第73話 コップの水


 アメリーの部下がアンリたちを捕らえる。


「間に合ったようですね」

「よくきてくれた! マジでほんとに助かった! ありがとう、ガチで愛してる!」


 興奮しながら彼女を抱きしめる。


 今まさに文化祭のラストライブを終えたようなテンションだ。100万ドルの予定調和より、1ドルの幸運のほうがいいと説いたのは誰だったろうか……?


 ややあって我を取り戻す。


「ここから東に敵の歩兵が」

「すぐに攻撃します」


 アメリー率いる50人の騎兵が、乱れ走る歩兵を次々に撃破していく。勇気づけられた味方も反転攻撃をかまし、敵を散々に打ち破って降伏に追い込む。


 やはり騎兵!

 騎兵こそが戦場の王だ!


 余勢を駆ったアメリー隊はソボロリール外の敵兵を襲撃し、冤罪の恨みをぶつける囚人たちや城の守兵と連携。敵を川の向こうへ追い払った。


 敗走兵を追撃していたジョスランもまた、連絡を受けて敵へ降伏を呼びかける。


 かくして戦いは終わった。



 俺たちは近くの城で説明を受ける。


「エストケ城を包囲している?」

「フェルタンが?」

「逆じゃないんですか?」


 アメリーの言葉を聞き返す。

 意味が分からない……。


「はい、間違いなく。フェルタン様が城を包囲する側です」

「なんでそんなことに……」

「ご説明します」


 彼女によるとこういう経緯だった。


 ヴェルデン東部に入ったフロラン・フォルクラージュは、手持ちの騎兵を2部隊に分け、自身が300人を、分隊長には200人を率いさせて略奪行を始めた。ユリアーナは分隊に目もくれず、ひたすらフロランを追跡する。


 一方のエストケ城。敵が隊を分けたと知らなかったフェルタン勢は城を捨てる方針で一致する。傭兵と民兵だらけで、反対しそうなやつが退去していたのが良かった。彼らが城外に隠れると、通りかかった敵の分隊は大喜びで入城。補給を始めた。


 意外にも少数なのを見たフェルタンたちは、急いで引き返し、秘密の抜け道以外では唯一の出入り口である正門を塞いでしまった。焦った敵が突破を試みるも、馬防柵とメディロンの弩兵、密かに招いた魔法使いという隠し玉が功を奏して押し込める。


 あいつ、やるじゃん。


 騎兵の威力と機動力が完全に殺されている。

 狭い出口を狙い撃ちされたら、どうにもな。


 こうして敵の分隊はエストケ城に閉じ込められ、分隊の襲来に備えていたシモン隊と近隣の騎士たち40人がユリアーナへ合流。


 ここでアメリーだ。


 ケアナ城を預かる彼女には、エストケ包囲の報告と俺からの伝令が同時に届いた。


 各地の騎士が集結するならユリアーナへの増援は手持ちの半数で十分――そう判断し、より騎兵が必要になるであろう南部の様子を確認しにきた、というわけ。


 何この……神かな?


 あ、いえ、女神です女神。

 本物の神様ごめんなさい怒らないで。


「しかし、よく50人の騎兵を用意できたな」

「ケアナでは身分を問わず、すべての兵に騎乗戦闘の訓練を課しております」

「なるほど、それで……」

「では、私はエストケへ向かいます」

「現地の判断はすべてユリアーナに」


 別れの挨拶を交わしていると、伝令が駆けこんでくる。


「伝令! 大変です! 一大事です!」

「どうした?」

「ケアナ公が、ケアナ公が……!」

「お嬢様がどうしたッ!?」


 アメリーが伝令の首を絞める。

 ユリアーナが大変? ま、まさか……!


「ケアナ公が、フロラン・フォルクラージュを捕らえました!」




 俺たちはジョスラン隊を南部に残し、エストケ城の包囲陣を訪れた。足の傷はすぐにワインで消毒したため大事には至らなそうだ。


 口をへの字に曲げる頑固老人を眺める。

 角ばった顔。分厚い胸板。

 コシのある色褪せた赤髪。


 見るからに反骨心の塊。

 貴族というより、郷里の手ごわい爺ちゃん。


 それがフロラン・フォルクラージュの第一印象だった。


 何を問われても顔を背けるフロランだが、リシャールが姿を現すと反応する。


「見た顔だ」

「おおよそ30年ぶりですか」

「かつての美男も好々爺。儂も老いるわけだ」


 彼は、縛られたアンリを認識して鼻を鳴らす。


「フン、つまらん。儂もぼんもロイクの孫どもに敗れるとは」


 報告によれば、ユリアーナは祖父の名を使ってフロランを挑発し、引きずり出した先で決戦に及んで撃破したらしい。


 臨機応変によくやってくれた……と思って視線を送ると、またもやバッチリ目があった。緊張気味に固まった彼女へ無言でうなずく。彼女は安堵したように破顔した。


 指示を破ったから心配していたのかな?

 将、軍に在りては君命をも受けざるところにありってやつよ。


 俺はフロランの前にしゃがむ。


「勝敗は神の気まぐれです。誰にも気取られることなく1500を超える兵を集め、密謀を駆使して敵を欺いた戦略は実に見事! バリック卿も、このエストも、まんまと裏をかかれました」


「憐れみなんぞいらんわい。とっとと殺せ」


「あなたは侯爵家の一族。扱いはバリック卿に委ねます。このうえは、兵を無駄死にさせないように投降を呼びかけてもらえませんか?」


「侮るなよ、若造。アンドレの邪魔になるような真似ができるか」

「貴公とアンドレ卿は不仲なのでは」

「儂の家名はフォルクラージュだ」


 普通なら拷問される状況だろうに。

 気合入ってるなー。


「妹と一緒にヴェルデンの内乱を煽り、最後は自ら斬りこんで一撃を加えた。もう思い残すことはありませんな?」

「貴様は己を賢いと思っていよう。せいぜい、ロイクのように耄碌せんことだ」

「ご忠告どうも」


 妙にあっさりしているな。

 もっと呪詛でも吐くかと思ったが。

 ま、敗軍の将にあれこれ語らせるのも酷か。


「エスト・ヴェルデン!」


 踵を返すとアンリから呼び止められる。


「どうしてスキルを使わなかった! 俺を侮っていたからか!?」


 あ、あー……。

 何らかのスキル持ちだと警戒していたから、包囲を狙ってこなかったのか。


 言われてみれば確かに。

 普通、魔族討伐には特殊能力を使ったと思うよね。


「純粋な軍の力で決着をつけたかった。それだけだ」


 俺は思わせぶりに答えた。



 フロランと会話をしてから7日後。

 凶報、いや朗報がもたらされた。


 ――バリック軍、侯爵軍を撃破。


 片や扇動されて参加した民兵が、片や強制徴収された民兵が加わり、両軍合わせて9000名を数える会戦になったという。激戦の末、おびただしい数の死者を出して侯爵軍が撤退した。季節は厳寒。民兵の何割が生きて帰れるだろうか。


 武装蜂起まがいの農民を貴族へ差し向けるなど、危ないことをやってくれる。革命に目覚めたらどうしてくれるんだ。同志だけに。


「父上は貴公が私に援軍を頼み、共に大叔父上を追いかけると思っていたようだ。進んだ先で我らを足止めして、睨み合っている間に背後から挟み撃ちする作戦だな」


「しかしフロランはヴェルデンへの攻撃を優先し、俺たちは別行動だったと」


「当ては外れたようだ。それでも手ごわかった。息子としては誇らしい」


 そう語るのは、会戦に勝ったバリック本人。

 無傷のバリック軍に敗れたアンドレ卿は、本拠地で守りに徹する構えだ。ジリ貧だけど。


「今回は俺の浅慮でとんだ迷惑をかけた」


 彼の話よると、侯爵に動く余裕がなかったのは俺が境川の北に陣取っていたからだという。どこから侵入するかわからず、備えの軍を用意していたのだと。


 結果、本拠地が手薄となり、魔物の対処に手元の精鋭を割かざるを得なくなった。

 そして、俺が川を渡ったから軍を呼び戻してフリーハンドになったそうだ。


 渡河はつくづく最悪の判断だった……。


「私も貴公も勝ったのだ。勝ったならなんでも良いではないか!」


 彼はひとしきり笑うと、囚われた一族の前に立つ。


「大叔父上、久しぶりです」

「…………」

「アンリも接戦だったと聞いたぞ」

「黙れ、裏切り者が」


 アンリは呪わしげな声で目をつむる。

 バリックは激しい憎悪を向けられても一切揺らがず、朗々と主張する。


「世の中、けじめというものが重要だ。始まりがどうであれ、お前たちは負け、我らは勝った。であれば、決着はしっかりと世の中に示さねばな」


 彼が手招きすると、神官がやってきた。

 これは、まさか……末期のお祈りか?


 おいおい、本気かよ。

 一族とはいえ、このクラスの貴族を殺すのは影響が大きすぎるのでは?


「クラリス。最期の言葉を交わしておけ」

「兄上。兄上にとって一族とは何なのですか」

「公の下にあるものだ」


 バリックは剣を抜き、諦めたクラリスは大叔父や次兄と会話する。


 んんん~~~どうすべきか。


 今ここで死なせたら、バリックが殺したと主張しても確実に俺が絡んでると思われるよな。貴族が他人の残酷さを気にしないのは、自分たちは対象外だとわかっているからだ。同ランクの者をあっさり殺したとなれば、さすがに話は変わってくる。


 ましてや立場上は王国の身内。小競り合い中の不幸な事故ならまだしも、捕縛後の殺害は国内の喧嘩にしてはやりすぎと取られるかも。


 殺したら殺したで多少のメリットはある。領内の臣下は納得するし、ヴェルデンに害なす者は必ず殺すという強烈なメッセージが残る。


 でもそれって、あいまいだった他人に立場の選択を迫る道でもある。

 最悪、俺とバリックに村八分以上の包囲網的なものが形成されるのでは?


 確たることは何も言えないが。

 作為的な、陰謀めいたものを感じるな。

 心のアルミホイルが危険を訴えている。


「ヴェルデンの諸君。両家和解の証として我が一族の首を贈ろう!」


 バリックが腕を振り上げた。

 その目には一切の迷いがない。

 やるべきことをわかっている男の顔だ。


 ゴールのために己を割り切る天才なのかも。


 サーコートには槍を支えに上向く竜の紋章。


 彼は昇り竜だ。

 非難も賞賛も糧にして天高く飛翔する竜。

 今まさに伝説が産声を上げようとしている。


 ならば、こちらのやるべきことは……!


 俺は抜剣して決意の一撃を阻んだ。


「何をする!?」


 ほう。バリックでも驚きはするんだ。

 っていうか手が痛すぎて泣きそう。


「確認だが、君は公憤のために決断したんだよな?」

「そうとも! 王国のために犠牲を払う覚悟はある!」

「なら、ふたりを殺す必要はない」

「それではヴェルデン家とて収まりが――」

「必要ない」


 彼は困ったように剣を引いた。


「しかし、大叔父は伯爵家の領内を蹂躙した」


「鳥が魚をついばむように、戦に騎行と略奪はつきものだ。戦場でのことをいちいち恨みに思っていたら貴族なんて務まらない」


「領内の反乱も扇動した」


「誰からも謀略は仕掛けられるものだ。油断していた俺の落ち度にすぎない」


「……弟は貴公を侮辱したぞ」


「その借りは戦場で返した。家としての償いも君が果たしてくれた。となれば、残るは個人的な感情のみ」


 剣を鞘にしまう。


「私憤でヴェルデン家の格を落とすわけには」


 バリックは剣を肩に担いで考え込む。

 俺は周りに命じて水を持ってこさせ、コップの中身を地面へ空ける。


「けじめは重要だが、ここでふたりを殺せばまた同じことの繰り返し。せっかく器を空にしたなら、新しく満たす水を血で穢すべきではない。そうだろ?」


「恨みを呑み込み、内側からの反発を引き受ける覚悟だと?」


「そちらも風当たりの強さを承知で行動に踏み切った。公への奉仕には義務で返す」


 南部の感情がそれで収まるとは思えないが、他地域の民と侯爵領民は関係が良好。

 ならば国内諸侯へのポーズを優先したい。


 つくづく南部の旗主を消しといて良かった。


 コップに水を注いで突き出す。

 バリックは剣先を地面に刺し、隻腕で受け取った。


「バリックほどの大将と縁を結べたんだ。もうフォルクラージュはどうでもいい」

「――そうか。貴公の捕虜だ。扱いは任せる」


 彼は水を飲み干し、コップを部下へ渡す。その足でエストケ城へ投降を呼びかけると、彼の出現で勝敗を悟った騎士たちは降参して外へ出てきた。


「今、この感情を語るすべは持たない。いずれまた会おう」


 バリックは握手を求め、現れたときと同じく風のように去っていった。


 悪いな、プリミエール。

 そちらのペースに乗るのはやめだ。


 公のために私情を捨てた悲劇の英雄、というルートは潰させてもらったぞ。


 俺はお前の信者じゃないし、ここはお前のステージでもない。恩は売らせないし、完璧なフィナーレは決めさせない。美味しいところはヴェルデン家がもぎ取る。


 それにだ。


 たぶん、あいつは家族殺しの十字架を背負ったら行くところまで行く。

 “ホンモノ”から“マジモン”にランクアップしたお隣さんとかこちらも困るしさ。


 だから、この結末でひとまず幕を引こう。

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