第71話 防衛戦・1


 会談を終え、部隊に移動命令を出す。

 見送るバリックは心配そうだ。


「本当に我らも同行しなくて平気か?」

「あの手紙が事実なら、貴公は侯爵の襲来に備えるべきだ」

「わかった。大叔父は目立った戦功こそ乏しいが熟練の指揮官。神の加護を祈るぞ」

「お互いに」


 乾杯してワインを飲み干し、別れを告げて部隊の先頭へと戻る。振り返ると、彼は見えなくなるまで隻腕で手を振っていた。


 あの後、別の騎士を用意してフロランの手紙をアンドレ卿へと送らせた。1通でも届かなければ情報漏洩を警戒される。


 情報は握った事実そのものを伏せておくべし。


 バリックの部隊は予定通りに南下してモンシェール城の接収へ向かい、東へ進んで侯爵を待ち受けるとのことだ。


 俺たちのほうは敵地の回遊から一転。北上して地元の防衛に舵を切る。


 フォルクラージュ領はヴェルデン領の南東だ。フロランの軍はモンシェール――フォルクラージュ南西から西へ進んで北上し、凍結した大暴れ川を渡るに違いない。こちらも往路を引き返して北西へ流れ、ヴェルデン南東から追跡する。


 敵が出発したのは3日前。

 タイムラグを考えると4日前か。


 侵入は防げないだろうな……。


 ユリアーナが馬を寄せてきた。


「騎馬を遊ばせておくのはもったいないです。守備隊の士気を保つためにも、私が先行して姿だけ晒してこようかと」

「いい案だと思う。決戦は避けろ」

「味方を支援しながら来援をお待ちします」


 彼女に200の騎兵を託す。雪煙が辺りを覆い、やがて姿が見えなくなった。


 2日後。待ち伏せに警戒しながらヴェルデン領の南東に入る。最寄りの旗主が出迎えにきた。


「閣下、よくぞお戻りに」

「何か連絡は届いているか?」

「ユリアーナ卿より伝令が」

「連れてこい」


 ユリアーナの騎士が進み出てくる。


「敵の数はおよそ1700。軍勢を二手に分けました。片方は歩兵中心。ソボロリールに蓋をしながら南部の村々を焼いています。もう片方は騎兵のみで東部へ進軍中。数は500ほど。率いているのはおそらくフロラン本人かと」


「速度重視の略奪行か」


 いい年の爺さんだろうになんて元気だよ。

 封建時代のシルバーは生命力が違うぜ。


「現在、ケアナ公が追跡中です」

「騎兵同士の正面対決は厳しいだろうな」

「歩兵をいくら送っても追いつけません」


 リシャールがこめかみを抑えた。


「戻ってユリアーナへ伝えろ。我らは南部の対処へ向かう。なるべく挑発に乗らず、着かず離れずで監視を続けるように。反転に注意しろ」


「了解です」


「敵は隊を分割して中部や北部に流れるかもしれない。そちらにも伝令を出せ」


「お伝えします!」


 伝令は馬にまたがって出発した。


 さて、フロランの目的はどこにある?

 村の破壊? 部隊を釣り出して各個撃破?


 ……両方だろうな。


 対処すれば戦力が削られ、対処しなければ領地の一部が灰燼に帰す。


「厄介な真似を」


 ジョスランのつぶやきは全員の思考を代弁していた。

 俺はわずかに残った騎士たちを全員呼んだ。


「貴様らは領内全体を巡り、すべての騎士と騎兵をガルドレードに集結させろ。中部や北部に入ってきたら監視と追跡に徹するように」

「ハッ!」

「我らは南部の救援へ」


 凍った大暴れ川を左手に見ながら進軍する。


 ソボロリール城には400の守兵がいる。

 使い物になるかは未知数。

 こちらは南東旗主たちの兵を加えて600。

 対する敵は1200あまりと思われる。


 押さえの兵を置いて略奪に向かっているなら、城を囲むのは少数のはず。常識で考えればこちらを攻めて城方と挟むべきだが……。


「臭うな」


 いかにも攻めてくれといわんばかりの配置だ。略奪は罠で、手薄になったと思ってのこのこ出ていったらこちらがサンドイッチになる気がする。


 城兵の練度と連携も不安だ。

 彼らの存在はないものとして考えたい。


 あれこれ考えていると偵察が戻ってきた。


「ソボロリールを囲む兵は400ほど。どうやら雑兵も交じっているようですぜ」

「例の冒険者たちかな?」

「いかにもそんな雰囲気で。最前線に置かれて盾にされてやした」

「城内と連絡を取れるか?」

「あの数ならどうにか」

「よし。冒険者を殺さないよう伝えろ。無理ならこの手紙を射ち込め」


 彼らを見逃す命令を記した手紙を渡す。


「俺たちも行かせてくれ!」


 同行していた冒険者たちが申し出る。

 斥候は口ごもった。

 敵のスパイだと疑っているのか?


 ……確かに織り込み済みで敵陣へ送り、信用させたところで裏切らせる手はある。


 だが、俺は彼らの言葉を覚えている。


「案ずるな。冒険者はギルドの仲間を裏切らない」

「しかし……」

「この者に勲章を与えたのは俺だ」


 斥候は口を閉じて引き下がった。


「他に情報は?」


 別の斥候が発言する。


「敵の別動隊は隊を分け、連携が取れる範囲で行動しています。紋章は槍を持つ竜」

「率いるのはアンリか。よくぞ調べた!」


 思わず彼の肩を両手で叩く。

 斥候は照れながらはにかんだ。


 一族がそちらにいるなら、包囲は囮に違いない。


「我らは略奪者を叩く。友のため、故郷のために奮戦せよ!」


 力強い返事が響く。


 今回の戦いは内紛ではない。

 外敵の侵入に対する防衛戦だ。

 兵士たちの士気も目に見えて高い。


 数は不利だが、これなら戦いになるだろう。




 途中で拾った地元民の案内を受け、敵軍を追跡する。


 2日後の日没、ソボロリールの門を塞ぐ軍勢を遠方に発見した。間違っても雑談が風に乗らないよう、兵の口に貨幣を含ませる。大きく迂回して森に隠れながら西へ進み、木々の合間で休息を取ると、翌未明に再び行軍を再開した。


 ソボロリールや偵察から見えない距離まで進むと森を出る。街道に沿って進むうち、悲惨な状況が目に入ってきた。


 道のあちこちに民の死骸が散乱している。


 凌辱された女。拷問を受けている途中で逃げたらしき男。子供や老人も惨殺されており、通過したいくつかの集落は家が焼け落ちて灰と黒炭になっていた。


 目玉を抉り出された死者にカラスがタカっている。


「クソッ! ひでえことを!」

「許せねえ……! ぶっ殺してやる!」

「隊列を乱すな! 命令に従い、速やかに移動しろ!」


 いきり立つ兵たちを抑えるのも一苦労だ。

 気持ちはわかるが、怒りに呑まれたまま戦えば待ち受けるのは敗北のみ。


 悪臭に鼻をつまんで先を急ぐと、坂の上に薄く黒い縦線が見えた。距離が近づくごとに正体がはっきりしてくる。


「閣下、煙です!」

「勢いが強い。今まさに燃えている証拠だ。皆、無言で隊列を整えろ。声を発した者は処刑する」


 旗主が口を押さえて大仰にうなずく。


 手持ちの兵を16組に分ける。

 1組あたり30人で、俺の直下のみ50人。


 村落内は道が狭くて障害物が多い。土地によっては段差もある。そのうえ乱戦状態になりやすい。1組を大きくすると、団子になって戦力を活かせない可能性がある。


 小分けして柔軟に動かすほうがいいと判断した。


 旗主たちの100人はそれぞれに率いさせる。

 劣勢になった場所をカバーする遊撃隊だ。


 歩兵同士なので釣り野伏でも決めたいところだが、ヴェルデン軍の練度では囮部隊がガチの敗走になり、なし崩し的に撤退からの追撃を受けて壊滅しかねない。


「ジョスランは3組を率いて左端。リシャールも3組で右端に付け。敵にこちらを包囲させるな。連携に警戒しつつ、1組は敵の斜め後ろに置いて圧力を与えろ」

「かしこまりました」

「よろしい。では全軍、静かに進め」


 剣の切っ先を前方へ突きつける。

 部隊は長い波が寄せるように、密やかに坂を上った。


 坂上から目を凝らす。


 800メートルほど先の村が火に包まれている。もうもうと立ち上る黒煙。ここまで届く木材が爆ぜる音。風に乗った音に交じり、微かな悲鳴と戦闘音が聞こえてくる。


 俺は振り返って唇に指を立て、剣の切っ先を天へ向けたまま馬を歩かせる。敵軍の背中が判別できるようになってきた。手前の敵は破壊や強姦に夢中で、奥の敵は戦闘に没頭していてまだこちらに気づかない。


 数は見える分でも200ぐらいか。

 屋内や物陰も含めれば倍はいそう。


 学校のグラウンドにあるトラックほどの距離まで近づくと、遊んでいた敵が不意にこちらを向いた。俺は剣を振り下ろす。


「射撃開始!」


 歩きながら準備していた射手が矢を放つ。

 農婦を輪姦していた男たちの背中や下半身に、飛来した矢が突き立った。


「攻撃せよ!」


 怒鳴り声を発した味方が敵軍めがけて走り出す。


「隊列を乱すな! 隊列を乱すな! 怒りに呑まれて道を塞ぐな! 整然と行動しろ! 隊列を乱すなーーー!」


 あらん限りの全力で叫ぶ。その呼びかけも空しく、半分ぐらいの味方は逸る気持ちを抑えられずに狭い道へと殺到する。小川にかかった小さな橋は早くも渋滞を起こし始めていた。


 俺は左右を見渡し、ジョスランとリシャールへ家屋を回り込むよう指示する。彼らの隊が動き始めると、槍隊を後方に置き、村の周辺へ偵察を放った。


 あちこちで金属音が鳴り始める。

 どうなっている? 全貌が掴めない。

 敵の総数は? 味方の損害は?


 敵の支隊が連携の取れる位置にいるならば、遠からず合流しにくるはず。挟み撃ちされる前に有利な位置を押さえて備えを固めておきたい。


 首を伸ばして歩兵の戦いを観察する。


「閣下!」


 横から兵士が走ってくる。

 敵の鉄砲玉かと思って落馬しかけたのを取り繕い、答えた。


「どうした!?」

「セレナリア公より伝令! 村の後方で民兵どもが敵と戦っております! 虐殺ではありません! 60人ほどの我が民兵です!」

「事実か!」

「間違いありません!」

「よし!」


 馬の向きを変え、攻撃命令を待つ旗主たちに駆け寄る。


「遊撃隊は二手に分かれ、片方は左斜め後ろの警戒に当たれ! もう片方は俺についてこい!」


 次いで弓兵の組に声をかけ、30人の射手を引き抜いた。130人で村の右側を大きく回り、リシャール隊の後ろを通って村の後方へと抜ける。


 民兵たちは小さな起伏に頼りない柵を置き、背後の広めな建物を守っている。先頭では下馬した騎士たちが戦っていた。民兵はバタバタと死んでおり、すでに数を40ほどまで減らしている。


 彼らを攻めるのは100人あまりの敵兵。

 こちらに気づいて半数が向きを変えた。


 俺は旗主たちに背中を任せ、小さな倉庫を左の壁にしながら弓隊を最前列に出す。


「放て!」


 数人死ぬが、残りは盾で防がれた。


「弓隊は奥の友軍を支援しろ! 重装歩兵、前へ並べ!」


 40人の重装歩兵が整列する。


「前進!」

「オオォォォーーーッ!」


 彼らが雄たけびを発すると眼前の敵歩兵はひるんだ。明らかに装備差がある。敵兵視点だと、下馬した騎士が40人いるかのように感じるだろう。


 浮足立った部下を叱咤していた敵がこちらを指差して叫んだ。


「見ろ、ヴェルデン家の紋章だ! あそこにエスト・ヴェルデンがいるぞ!? エストを殺せば褒美は思いのままだ! フォルクラージュの英雄になりたい者は誰だ!? エストだ! エストがいる! ガルドレードの害虫卿を殺せ!」


 その声はやたらはっきりと戦場へ響いた。


 一瞬だけ音が止む。


 次の瞬間、村落の中で戦っていた敵兵が波のようにこちらへ押し寄せてきた。


「しくった!」


 ヤバい! チャンスに気を取られて旗を本隊に置かせるのを忘れた! いやまあ、普通の貴族なら絶対にそんなことしないから、間違いとも言えないが。


「ど、どうします!?」

「考えてる暇はない! 突撃だ! あそこの味方と合流するぞ!」


 残りの歩兵と一緒に前進する。

 振り返ると、旗主たちがまごついていた。


 急激に! 頭に血が上る!


「ざっけんじゃねぇクソゴミがぁーーーッッッ!!」


 射手から弓を奪い、旗主へと打ちかける。


 そこでヒヨってるせいでサンドイッチされて死ぬとしたら、お前らも道連れにしてやるからな……! 絶対にだ!


 殺意を込めて次の矢を放つ。

 馬体に刺さり、ひとりの乗騎が猛進した。


 焦った旗主たちは慌てて前進を命令する。


 俺は弓を返して剣を抜いた。


「殺せ! 皆殺しだ!」


 叫びつつ速度を上げる。

 まるで前線に躍り出る勇猛な大将だ。


 かっこいい? 残念、違います。

 最も安全な重装歩兵の中心に入りたいだけ。


 しかし、彼らは空気を読んで道を開けてしまった。


 おい! 待て!?

 話が違うだろ!? それはよぉ!


「ああああああ!!」


 勢いのままに敵へ突っ込む。

 馬は棹立ちになって止まった。


 雑兵っぽいのを3人殺ったところで左足の外側を浅く斬られる。向けられる武器の量が違いすぎるんだけど~~~ッ!?


「害虫卿、覚悟ッ!」


 あ、死んだな。


 そう思った瞬間、


「閣下を守れッ!」


 下から引っ張られ、仰向けに落馬した。

 兵たちが4人がかりで受け止めてくれる。


 入れ替わりでヴァレリーが最前列へ飛び出た。


「殺す! 殺す、ころす、ころす、ころす、ころす!」


 彼女の小さな体躯に似合わぬ迫力と、底冷えするような罵声。何より圧倒的な技量に怯えた敵兵はじりじりと下がっていく。旗主たちが合流したタイミングで、民兵を率いるヴェルデンの騎士たちも柵を出て下りてくる。


 敵は仲間に合流しようと道を開けた。

 その隙間を縫って急いで駆け上る。


「か、閣下! エスト卿! どうしてここに……いえ、一生感謝します!」

「まだ戦は終わってない! 味方が追い付くまでしのぐぞ!」


 鼻水を垂らして半泣きな騎士の顔をはたく。


「場所の移動を」

「後ろの建物に村人が」


 もうひとりの落ち着いた騎士が報告する。


「なんという……」


 俺は周囲の味方へ叫んだ。


「ヴェルデンの守護者たちよ、背中に我らの民がいるぞ! 足に根を張れ! 勇気を示せ! ガルドレードのキープと思い、一歩たりとも退くな!」


 道中の死体を思い出したであろう兵士たちは、背後に目をやり、気合を入れ直した。敵も必死で攻め寄せてくるが、今度は170人あまりが半円陣を組んでいる。


 完全武装の重装歩兵が要所を固め、弓兵が射ち下ろし、容易には突破できない。


 手でひさしを作って村を眺める。

 敵は300と……50人ぐらいかな?

 村内に死体が目立つため、やはり400ぐらいはいたようだ。


 粘っているとすぐにリシャール隊が追い付いた。やや遅れて村を横断した歩兵も加わり側面を取る。左を大回りしていたジョスラン隊は、機転を利かせて敵の背後のみを塞いだ。


「おお! 黄金の橋だ!」


 ゴールデンブリッジは西洋の呼び方で、東洋的には囲師必闕とも呼ぶ。


 穴を塞いで完全包囲すると敵は死に物狂いで戦うが、包囲に穴があると逃亡が頭をよぎる。末端の兵士は特にだ。すると算を乱して縦長に逃げるため、隊列が崩れて組織的な反撃ができなくなる。


 敵は軍としての機能を失い、個々人に戻りながら西へと逃走した。


「追撃せよ!」


 足を手当てされながら命令する。


 三々五々に逃げ出した敵は次々に背中から討たれ、かなりの数を減らしていく。


 鬨の声が上がった。

 手元に留めた兵が死体漁りを始める。


 水を飲み、村人たちを外へ出してゆっくりする。皆が笑顔を浮かべていた。偵察のみ残し、槍兵や旗主の部隊を呼び寄せる。


 10分ぐらい休んだだろうか。

 そろそろ追いかけようかと思っていると、村の入口側から斥候の角笛が鳴った。


「どうしたのでしょう?」

「まさか……!」


 建物の扉を開き、階段をよじ登る。

 足は痛むがそれどころじゃない。


 脇を支えるヴァレリーが小さく息を呑む。


 2階の木窓から遠くを眺めると、敵の新手が進軍してくるのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る