第53話 計略・1


 陣幕へ戻ると微妙な空気に出迎えられる。


「ロマンの首をトローク城へ送り、こう伝えろ。従う気があるなら今すぐに参集すべし。ソボロリールの落城までに現れなければ攻め滅ぼす、と」


 首を抱えた伝令が陣から出ていった。


「……………………」

「何か問題でも?」

「いえ」

「むう」

「…………」


 軽蔑というよりも、こいつマジかよ、本当にやりやがった……!とでも言いたげな視線が突き刺さる。ひたすらハードなだけの現代戦とは異なり、彼らにとっての戦争はロマンとか名誉とか、一種の神聖さのようなものが詰め込まれた行為だ。


 大切なものを穢されたと感じているのだろう。


 あいにく、俺にとっての戦争は消費の伴うゴミ掃除。外地なら略奪で埋め合わせも可能だろうが、ここはヴェルデン家の領内だ。


 謗られようが、反感を買おうが、とっとと終わらせるに限る。


「これよりソボロリールを落とす」

「敵は3倍。まともにやっても落ちませんぞ」

「まともにやる必要はない。敵は3倍だからな」

「はあ」

「味方の到着を待つのですか」

「いいや」


 旗主側近たちは合点がいかないようだ。

 俺は全員を見渡して威厳たっぷりに命じた。


「パンを焼け」




 麦角菌にやられていない畑から収穫した小麦を焼かせる。


 できたてほやほやのパンを大量に用意させると、ヴェルデンの紋章を描いた袋に詰め、投石機を使って城内へ投射した。


 困惑する城方へと叫ぶ。


「いきなりの籠城で兵糧に困っているのでは? 少し分けてやろう」

「なんのつもりだ!」

「遠慮するな。こちらには備蓄がたっぷりあるぞ。神罰を受けた貴様らと違い、我らには安全な小麦がある!」

「これが卑劣な罠の埋め合わせになるとでも?」


 敵の旗主たちは鼻で笑った。


 眼下の俺を笑うのに忙しく、己の足下を見ていない。無理やり城へ詰め込まれ、戦う覚悟もなければ、ろくな兵糧も渡されていない徴集兵たちの動揺を。


 もともと麦角病と飢餓のために備蓄を切り崩していた状態だ。そこへ1500人が詰めかけている。彼らは兵をかき集めたが、兵糧を運ぶ時間はなかっただろう。


 全員へ満足に食料を配布するのは難しいはず。


 そんな待遇で敵に潤沢な糧食を見せつけられたら、騎士や衛兵はともかく、ただの村人たちはどういう心境に陥るかな?


「メディロン。敵が打って出たら騎士を重点的に狙え」

「出てきますか?」

「ああ。そうせざるを得なくした」


 糧食の一部に手紙を混ぜた。

 わざと重要そうな箇所を黒塗りした手紙を。


 魏の曹操が韓遂を陥れて、関中諸将との仲を引き裂くときに使ったと伝わる手だ。


 他者が見たら、都合の悪いことを急いで隠蔽したように感じるだろう。そのまま内紛や処刑が起きるならそれでよし。起きなければ、疑惑をかけられた旗主は潔白を示すために城外へ出てくるだろう。


「門が開きます!」

「射ち方用意。狙いは馬だ」


 予想通りに一部の旗主が手勢を率いて門から出てきた。


「放て!」


 容赦なく馬を射殺していく。

 敵の数は少なく、狙いが騎士たちだと気づいたら即座に撤退した。


 緒戦で無駄に主力を損じるべきではない、との判断だろう。負けとは呼べないほどの軽微な損害を被ったに過ぎない。戦がわかる者たちにとっては。


 だが、何も知らない者たちの目には、あっという間に負けて逃げ帰ってきたものと映る。数の有利が通用しておらず。そのうえ兵糧も心もとない。


 望んで戦へ参加しにきたわけでもない。


「見ての通りだ! 神罰を受けた者に味方すれば、己もまた罰を免れない!」

「たかが小競り合いで何を勝ち誇っている」


 旗主たちが笑う。

 俺も笑って陣へと引き返した。



 夕暮れが過ぎ、宵闇が広がってきた。


 今度は城内へ矢文を打ち込む。端っこのほう、目立たないが確実に見つかりそうな場所へ、さも秘密の連絡をするため人の気配がなさそうな場所を選んだかのように。


 その内容はこうだ。


「昼間の件はよくやった。汝の忠誠を信用し、約定通りに裏切れば一族は助命する」


 あえて名前は記さない。

 この情報が広まり、旗主たちが想像力をフルに働かせたとき、まとめ役のロマン卿を欠いた城内はどういう展開を迎えるだろうか?


 何をする?

 脳筋になびく血気盛んな正義マンたちは。


 眠れぬ一夜を過ごすことになるだろうな。

 俺は明日に備えて早めに就寝しよう。


「閣下、城内が騒がしくなっております」

「ほっとけ」

「火の手があがっておりますが」

「ほっとけ」


 翌朝、伸びをしながら城を眺める。


 罪なき領民の命は取らない旨を呼びかけさせると、門が開いて徴集兵たちが続々と投降してきた。痩せこけた800人を加えて悠々と攻め入る。


 士気を喪失していた者たちは戦わずして降伏した。残ったわずかな軍勢を蹴散らして旗主たちを捕縛する。彼らは俺ではなく、お互いを睨みつけていた。




 ソボロリール城は領内の南部にある。南の他領との境をなす大暴れ川……その渡河地点の監視を担っている大城だ。


 この河川は名前の通り、夏から秋にかけて氾濫しては洪水を起こす。その水しぶきが、魚を捕獲するため爪を振るう熊の姿に見えることから熊爪城とあだ名された。


 そんな由来を聞きながら報告を受ける。


「閣下、こちらを」

「これは?」

「バズレール家へ宛てた密書のようです」


 蝋の印章を確認して背もたれに体を預ける。

 フォルクラージュの一族が用いる紋章だ。


 わかってはいたが、彼らが陰謀を仕掛けた明白な証拠が出てきた。


「差出人は、フロラン・フォルクラージュ?」

「先代侯爵の弟です」


 旗主側近のひとりが教えてくれた。


 手抜かりだ。

 仕掛けるつもりが先手を取られたか。


「ふむ」


 これは……どっちだ?


 侯爵家全体の仕掛けか、フロランとやらの独断専行か。仮に侯爵家本体の意図だとして、バリックは知っていたのか、蚊帳の外だったのか。


 知っててあの態度ならかなりの役者だ。


 他人の善意を信じる者は足元をすくわれる。

 とりあえず知っていた路線で考えておこう。


「逆賊どもと財産はガルドレードへ。民衆には食料を分けて村へ帰らせろ」

「守りはどうします?」

「空でいい。降兵はまとめて東に」

「空き巣が動くかと」

「看板を立てておけ」

「看板」

「エスト・ヴェルデンは捕虜を取らないと記し、落とした首を川沿いに並べろ」


 どっちみち渡河してきたら守れる状況ではない。南境の諸侯と目立ったトラブルはないが、仮に攻めてきたら略奪されるに任せ、生まれた怒りを統治に活用しよう。


「閣下、門までお越しください」

「どうした」

「客人がおります」

「客?」


 案内されて城壁から正門を見下ろす。


 そこにはひとりの老人が這いつくばっていた。

 這いつくばるというか、額を地面にこすりつけており、土下座の形にも見える。


 一切の迷いがない。美しさすら感じる。

 70歳を超えているだろうに、潔いものだ。


「誰だ?」

「セレナリア公です」

「ほう」


 まさか出向いてくるとは。


 少しでも躊躇して出立を遅らせれば間に合わなかったはず。それを理由に攻めようと思っていたが、首が到着した直後に城を出て全力疾走してきたらしい。


 俺は這いつくばっている老人へ叫ぶ。


「殊勝だな。斬首しやすい姿勢だ」


 彼は顔を上げて叫び返した。


「要求通り招集に応じました!」

「ソボロリールの落城後にな」

「1日足らずで落ちるなど、誰も想像できますまい! 我々に敵意はありません!」

「かもな。そして誠意もない」

「こうして応じたこと自体が誠意の証!」

「やって当然のことを誇らしげに話すな。最初の招集に応じていれば避けられた問題だ。重りのつもりで天秤を眺めていた者に信用があるとでも?」


 リシャール・セレナリアは額の汗を拭い、言葉を探し始めた。

 その様を鑑賞していると旗主側近のひとりが耳打ちしてくる。


「閣下、よろしいでしょうか?」

「なんだ」

「セレナリア公は信用できない方ですが、閣下にとっての敵ではないかと」

「理由は?」


「あの方とラノア家の先々代は刺客を送り合うほどの仇敵でした。彼はラノアの献策に激しく抵抗したため、南部へ押し込まれたのです」


「そんな経緯が」


 ガストンの祖父とライバルだったのか。


「それに、かの家は弱小とはいえ高貴な血筋。過度の屈辱を与えるのもどうかと」


 そうなんだ。


 正式な貴族の支持を得るのは、領地の豪族から支持されるのとは別格の話。統治がスムーズになるため、放浪貴族はどこでも客としてわりかし歓迎される。


 弱小貴族が領主の宮廷に仕えるのもよくあることだ。完全な家臣にまでなるのは珍しいが、祖父との間に何らかの取引があったのだろうか?


 やがて豪族出身のラノア家と衝突し、典型的なアンチ成り上がりムーブをかまして懲罰人事を喰らった嫌味な貴族ってところかな? 


 なんだか危険な構図を想像してしまう。


 美味しいエサをぶら下げた祖父に騙され、使い倒されてに僻地へ追放、みたいな。政争に負けて南へ流れている時点で、祖父に恨みを持つのは確定だ。


 うーむ、祖父に恨み、か。

 色々と知ってそうだな。


「リシャール・セレナリア。貴様は何を望む?」

「今となっては寿命の完走のみ」

「その言葉を信用する根拠はない。証を見せてもらわなければ」


 細身で眼光の鋭い老人は顎髭をさすり、答えた。


「孫を差し出しましょう。男と女、両方とも」

「彼の息子夫婦はすでに病没しております。支える一族はおりません」

「孫の年齢は?」

「男が11歳、女は13歳です」

「なるほど……リシャール! 助けてもいいが条件がある」

「なんなりと」

「孫の代わりにお前がガルドレードへこい。それと村々に食糧を配って回り、飢えた者たちを北へ連れてくるように」


 彼の視線を感じつつ、背中を向けて広間へ戻った。




 俺たちは一路北へ向かう。

 南部の諸城・諸地域には、騎士たちを代官と城代に置いてきた。


 途中、ガルドレードに立ち寄ってジョスランと話し合う。


「東部と南部の飢民がここを経由して北へ向かう。食糧の世話をするように」

「任せてください」

「あとな、残ってる偵察隊をすべてフェルタンに送れ。東と南の叛徒を指嗾しそうしたのはフォルクラージュ家だ」

「やはり……!」


 補給を終えると北西へ。

  ファール城、通称・灯台街城を囲む旗主たちの軍勢と合流した。


 旗主たちをケアナ城へ集結させるにあたり、俺はユリアーナとシモンに密命を出しておいた。反抗的な者、怪しいと判断した者を捕らえ、素直に従う者たちを率いて北西の諸城を攻めろという内容だ。


 もともと北西方面は防備がとても手薄。首謀者と関係のあった者たちは城を捨ててファール城へ逃げ込み、陰謀を知らない者は素直に降参して従軍中。


 1300人で400人を囲んでいる。

 一概に400人だけとも言えないが……。


「ユリアーナ、シモン。ご苦労だった」

「知らせを聞いて驚きました。7日足らずで東と南を抑えるとは」

「ええ。最速でも20日はかかるものかと」

「敵もそう思ってくれると助かるんだが。おい、バルニエとバズレールの首をファール城へ見せびらかしてこい」


 家臣に命じ、改めて目の前の城を眺める。


 ファール城は北西リザント家の拠点だ。


 小さな湖の中心へせり出した円形の陸地に民家や集落が立ち並び、その中心に見張り塔のような細長い城が築かれている。なるほど周囲を照らす灯台にも見える。


 湖の三方は小高くてギザギザの山に囲われているため、軍勢の展開が難しい。


 そして灯台城のあだ名の通り、いわゆる総構えの状態だ。円形の陸地部分を木の壁ですっぽりと覆っており、通路は細い橋と、同じく集落から伸びる細く削られた道しかない。細道には切れ間のない防柵。先には水掘と高く頑丈な砦が築かれている。


 天険をバッチリ活かした要害だ。

 水の手は絶てず、火はすぐに消化され、上陸は難しく、数の利も無効化される。


「どんなもんだった?」

「堅すぎますな。すでに一度撃退されました」


 物資は十分、士気まで高い。

 これは時間がかかりそうだ。

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