第56話 ポジティブ
戦いは終わった。
俺とリザント家当主、ダスタン・リザント以外の全員にとって喜ばしい形で。
教会関係者の介入によって流血を回避したため、早くも聖ニコラウスの奇跡だのと吹聴するやつらまで現れている始末。これは後に響くかもしれない。
ダスタンについてだが。
彼は密かにガストンと交流していたとか。
あの男が処刑された直後から、次は自分だと予測して準備を進めていたそうな。
曲がりなりにも和平で決着したため、リザント家を始めとする旗主たちは助命して修道院送りとする。もちろん修道院とは名ばかりの監獄みたいな場所だ。
彼らにとっちゃ何も好転していない。
が、俺がぶち殺しまくるタイプのため、慶事かのように思われている。
旗主たちにとっては、たとえ己が無期懲役で腐って死ぬとしても、家の血筋が絶えないことのほうがよほど重要らしい。
彼らの幼子はニコラ司祭の責任で他国の教会へ送られる。
「まさかこの規模の反乱を半月足らずで鎮圧なさるとは!」
「閣下はすごい人だと思っていましたけど、まだまだ見くびっていたようですね」
「まこと。ロイク様の再来かもしれません」
麾下の将兵は大戦果に湧いている。
一方、俺は失意のどん底だ。
ある意味、俺は俺で無期懲役を言い渡されたようなもんだからな。
試合に勝って、勝負に負けた。
これから始まる無限大な領民介護ライフ。
見えない首輪が心を脅かしてくる。
「ったく。いつまで尾けてくるんだか」
「ジョスラン殿。顔がにやけてますよ」
「うっせえや」
後ろを見れば、民衆がぞろぞろと着いてくる。ヴェルデン各地から集まった人々の承認に満ちた視線を浴びて、兵たちは誰もが舞い上がっていた。
連中の手のひらがどんなものかも知らずに。
「あー。お空きれいだなー」
ばぶばぶ。キャッキャッ。あうー。
このまますべてを忘れて赤ちゃんになりたい。
「そうですね。こんなに清々しい気持ちで空を眺めるのは久しぶりです」
イケメンがイケメンしておられる。
そういうことじゃなくってさあ……。
◆
ガルドレードに帰還した俺は、フォルクラージュ家のバリックに手紙を書く。
内容は食料援助などの延期について。彼の大叔父フロランが旗主の反乱を煽った手紙の写しを添え、さて送ろうと席を立ったら使用人が走ってきた。
「騒々しいぞ。どうした」
「バリック卿が訪ねてきました!」
「あいつ、正気か!?」
「それが、またもや摂政殿下の添え状を」
「……わかった。すぐに向かう」
完全武装して広間へ足を運ぶ。
再会したバリックは、相変わらず裏表などなさそうな顔だ。
俺はソボロリール城で入手した手紙を彼の目の前へ捨てた。
「歓迎の言葉を期待してはいまいな?」
「知らなかったのだ。大叔父上がやったと聞いて仰天したぞ」
「とぼけるか」
「信じてもらえないのはわかっている」
「なら帰れ。こちらに用はない」
「だから証を用意した」
「は?」
バリックはこちらへ笑顔を作ったまま叫ぶ。
「連れてこい!」
「え、ちょっと」
広間の扉が開く。
後ろ手に縛られ、引きずるように連行されてきたのは俺と同い年ぐらいの乙女だ。猿ぐつわをかまされ怒り狂っていてもなお、その美しさは克明に感じ取れる。
バリックと同じく鮮やかな赤髪だが……。
「こちらは」
「愚妹のクラリスだ。貴公に贈る」
おい。
俺を公然と非難したお手紙女じゃねーか。
「何のつもりだ」
「人質さ。私と貴公の橋にもしたい。妻でも、愛人でも、娼婦でも、奴隷でも、好きに使ってくれ。それが公私を欠いた愚妹への罰にもなる」
「こんな直情的な無能メスオークをもらってもな……勝手に敵を作られて外交政策がご破算になる未来しか見えないんだが。もしかして内部からの破壊工作か?」
「む!? む~~~! むーーッ!」
クラリスは髪を振り乱して怒る。
バリックは苦笑しながら頭をかいた。
「兄目線でも顔は悪くないと思っていたが、お気に召さないか。もう少し女らしいのが好みなら上の妹を連れてこようか?」
「むぐっ!?」
「そういう話では――んん? 記憶が確かなら、侯爵家の長女って」
「嫁ぎ先から運んでくるから、しばらく待ってもらうことになるが」
「何言ってんだお前は!?」
倫理観ゼロか!?
俺が言える義理でもないけどさあ!
ポジティブ思考で倫理観欠如してるって、最も厄介なタイプじゃねーか!
「それで? 結局バリック卿は何をしにここへ?」
「うむ。私もあれから熟考してな。父上との会話でも痛感した。両家の因縁は深くて重いだろ。我らの友情だけだと断ち切れない可能性に行き当たったのだ」
「その点は同感だな」
「だからさらに考えて、妙案を思いついた」
「妙案」
「今の両家がダメならば! 新しい両家になればよいではないか!」
「……意味がわからん」
「つまりだな。フォルクラージュ家は一度壊して、私が新しい家を建てるのだ。そんなわけで、父に対して反乱を起こすことにした!」
!?
!?!?
はいーーー??
「縁起が悪い家名は捨てるに限る! お互いの領民のためにも!」
「そんな軽く決めていいのか? 歴史ある一族、血を分けた家族だろうに……」
「悩んで解決しないことを悩んでも仕方ない。後悔は後からすればいい! とにかく行動あるのみさ!」
ポ、ポジティブ~~~!!
ポジティブ通り越して“ホンモノ”だよこの人!
内心唖然としながら妹のクラリスへ視線を向ける。彼女もまた唖然としながら隣の兄を見上げていたが、こちらに気づくと激しく首を横に振った。
だよな? それが普通の反応だよな!?
あまりにも軽いノリで放たれた反逆宣言。
さすがにフォルクラージュ家の騎士たちも困惑して…………なかった!
さも当然ですね~みたいな顔でうなずいてる! 一生ついていきますぜアニキ的なキラキラな雰囲気を醸し出しておられるんだが!
侯爵家の教育はどうなってんだよ!?
「おっと、忘れていた」
「今度はなんだ……」
「摂政殿下からの添え状だ。別の手紙には何かあったらこれを貴公に見せよと書いてあった」
運ばれた添え状を確認する。
侯爵家に食糧を援助し、軍務の手助けをせよ。
前と同じ文言だが、これは意味が大きく変わってくるぞ。
「おや?」
よく見ると2枚目が同封されている。
『その者の言葉は真実である。念のため』
あ、はい。
そっかそっか。近しい縁戚関係で1歳違いってことは普通に面識もあるよな。大体何がどうなるか読んでいて、押しの一手をねじ込んできたのだろうか。
もしくは、単に介護を押しつけた……?
「一族の者がそちらの旗主をそそのかした件は申し訳なかった。父上では大叔父上を制御できないなら、私が当主になるのは当然の流れだな!」
「そうかなあ……?」
彼は供された水を床へこぼす。
「フォルクラージュ家はフォルクラージュ家でなくなるから、この際、怒りは水に流してほしい。そういうわけで支持と支援を頼みたい!」
覆水ってそういう意味じゃないんだが。
「う、うーん」
「細かいことは気にするな! 私は勝つ! 援助があれば新たな関係も良好になる! いいことずくめではないか!」
……………………。
なんか、この男と話していたら考えるのがアホらしくなってきた。民衆がどうとか、誤算がどうとか、侯爵家分裂の策とか、俺は何を悩んでいたんだろう。
一応、家ぐるみで罠を仕掛けている可能性もあるが、ここに実妹がいるわけで。
添え状へ目を落とす。
ひょっとしてこの男、何も考えてないのか?
「とりあえずわかった。内乱の直後で兵は出せないが兵糧を持っていけ」
「ありがたい! やはり貴公は話が早くていい!」
バリックはこちらへ拳を突きつけ、“ご期待ください!”みたいなノリで去っていく。どこかから父上の爆笑が聞こえてきた。
バリック・フォルクラージュ。
まともなのは見た目と噂だけらしい。
残されたクラリスは半分白目を剥きながらげんなりしている。
「お前も苦労しているようだな」
俺はうなだれる彼女を退出させ、椅子に座って額を抑えた。
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