第51話 暗雲


 翌日、メディロンと地図を囲む。


 描かれた場所はフォルクラージュ領のおおまかな輪郭だ。の実家、アサンゾード家の方角を指でなぞる。


「ヴェルデン領へは封鎖されている情報も、お前の実家にはそれなりに届いてくるはず。知っていることを話してもらう」


「何でもお聞きください!」


「……命じておいてなんだが、いいのか?」


「兄は侯爵家に配慮して適度に距離を取れと。ですが、フォルクラージュ侯爵に頼んでも父の助命に手を貸してくれたとは思えません」


 理由としては模範的だが、どこまで信用したものか。


「エスト卿、僕は兄に疎まれておりました」

「なぜ?」

「戦場に立つ女だからです」


 あー、やっぱりそんな感じだったのか。

 ベタな展開だから特に驚きはない。


「……やはりお気づきでしたか。それでも僕に一隊を預けてくれたのですね」

「使えるものは馬糞でも使う主義でな。妻がいたらば戦場に立ってもらう」


「兄は真逆です。僕の戦才が明らかになると、すぐに部隊を取り上げました。父が病に倒れた機に乗じ、平民と結婚させようとまで」


「家督争いを避けたい気持ちはわからんでもない」


 軍装して負う必要のない義務を負うのだ。

 野心を疑いたくなるのも必然といえば必然。


「僕はただ軍事が好きなだけで、戦場に出られればそれだけで良かったのに」

「周りはそれじゃ済まさない」

「そうですね。実家に居場所はありません。だから僕は、ここで経験を積んでから、僕より優れた主君を探そうと思っています」


 なるほど、ユリアーナタイプか。


 この世界、軍事に携わる女自体はそれほど忌避されていない。

 結婚相手となると別の話だが。


 女公であっても戦場に出てくる度胸があるなら兵たちは従う。

 男だろうと、一族が誰も出てこなければあっさり裏切られる。


 俺が自ら動かねばならない理由もこれだ。


 しかし人類普遍な男女意識は当然ある。女公や女卿は抜群に度胸があると思われ、麾下の将兵から狂信的な忠誠を獲得しがちなのだ。


 サッカーで例えるなら、プレミアリーグの平均的な選手よりも、マイナーリーグで活躍している選手のほうが人気になる現象と似ている。


 兄妹仲に寒風が吹いてるなら脅威にも感じるだろうな。仮に、子爵が活動的な娘を目にかけていたなら最悪だ。


「話を戻そう」


 こうしてメディロンからの聴取を終えた。


 フォルクラージュ家では先代侯爵の弟、バリックの大叔父が無視できない影響力を発揮しているらしい。なんでも、アンドレ卿が廃嫡されそうになったとき、先代から全幅の信頼を受ける彼が、封土をすべて返上して説得してくれたとか。


 アンドレ卿は当主に就任した際、その恩に報いようと要地や山ほどの封土を与えた。


 当初は互いをリスペクトする潤滑な関係だったが、徐々に意見がズレていき、今ではスルー合戦で独自に動いている。ヴィルヘルム2世とビスマルクみたいだな。


 この大叔父の居城はフォルクラージュ南西部。周辺の旗主は彼に近しい。


 あと、うちの祖父がボロクソに中傷していたのは事実だった。


 祖父のロイクは戦場で勇名を馳せた英雄。大の侯爵家嫌いだったみたいで、ことあるごとに彼ら兄弟の戦功の乏しさをあげつらってバカにしまくっていた。


 アサンゾード側に記録が残っていたのだ。


 侯爵領のお隣だけあり、愚痴交じりに根回しする手紙がいくつも送られていた。兵事の記録を読み漁っていたメディロンも、直に読んだことがあるという。


「大山脈の様子は?」


「魔物の下山が活発化しています。飢えた民衆が山へ食料を求め、それを殺して人の味を覚えた魔物が積極的に襲撃を」


「わかった。下がっていい」

「閣下。僕は必ず役に立ちます。ですからどうか、鳥かごには戻さないでください」

「必ずと言った以上、しくじったら処刑するぞ」

「戻るぐらいなら死んだほうがマシです」


 メディロンは自信半分、決意半分の足取りで退出した。



 が離れたのを確認した後。


 そそくさと摂政の添え状を火にかざす。

 うーむ、炙り文字は出てこないか。


 仮にも政争を制して権力を握った冷酷な女だ。

 ヴェルデンとフォルクラージュの不仲は把握しているはず。両家を繋げることだけが目的とも思えないが……。


 摂政の母方はルンペット家で、ルンペット家とフォクラージュ家は婚姻関係を結んでいる。縁戚を手助けしてやろうと考えた? 自分に恨みの残る形で?


 今が食糧支援を命じるのに最悪なタイミングなのはわかっているはずだ。


「手持ちの兵に、旗主を集めて、侯爵領へ……。摂政の実家と婚族の……。軍務を手助け……。ん? 軍務を手助け?」


 椅子から立って考える。


 食糧支援はまだわかる。

 が、軍務を手助けってなんだ。


 フォルクラージュ領にはヴェルデンよりも多くの軍勢が詰めている。なんといっても国境地帯だ。魔物に対処する部隊、ザルデーレ王国への哨戒担当部隊……常時即応可能な軍勢がアップ&待機している。おおよその状況には単独で対処できるはず。


 その軍務を助ける? なぜ?


 正式な要請ならそれなりの数が必要だ。旗主を集めて押しかけたところで食料の消費は激しくなるばかり。向こうとて迷惑に……………………旗主を集める?


 待てよ。


 なぜフォルクラージュ家は、ルンペットではなくヴェルデンに支援要請を?


「摂政の母方はルンペット。ルンペットとフォルクラージュは縁戚。ルンペット家に嫁いだのは先代侯爵の妹……。まさか」


 俺はヴァレリーを手招きし、犬へ命じるように頭をなでた。


「メディロンを呼び返してこい。それと偵察隊もだ」




 メディロンによると、先代侯爵、侯爵の弟、ルンペットに嫁いだ妹は仲良し兄妹との話だった。


 それを聞いた俺は、即座に領内の北西と南東へ偵察隊を放つ。

 密かに軍を整えながら7日ほど待つと、斥候が情報を持ち帰ってきた。


「お見立て通り、北西の城へ食料が運びこまれております」

「食料ね。木材と鉄の味もしてきそうだ」


 俺は中庭の壁を蹴った。


「現地の者はニコラ司祭の奇跡だと」

「それはない。配給物資は必ずガルドレードを経由する」

「輸送車列は西の街道を通ってきました」

「後を追わせろ」

「領境を越えることになりますが……」

「よく知ってるだろ? バレなきゃ問題ない」

「それなら本分でさあ」


 元は森番だったまとめ役が、悪そうに口の端を上げる。俺は報告を聞きながら訓練を眺めるジョスラン、フェルタンと並んだ。


「東と南東も似たようなもんだろうな」

「報告はまだですが、地形の絵は届いてますぜ」


 フェルタンが腕を組む。


「他家の支援を受けた旗主どもが結託して蜂起。レスクバローシュの轍を踏むわけにはいきませんぞ」

「不遜な。閣下は魔族殺しを果たされた方なのに」

「死んでしまえばただの人でしょう」

「おい」

「フェルタンの言葉は真理だよ。美しく滅びる物語は愛されるが、その後に続く現実は生き残ったやつが正義だ」

「では、いかな手を打たれますかな?」


 問われた俺は、偵察隊長へ手を伸ばす。

 スケッチブックを受け取ってめくった。


「ご指示通り、人を隠せそうな場所を描かせてあります」

「上達したじゃないか。父上に引き抜かれないか心配だ」

「ご冗談を」

「本気だ。バレないように注意しろよ」


 ジョスランたちに絵を見せる。

 

「南のこの辺に兵を伏せておく」

「……城にかなり近いですね。気づかれるんじゃ」

「工夫のしどころだ。フェルタンは一隊を率いて夜間のみ行動し、夜陰に紛れて物資を輸送せよ」

「承知」

「ジョスラン」

「はい」

「演技は得意か?」

「え?」


 彼は思わぬ質問に困惑した。

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