長年の疑問は解消された。

 妨害されているとは、考えれば分かる筈だったのは、メアリーにとってのミカエリスもその程度だったということ。

 ミカエリスから贈られていたドレスは、偶に選ばされたあのピンク色のドレスだと聞かされた時は驚きしかなかった。デザインのセンスがメアリー好みで。父達が用意した物だと疑いもしなかった。

 また、ドレス類の他にも誘いの手紙や花にカード、装飾品も贈られていた。だが、装飾品についてだけ父達は知らなかった。調査するとミカエリス付きの侍女が着服していた。



「何故だったのですか?」

「その侍女はマーガレットこそ、ミカエリスに相応しいと思い込んでいたようでな。メアリーの色をした宝石を贈ればメアリーが勘違いをするからと懐に入れ、時期が過ぎると売り払っていたようだ。大金が舞い込んでも羽振りの良さは見せ付けなかったし、ミカエリスも届いてもメアリーが身に着けないと思い込んでいたから碌な確認をしてこなかった。これについてはあいつの落ち度だ」



 件の侍女は既に解雇。皇族の贈り物を無断で換金した罪は重い。罪人が働く収容所へ送られた。

 自分が知らないだけで周囲では様々な事が起きていた。置いてけぼりを食らって剥れたくなった気持ちを察知されたか、アーレントがポンポンと頭を撫でてくる。



「怒らないのか?」

「お父様とパパ様にですか? ううん……私が殿下に恋心を寄せていたら、とっても怒っていたと思います」



 でも、とメアリーは続けた。



「皇室にシルバニアの血は流さない。お祖父様と当時の皇帝陛下との約束を二人は守ろうとしたんです。私が殿下を愛してしまったら、約束は守れなくなってしまうから」

「メアリーはそれで良いのか?」

「最初は期待しました。でも、殿下に好かれなくても私にはお父様とパパ様がいる」



 私はお父様とパパ様がいれば幸せです――。


 醇美で、幸せに満ちた満面の笑みを見せたメアリーを一瞬瞠目するも……瞳を細め、そうか、短く応えたアーレントに今度はそっと撫でられた。



「メアリーが幸せなら、それでいい」



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私のお父様とパパ様 @natsume634

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