第52話 モグラ叩き


 数日後。


 俺はガルドレードに留まっていることを民衆へ強くアピールしつつ、すべての旗主にケアナ城へ集結するよう命令を発した。


 と、同時に自らも夜陰に紛れてガルドレードを出る。


 伝令を担う配下と並走して南へ向かい、ジョスランたちを伏せさせた森に入った。


「似合ってるじゃないか」

「よしてくださいよ。衛兵隊長が盗賊の仮装だなんて」

「お頭ァ! 献上物の干し肉ですぜ!」

「チーズもかっぱらってきやした!」

「ただの兵糧だろうが!」


 彼は頭にバンダナを巻き、毛皮のベストと粗末なブレーを着用している。部下たちも縦縞シャツに肩当てのみだったり、ポンチョに似た上着に布のコイフを被っただけだったり、上半身裸に眼帯のみと、いかにもな服装だ。


「こちらは……工夫したな」

「盗賊だけでは怪しいですからな。逆のほうが絵になると思いますが」


 フーク――上下一体のゆったりしたローブやガウンのような服をまとったフェルタンが縄に縛られ、狼の毛皮を被ったメディロンに短槍を向けられていた。


 巡礼者や羊飼いが、森の盗賊に捕まったようにしか見えない。


「僕もこの歳でままごとをさせられるとは思いませんでした」

「宮廷は規模の大きなままごと会場だ。今のうちに練習しておけ」

「貴族って面倒ですね」


 ともかく軍の接近は隠せたようだ。

 俺は同道してきた騎士たちを呼ぶ。


「東と南の諸城に招集命令を持っていけ。ただし中には入らなくていい」

「反逆に勘づいていると知らせることになりますが」

「だからここに潜んでいる。無駄死にせずに生きて帰ってこい」


 手振りで出発するように伝える。


「皆、の時間だ」

「こいつらは?」

「ガルドレードへ」


 兵たちは装備を着替え、フェルタンの隣で怯える哀れな通行人たちを立たせた。



 東へ向かった騎士が戻ると、俺たちは即座に森を出て進軍した。


 領内の南境には広い河川がある。

 対して東は地続きだ。


 繋がっている相手を引き込まれたら面倒なので、問答無用で抑えておく。


「強攻だ! バルニエ家のエストケ城を落とす!」


 エストケ城は東の要所。

 別名は波止場城。押し寄せる外敵を打ち砕くはずの防波堤も、今は自ら災いを招き入れようとするジャンプ台だ。


 平野部に盛り土をして丘を築き、その丘全体を三層の壁と防衛塔で連結した非常に堅固な城。ガルドレードよりもずっと防衛力が高く、ケアナ城にも匹敵する。


 頂上には高い城館と三角錐の尖塔。色褪せて薄茶になったレンガと緑がかった黒色の屋根。周囲はほどほどに植林され、見た目はいかにも西洋の城って感じ。


 常なら難攻不落な要害も、今は手薄な状態だ。


「気づかれました」

「走るぞ!」


 こちらを視認した留守番の見張りが鐘を鳴らしている。大慌てで配置についた兵たちは目に見えて数が少なかった。


 彼らの予定ではガルドレードへ招集に応じる返事が届き、動かないことを不審に思った俺が使者を送り、軍を動かすタイムラグがあったはず。最低でも5日から7日、南や北西の蜂起と呼応するなら寄せ手の数も少なくなると見込んでいたのだろう。


 のんきに各所へ散らばって募兵をしている。


「フェルタンは一隊を率いて村々を巡れ。募兵に出ている者どもを片付け、逆に兵士を集めてこい」

「ハッ!」


 300人を二手に分ける。

 フェルタンに騎士を含めた120人を与え、残りの180人で城へ押し寄せた。


「ジョスランは攻城槌の指揮。メディロンは弩兵で支援」

「進むぞ! 盾で運び手を守れ!」

「10人ずつに分かれろ! 正門の真上、右に連なる2階の壁とタレット、左の胸壁の3ヶ所に射撃を絞るんだ! 奥は無視して!」


 メディロンの指示で正門付近の射手に狙撃が集中した。敵が顔を引っ込めると、ジョスランの率いる歩兵が槌を抱えて門へ突っ込む。


 普通は合掌造りみたいな三角形の防護壁を押しながら近づくのだが、今回に限っては手薄なうちに強行突破したほうがいい。


「魔法がくるぞ!」


 誰かが叫ぶと門の上に火の玉が。

 降り注ぐ火炎は槌を焼いたが、こちらの重装歩兵を殺すには力不足だったようだ。


「魔法盾……? すごい!」


 メディロンが身を乗り出す。

 ほー、防いだか。ひとりあたり14万円の盾であれならお釣りがくるな。


 敵の魔法使いたちは驚愕から後退が遅れる。


「今だ、魔術師を狙え!」

「あっ。ちょっ」


 あっ、あっ、待っ。


 40張のクロスボウと他の弓兵が全員で斉射すると、魔法使いたちは針刺しのようになって城壁から落下した。


 生け捕りにしたかった……。

 こだわって城を落とし損ねるよりはマシか。


「ん?」


 替えの攻城槌を運ぶジョスランが、後ろを指差して何か叫んでいる。


 その理由はすぐにわかった。


 重い馬蹄の音が響き、森の影からバルニエ家の騎士たちが姿を現した。30人以上の鉄の塊が三列縦隊で突っ込んでくる。


「槍隊、用意!」

「塔の狙撃は一旦停止! 騎士を狙うよ!」


 パイク兵が二列に並び、やや離れて20人の射手も二列でクロスボウを構えた。


「前列、放て!」


 10本のボルトが風を切り裂く。

 2頭の馬が倒れるも、騎士は速度を落とさない。


「恐れるな。訓練通りにやれ。まだだ。まだ…………よし、槍衾を作れ!」


 天を向いていた長槍が一斉に前方へ振り下ろされる。馬は突然目の前に出現した槍の穂先に驚き、避けれずに死へ突っ込むか、棹立ちになって乗り手を振り落とした。


「後列、放て!」


 すかさず第二波のボルトが飛来する。


 騎士の鎧は貫けないが、馬に刺さって混乱が深まった。パイク兵の前列が長槍を振り上げ、もう一度叩き下ろす。勢いが止まらない後続騎士の頭部に強烈な打撃が炸裂し、落馬する者、馬の頭が潰れて前へ転がる者が続出した。


 パイク兵は何度も長槍を振り上げては下ろし、騎士を無力化する。さらに後列の者が左右から半包囲して足の止まった者たちを叩き潰した。


 たまらず逃げた4人の騎士は馬を射殺されて転げ落ちる。


「捕らえよ!」


 平兵士たちが圧倒的に格上の騎士を捕縛していく。彼らは高揚感を爆発させて勝鬨を上げた。それを見た城方は一気に士気を喪失。派手な音を立てて正門が破られた。




 バルニエ一族の首を刎ねていると、民兵を連れてきたフェルタンが合流した。


「フェルタン、30人をつける。お前は民兵を率いてこの城に詰めろ」

「いささか数に不安がございますな。仮に敵が襲来して中から呼応されては……」

「まあ見てろ」


 俺は捕縛した兵士を民兵たちの前に並べる。


「なぜ反逆を企てた?」

「わかりません!」

「刎ねろ」


 ひとり目の首が落ちる。


「貴様。エストケはなぜ反逆を?」

「お赦しください! 自分は嫌だったのです!」

「刎ねろ」


 ふたり目の首が落ちる。


「貴様。質問に答えたほうが身のためだぞ」

「……バルニエ家の皆さまは、エスト卿が畑に毒を撒いたと」

「それが奇病の原因だと思ったのか」

「はい」

「正直なのはいいことだ。刎ねろ」

「なっ!?」


 新たな首が落ちる。

 俺は首を民兵たちのほうへ蹴った。


「貴様ら、やつらの言葉を信じるか?」

「めっそうもない!」

「嘘つきは嫌いだ。首を……」

「待ってください! 肯定しても否定しても処刑なんて、どうすればいいんですか!?」


 若い男が進み出てくる。


「刎ねろ」


 彼の首も落ちた。ぶるぶる震える民兵たちへにっこりと笑いかける。


「貴様らは罪深い。死んで当然の立場なのはわかるよな?」

「な、なんで儂らまで……」

「反逆は死罪。傍観も同罪だ」


 絶望した民兵たちの頬をぺちぺち叩く。


「だが俺はヴェルデンの民が好きだ。己を富ませてくれる財産をどうして嫌うだろうか? なあ、貴様は村の家畜を何の理由もなしに潰したりするか?」

「いいえ、まさか」

「俺もだよ。役に立つなら大切な家族だ。さて――」


 並べた捕虜たちの後ろに立った。


「こたびの奇病は神の罰である。ただし、我らではなく、欲深い裏切り者どもを罰するために下された。その証拠に、このエストが焼き払った土地では病が起きず、他家と結んで領内を荒そうとしたバルニエには災いが降りかかった」


 俺は悲しげに首を振る。


「こたびの奇病で家族が悲劇に見舞われた者。手を上げろ」


 民兵の一部がおそるおそる手を上げる。


「気の毒に。それらはすべてこやつらのせいだ。こやつらが嫉妬、傲慢、強欲……あらゆる罪を悔い改めなかったがために、民までとばっちりを受けた」

「待て、それはおかしい!」

「刎ねろ」


 捕虜の首が落ちる。


「俺は反逆者を赦さない。バルニエの者は皆殺しにする。だが、ヴェルデンの子、愛しき我が民なら話は別だ。己が何者なのか、特別に選ばせてやろう」


 指を鳴らすと、意図を察したフェルタンが民兵たちに武器を持たせた。


「ヴェルデンを守り、罪を償いたい者は?」


 俺は、決意に満ちた守護者、怒りに震える遺族、不安に怯えて藁を掴もうと視線をさまよわせる子羊たちに命じた。


「正義のために。逆賊を殺せ」




 彼らは“正義”を執行し、後戻りできない立場になった。これで贖罪と自己弁護のためにフェルタンへ尽くすだろう。


「偽る者、保身する者、骨がある者、義憤を持つ者、反抗的な者……反乱のまとめ役になりそうな者たちは始末した。民兵には自ら立場を選ばせた。これでいいな?」


「見事なお手並みで」


「城を落とし次第、追加をこちらに送る」


「背中はお任せあれ」


 血まみれの城から見送られる。

 捕らえた騎士たちをガルドレードへ送り、すぐに次なる目標へ馬を進めた。


 疫病は反逆者への神罰という話を吹聴しながら周辺の旗手に詰め寄ると、激怒した民が次々に後を追ってきた。その数を見た旗主たちは、中立そうなのも含めた大半が肝を潰して投降してくる。なけなしの抵抗は軽く踏み潰した。


 旗主はその辺の一般人とは違う。

 さすがに一度で全員は殺せない。


 厄介な一族から順に公開処刑すると、助命した一族をガルドレードへ送り、そのうち当主や主流派と険悪だった者たちを旗主の代理に任命する。


 2日で8つの城を抑え、領内東部は完全に俺のカラーで塗りつぶした。

 南へ転進するに至り、南部の旗主たちは正式に忠誠の撤回を宣言した。




 俺たちは夜営中に情報共有する。


 ジョスランを虜囚の護送につけているため、俺とヴァレリー、メディロン、元泥棒の斥候、新たな旗主が派遣した側近たちという顔ぶれだ。


「南部の様子はどうだ?」

「連中、バレたと気づいたら急いで兵を集めました。他の城は捨ててソボロリール城に籠もってますぜ」

「熊爪城に。厄介な」

「バズレール家が首謀者か」


 旗主の側近たちがささやき合う。

 そのうちひとりが地図の一点を指差した。


「アーシェン要塞には何人いる?」

「いえ、あの要塞は放棄されました」

「……その情報は正確なのか? 迎え撃つ立場であそこを放置するなどありえんぞ」

「それがどうも、セレナリア家がまったく動かないようで」


 斥候は要塞を支援する位置の城を指差した。


「トローク城だな」

「確かに、リシャール卿ならあの要塞を知り尽くしているはず」

「敵に回ったら守り切れないと判断しましたか」

「リシャール・セレナリアは何を考えているかわかりません。ご油断なきよう」

「そうそう。腹の底が見えない男です」


 俺は旗主側近の噂話を手で制する。


「トロークに詰める数は?」

「80ほどかと」

「ソボロリールには」

「旗主たちの兵が500、民兵もその倍はいるでしょう」

「1500ですか……」


 対するこっちは500ちょい。

 数だけを見れば3倍差だ。


「正規兵が少ないな。他家の支援は?」

「大規模な輸送隊が通った形跡はありません」


 ふむ。

 反逆の本命は東と北西からの挟撃かな。南はもともと反抗的なバズレール家が扇動され、準備もなしに周囲を巻き込んだものと見た。


 正規兵が少ないのは……。


「南部の奇病は?」

「よそよりも深刻そうです」


 死亡、もしくは退役したのか。


「明日はソボロリールへ。明後日には北へ向かうぞ」


 全員が困惑する。

 1日で落とすと宣言してるわけだから当然か。


 俺はさっさと持ち場へ戻り、ぐっすり眠った。


 翌日、ソボロリール城の前へ布陣する。


「閣下、本当にやるのですか?」

「もちろん。兵の損害を抑えたい」

「名誉なき振る舞いです」

「これは戦いではない。処刑だよ」


 メディロンにある準備をさせ、門の近くへ馬を走らせる。


「愚かなる反逆者ども。ヴェルデン家の魔族殺しが処刑しにきてやったぞ」

「害虫め、愚かなのは貴様のほうであろう!」


 50がらみの屈強な男が城壁から反論する。ヴェルデン南部の有力旗主バズレール家の当主、ロマン・バズレール。勇猛さで名を知られる騎士だ。


 若き日は祖父の軍に奉仕して敵将を自ら討ち取り、8人の敵と斬り合って全員を殺したこともあるという。その武勇ゆえに軟弱な父へも言いたい放題で、俺に対しては公然と罵詈雑言を唱えているらしい。


「降参せねば神罰が下る」

「神が罰するとすれば貴様のほうだ! 正当な権利を無視してやたらめったら人々の首を刎ねよって! この人殺しめ!」


 正論すぎて何も言えねえ~~。


 ちなみに、この場合の人々とは一定以上の身分を有する階層のことで、民の嘆きを代弁する正義の味方気取りとかではない。


「貴様のほうに神の加護があると?」

「当然だ!」

「ならば単騎で門を出てこい! 白黒はっきりさせてやろう!」


 剣を抜いて城壁へ突きつける。


「なぜ数の多いこちらが貴様の要望に沿わねばならん」


「城内の者たちよ! 貴様らの首魁は半分以上も年下の若造が怖くて震えているぞ! まあ当然だよなあ!? こいつは魔族も竜も殺してないんだから!」


「おのれ、言わせておけばっ!」


 ロマンは見た目通りの脳筋らしく、しばらく待つと城門から出てきた。


「クソ害虫、ぶっ殺してやる!」

「おお、怖い怖い」


 俺たちは互いに馬を走らせる。

 そのまま交差するかという距離に迫った瞬間、俺は馬首を返して後ろへ逃げた。


「待て! 貴様、おかしいだろ!? 自分から一騎打ちを誘っておいて逃げるとは!?」


「ああ~ん? 聞こえんなあ? もっと近くで話せ」


「ふざけるな! 止まれ! 戻れ! 卑怯者! それでもロイク様の孫か!?」


「俺は俺でしかない!」


 彼の罵倒に思わず笑ってしまう。

 一定の距離まで誘導すると、ロマンを引き離しながら叫んだ。


「今だ!」


 俺の後ろで縄がピンと張られ、追いすがる馬の脚をひっかける。


 ロマンは、シートベルトを締めなかった交通事故者がフロントガラスから飛び出るような姿勢で投げ出された。何が起こったのか理解できない表情だ。


「やれ!」


 あちこちから風切り音が鳴り、彼の鎧や馬にボルトが突き立つ。


 風景に溶け込んでいたギリースーツの射手たちが起き上がった。


「捕らえる必要はない! 殺せ!」

「ちくしょう! なぜロイク様の血からこんなのが……この臆病者めえっ!!」


 射殺したロマンの首を斬り取らせる。

 オーディエンスは敵も味方も冷えっ冷えの中、その首を槍で掲げさせた。


「誰が一騎打ちをすると? 最初から言ってるだろ。俺は処刑をしにきた」

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