第78話 詰問


 リザベットには俺の私室を明け渡した。

 執務室でメイドたちから事情を聴く。


「学院を辞めさせようとした?」

「自分だけ王都で遊ぶなどふざけている、と」

「王家からの要請だというのに」


 彼女らはあいまいに口を閉ざした。

 立場上、余計なことは言えないか。


「言葉の通じる人ではなかったな」


 皆を解散させ、明かりを消して椅子にもたれる。


「……病気になってもらうか」


 貴族は他の身分とは異なる。貴族殺しには大きな代償がともなう。親殺しも兼ねていればなおさらだ。だからといってアレを領内に残しておくのは無理。


 貴族だから。

 親子だから。

 血を分けた家族だから。

 常識的に考えてありえないから。


「やらないとでも?」


 バリックの一族殺しを阻んでおいてなんだが、自分の一族を殺すのに躊躇はない。というか、怨恨関係が広く知られる敵対者の一族よりも容易だ。


 敵の処刑は殺害した事実が広く知られてしまう。

 逆に身内の病死は、外から真実を証明する手立てが乏しい。


 たとえバレバレだとしても、証拠さえなければどうにか。

 この世界には、決闘裁判で神の裁定を問うという最終手段もあるのだ。


 事実を誹謗中傷認定して脅迫的に開示請求し、いかなる反論も封殺するスキーム。まさかこんなところで役に立つ日が訪れるとは。


「ふぅ……」


 殺したいという気持ちが先行しすぎた。

 これは肉体そのものの意志でもあるんだろう。


 何にせよ、まずは真偽確認からだな。

 その日は執務室で夜を明かした。


 翌朝、ユリアーナの一行が館へ到着する。


「おはようございます。お呼びと聞きましたが」

「よくきてくれた。頼みたいことがある」

「その前に、叔母様とアルビーヌ様にご挨拶を」

「ユリアーナ」


 彼女の手を掴んで止める。


「母上はご病気かもしれない」


 後ろでアメリーの顔色が激変する。

 ユリアーナは目を丸くしたが、ややあって、仕方なさそうにほほ笑んだ。


「もともとご病気の方です。容体が急変することもあるでしょうね」

「たとえ身内だろうと俺はやるぞ。ヴェルデン家に害を与えるなら」


 紫瞳が妖しく揺れる。


「私は何をすれば?」


 俺はクルタージ城の一件を話した。


「君はうちの使用人たちから信頼されている。詳しい情報を聞き出してほしい」

「その次は?」

「調査に出した者の報告を待つ」

「わかりました。さっそく取りかかります」

「俺は屋敷を封鎖しておく」


 歩き出そうとしたら、今度はこちらが腕を掴まれる。


「エスト殿」

「……何かな?」

「私はあなたの旗主ですよ」

「明確な支持に感謝する」


 会釈し、すべての使用人を広間へ集めるよう告げさせる。ふとユリアーナの背中を目で追うと、こちらを見ていたアメリーがやたらと力強く肯首した。


 事情聴取は順調に進んだ。


 母上が出所不明の資金を入手していたという証言は取れた。母上に近しい者たちを厳しくと、3日目に折れてようやく情報を吐いた。


 どうやらガストンが命令用に使っていた予備の印章を手に入れたらしい。


 わざと隙を作って抗議に出張らせ、その間に家探しを敢行させる。成果はなし。

 しかし、次の日にジョスランがやってきた。


「閣下、お探しのものはこれじゃないですか?」


 その手には伯爵家当主の紋章が彫られた指輪。


「おお! どこで見つけた?」

「……聞かんでください」

「そういう訳には」


 ジョスランは目を逸らす。

 代わりに隣の若い衛兵が答えた。


「下水の汚物だまりです!」

「お、おう」

「証拠を手元に隠すのは危険ですから、急いで捨てると思いましてね」

「手間をかけたな」

「お安いご用です」


 わざわざゲロとウンコの複合物から取り出してくれたのか……。

 俺は頼りになる男に感謝の意を示した。


 不明金の証言と印章の予備は手に入れたが、これだけでは証拠として弱い。確実に言い逃れのできない何かが必要だ。


 悶々としながら屋敷の封鎖を継続する。

 そして調査を始めてから10日目。


 呼び寄せたリシャールと、成果を手にしたセヴランが館へ戻ってきた。




 俺はちょっとした会議室に母上と姉上を呼び出した。義兄上も一緒だ。

 父上は不在だが、すでに覚悟を決めている。


「まったく。何のつもり? 姉を脅して自由を奪うなんて」

「さすがにレコバン家への侮辱と受け取らざるを得ないぞ」

「…………」


 3人は怒り気味だ。


「義兄上には申し訳なく思っていますが、これはヴェルデンの問題です」


 俺は机の上で指を組む。


「お話がありますので、まずは座ってください」

「心温まるお誘いだこと。何が出てくるのかしら?」

「きっと驚きますよ」


 視線で座るようにうながす。3人は警戒しながら席に着いた。

 口火を切ろうとした瞬間、


「ヴェルデンの話なら」


 意外な声に体が硬直する。


「私も参加するよ」

「リーザ。部屋へ戻れ」


 妹は無視して空いている席に着いた。

 付き添ってきたフラムリス家の令嬢が彼女の後ろに立つ。


 ……あまり家の恥を見せたくはないんだが。


はいい子みたいね」


 母上が口を歪ませて笑う。


 これから起きることを考えると、リザべットを同席させたくはなかった。


 母上が伯爵家の未来に与える害はラインを越えている。彼女がガストンと推進した政策の数々は領内に怨嗟を充満させてきた。そのうえ有事の蓄えに手を出したのだ。


 ヴェルデンの民にとって害になり、俺の生存にとって害になる。


 その原則に抵触する人間には対処する。

 たとえ、いかなる代償を支払う形になろうとも。


「戻らないと一生後悔するぞ」

「もう済ませてきた」

「わかった。さて、母上」

「……………………チッ」


 母上は舌打ちして不快そうに顎を持ち上げる。


 手で合図すると、ユリアーナが母上の目の前に紙束と装飾品を置いた。クルタージ城への命令書と、ガストンが用いていた予備の印章だ。


「これについて説明を」


 母上は緩慢な動作で命令書の束をめくる。

 それから印章を手に取って眺めると、鼻で笑って机へ投げた。

 

「これが何なの」

「使用人たちの証言によると、母上は出所不明の大金を動かしておられたとか」


 話の途中で紙の束が乱暴に投げられた。


「親を疑うの」


 掴んで投げられた印章が俺の額に当たる。


「私が金をやりくりするのがおかしい? どこが悪いわけ? 私にだってそれなりのツテくらいあるわよ。それを怪しむだなんて………」

「怪しんでなどいませんよ」

「?」

「確信を持っています」


 大きな音で手を叩く。

 リシャールに連行され、横領の実行犯、オスカー・ベーレンドルフが入ってきた。


「誰よ」

「クルタージ城のオスカー・ベーレンドルフ」

「フン、知らない名前ね」

「そうでしょうか? オスカー、我らに告白した話をもう一度」


 オスカーは会議机の奥で背筋を伸ばした。


「私は、クルタージ城に保管されていた財産を盗みました」


 一同が彼に軽蔑の視線を向ける。


「盗んだ財産をどうした?」

「ガルドレードへ送りました」

「受け取り人は」

「伯爵夫人です」


 虚ろだった彼の目に一瞬だけ力が宿った。

 レーザーのように母上の顔をじっと見ている。

 母上は机を叩いて立ち上がった。


「はあ~!? 冤罪よ! 知らないわよそんな男! どうせお前の手先でしょ!? 不愉快。ふざけないで。こんなくだらない話をするなら……」


 立ち上がろうとした母上の首に剣の刃が当てられた。

 ユリアーナが抜き放った剣だ。


 レコバン家の騎士たちが踏み込もうとするが、こちらの騎士に阻まれて睨み合う。


「叔母様、話は終わっていません。ご着席を」

「庶子の分際で調子に乗るな! 一族扱いしてやった恩を思い出しなさい!」

「リアナ、お母様に乱暴しないで?」

「お断りします。だって私――」


 彼女はアルビーヌへくすくす笑う。


「あなた方のこと、大嫌いですから」


 ぞくりとするような声だった。

 一瞬で部屋の空気が凍りつき、背筋に震えが走る。


 その純粋な敵意と憎悪のターゲットになった姉上はたじろぎ、剣の腹で肩をコンコン叩かれた母上も不快そうに着座した。


「母上、あなたは出所不明の大金を動かしていたと認めました。あなたの使用人が捨てた汚物から伯爵家の印章が現れ、あなたに不正送金したと認める金庫番がいます」


「どれも無関係じゃない。私の金は私の金。その男は頭がおかしいか、私を陥れるためにお前が用意した卑怯者。使用人のゴミなんて知るもんですか」


「すべてでっち上げだと?」

「当然よ!」

「なるほど、どうやら母上が正しいようだ。どうかお赦しを」


 立ち上がって頭を下げる。

 彼女は勝ち誇り、命令書を千切って俺の頭に振りかけた。


「謝って済む話? こんな愚か者に育ては覚えはないのに。はあ、私って本当に不幸だわ……」

「ところで母上」

「今度は何よッ!」

「大金をお持ちならばちょうど良かった。母上に支払いの請求が届いております」

「はあッ!?」


 ふたたび大きく手を鳴らす。

 今度はセヴランが入ってきた。

 紙束を抱え、見知らぬ男たちを引き連れている。


 その顔ぶれを見た瞬間、母上の顔色が激烈に悪化した。姉上はどうだろう…………ほう、ギリギリでポーカーフェイスを保っているな。


 俺はセヴランから紙束の一部を受け取る。


「どれどれ、内訳は? ほうほう、なるほど。おい商人。伯爵夫人にずいぶんな額を貸しているようだが、これは事実かな?」


「は、はい。貸したと言いますか、取られたと言いますか……」

「喜べ。母上は大金をお持ちだそうだ。すぐにでも返済される。そうでしょう?」

「いつ返そうが私の勝手でしょ!」

「いいえ。この借用書をよくお読みに」


 彼女の目の前に借用書を突きつける。


「期限までに返済しなかった場合、請求先は伯爵家に変わると記されております。私は政務代行ですから、決して無関係ではありませんよ?」

「ッ!?」


 母上は激発して借用書を破り捨てた。


「お前、ふざけるなッ! 私を騙したなッ!?」


「お言葉ですが奥様! 何度も無理やり借りるばかりで、一度も返済なさらないじゃないですか! 私どもとて、生きていかねばならないのです!」


「平民の生き死になどどうでもいいッ! 領主の一族には権利があるッ!」

「そうまで言われては、我々とて前へ出るしかありませんよ!?」

「母上の言い分が正しい。貴様らに抗議や抗弁の権利はない」

「なっ!? それはあんまりです」

「文句でも?」


 彼はユリアーナの剣を恐れ、怒りを煮えたぎらせながら引き下がった。


「民は領主の財産であり、民の財産は領主の財産。何をしようと我らの自由。ただしそれは領内に限った話。よその領地で借りた金はキッチリ返さねば」


 セヴランへ合図する。

 彼は部屋の外へ呼びかけた。


「政務代行閣下がお呼びです。どうぞこちらへ」


 睨み合う騎士たちの間を通り、身なりと恰幅の良い人々が室内へやってきた。


 彼らは義兄上に気づいて硬直する。

 義兄上も不審そうに目を細めた。


「これは、ご子息様」

「モンティーユ商人ギルドの。なぜここに」

「我々は借金の回収に参りました」

「借金だと? まさか相手は……」

「ええ。ヴェルデン伯爵家の夫人です」


 母上は醜悪な顔つきで彼らを睨み、姉上は血の気が引いたように青くなった。


「このところ返済が滞っておりましてね。困り果てていたらヴェルデン伯爵家の方がお見えになられ、政務代行様に相談してみてはと」

「そ、そうだったのか」


 義兄上は反応に困っている。

 そうだよな。義理の母が自分の地元で借金してるなんて聞いたら。


「なぜ私に話が届いてこない?」

「はあ。ヴェルデン家の問題は奥様に話せとのお達しでは?」

「お達し?」

「そういうご命令が伝わっております」

「アビー?」

「……平民との会話なんて、いちいち覚えてないわ」


 姉上はしらばっくれた。

 商人は姿勢を正す。


「とにかく。我々もこれ以上は待てません。利子を含めてとまでは言いませんから、せめて貸した分だけでも返済していただきたい」


「無礼者……誰か、この下民を殺しなさい!」


「ヴェルデンの客人はケアナの白鷲が守ります。指一本触れさせない」


 レコバン家の騎士たちは動揺した。

 ユリアーナってわりと有名なんだなー。


「まあまあ、そう殺気立つこともない。あのな、商人。伯爵夫人は自前のツテで大金を動かせるという話だ。心配せずとも、今、この場で返してもらえるはず」


「おお……。それはありがたい」


 ミリほども信用していない目だ。

 にもかかわらず、話の筋を察して合わせてきた。

 なんと抜け目ない。


「頭を悩ます金貨の話はとっとと済ませよう。いくらだ?」

「はい。残額は合わせて120万クーラとなります」

「120万!?」


 義兄上がのけぞる。

 5憶8200万円だもんな。

 レコバン家が裕福といえども、気軽にポンと扱える金額ではないようだ。


 「さあ母上。支払ってください? これを無視したらヴェルデン伯爵家の信用問題になります。あ、もちろん私は肩代わりしませんよ? さあ、早く。今すぐにツテを総動員して! さあ、さあ、さあ!」


「うるさいッッッ!!」


 母上は椅子を蹴倒して立ち上がり、髪をかきむしって叫んだ。


「あーーーーもぉーーーーッ! 何なのよッ! 楽しいッ!? 母親を追い詰めて楽しいかッ!? クズッ! 害虫ッ! お前は誰の子よッ!? なんで味方してくれないのよッ!? どうせその平民の味方なんでしょッ!?」


「当然です。借りたものは返さないと」


「はいはい、ごめんなさいねーーーッ! じゃあもう支払わないから自分でなんとかしてくださいーッ! 私には関係ないッ! 政務代行だかなんだか知らないけど、そんなに偉いんだったら人にネチネチ言ってないでお前がやりなさいッ!」


 はいー?

 理屈もなんもねえな。


「えーっと、つまり金はないと」


「ないわよッ! ええ、そうよッ! クルタージ城から金を運ばせたのも私よッ! だから何なのッ!? しょうがないでしょッ!? 誰かさんのせいでカツカツなんだからッ! ほら、あんたが悪いッ! 天罰よッ! 自分のやったことの報いを受けて、少しは反省でもしたらッ!?」


 お、自白した。


 地獄みたいな空気の中、母上は物を投げたり、紙を破いたりして暴れ回る。

 やがて疲れたのか、その場に座り込んで泣き始めた。


「もうやだ。もうやだよぉーーー。なんで私ばっかりこんなに苦労するの……? 何も悪いことしてないのに……皆が責めてくる。ほんと意味わかんない……ッ!」


 彼女が大口を開けて嗚咽すると、騎士たちをかき分け、ノートガルム公国からついてきた老侍女が部屋へ突入してきた。


「ああ! お嬢様、お嬢様! なんておかわいそうに……!」


 老侍女は母上を抱きしめてあやす。

 そしてこちらをキッと睨んできた。


「実の母親に人前で恥をかかせて泣かせるなんて! 人の心がないのですか!?」

「お前は何を言っているんだ」

「あなたは何もわかってない。いいでしょう。この機会に私が教えて差し上げます。お嬢様がどれだけ辛い思いをしてきたのか。あなたがどれだけ残酷なのかを!」


 彼女は母上をヨシヨシしながら、こわばった声音で語り始めた。

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