第48話 訪問者


 帰路の最中、急使がやってきた。


「閣下! 領主館へ客人が!」

「誰だ?」

「ペニタン家の当主、ルメール家の当主、ガルディエ家の当主、アサンゾード家の子息です」

「境界諸家? 先ぶれは?」

「いえ、ございませんでした」

「当主らが自ら乗り込んでくるとは……」


 これは悪い兆候だ。


 貴族がよその領地を通行・訪問する際、普通は事前に連絡して日程や内容を調整する。首脳会談へ及ぶ前に、事務方が話をつけておくようなものだ。


 勝手に通行されて領内で暗殺でもされたらたまらない。


 連絡なしに直で現れるということは、言いづらい話、特に先んじて伝えたら断られそうな話を直訴し、言質を取ろうと謀っている可能性がある。


 館へ戻ると正装に着替える。


 案内された先は、やはりというか父のアトリエだった。


「なんと素晴らしい絵画! アルノー殿は希代の大芸術家だ!」

「まったくその通り。この絵を見れば、王都どころか他国の連中も喉から手が出るほど求めてやまないはずさ」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「本物を前にしては、心のうちをさらけ出すしかあるまい!」


 境界諸家の弱小貴族たちが必死にお世辞を述べている。


 アルヴァラの貴族には、前世東洋のような爵位による明確な序列関係という意識が薄い。歴史や王家が認めた家は生まれついての貴族であって、そこに爵位のあるなしは関係ないからだ。


 貴族身分と爵位は違う。

 臣民としての権利、支配者としての権利、と言い換えてもいい。


 どちらも特権だが、前者はすべての貴族が有し、後者は限られた貴族のみが持つ。


 貴族身分は生得のもの。

 貴族という存在に対して生じる。


 政治参加の権利や貴族年金を受け取る権利、他の身分の者たちが負わせられる義務を免除される権利、不当な罪に問われない権利などだ。


 爵位は与えられるもの。

 これを得れば領主という状態になる。


 領主権。権利と恩典の規模内容を表すものであり、基本は世襲と考えられているが、王が認めなかったり、相続税を払えないと没収されることもある。


 つまるところ。


 伯爵に叙されたから貴族になるのではなく、貴族が伯爵位を与えられると、その恩典として封土や自前の土地で領主の権利を行使できるようになるのだ。


 この点は貴族と騎士の違いにも近い。


 貴族かつ騎士な者はいるが、貴族と騎士は違う。叙任を受けて初めて騎士になれるのだ。そのため騎士に憧れる貴族というのも存在する。


 同様に、土地を持たない貴族、爵位を持たない貴族、名目上の爵位はあるものの土地は与えられなかった、もしくは没収された悲しき貴族家も存在する。


 むろん公爵家や辺境伯相当な侯爵家のように無条件でリスペクトされる例もあるが、それはあくまでも血筋や負担の大きさへの配慮である。


 伯爵以下は何爵かよりも実力のほうが重要視されがち。

 官位があっても、名ばかり官位では誰も相手にしないってことね。


 そういう文化のため、領主同士ならそこそこ爵位が離れていても対等の口を利くか、お互いに敬称・敬語を使い合うのが普通だ。


 この三男爵が父とタメ口なのも特に問題はない。


「私も興味が湧いてきたなあ」

「一緒に初めてみるか?」

「伯爵先生というお手本もいることだしな!」

「冗談はよしてくれ」


 謙遜する父の口元はピクピクと喜んでいる。

 急いで帰ってきて正解だった。


「失礼いたします」

「おや、エスト卿」

「ペニタン男爵閣下、ルメール男爵閣下、ガルディエ男爵閣下、お久しぶりです」


 彼らはぎこちなく笑う。

 厄介なのが現れたって顔だ。


「ちょうどよかった。皆、何かしら用があってきたのだろう。政治のこまごまとした雑用は息子にやらせている。相談事はそちらで話してくれ」


「ああ。そうさせてもらうとしよう」


 スン――。

 男爵たちは絵画へ注いでいた熱視線を解除した。




 セレストン・ペニタン。

 メリオン・ルメール。

 モーリス・ガルディエ。

 それと見知らぬ若者。


 客室で4人と対面する。

 俺はまとめ役らしきペニタン男爵へ冷ややかに尋ねた。


「本日はいかなるご用件でしょう?」

「えっとな、うん。なんだあ? そう急がずに、旧交を温めようではないか」

「先ぶれもないほどお急ぎの様子。後回しとはいきません」

「う、むう……」


 彼は頬をかいて明後日の方向を向いた。


 唯一の若者が、しびれを切らしたように口火を切る。


「率直に言わせてもらう。我が領地に援助を要請したい」

「貴公は?」

「アサンゾード家のオディロン。父、アサンゾード子爵の代理だ」

「使者ではなく代理と」

「父は流行り病に倒れた」


 いきなり内情暴露かよ。

 三男爵もオイオイって表情になる。


 中肉中背だが押しの強そうなオディロンは、薄い金髪を乱して睨んできた。


「道すがら、狂笑の実とかいう話を聞いたぞ。このヴェルデンで周知の病なら、なぜ教えてくれなかったのか」

「教会を通して伝わっているはず」

「伯爵家からは何の連絡もなかった」

「害虫卿からの忠告だとして、万に一つでも聞き入れたかな?」

「…………それは」

「うちの旗主たちでさえあの有様。それこそが答えだ」


 三男爵は何も言えないって様子だが、オディロンは拳を強く握っている。


 マズいな。


 逆恨みでも反感を買い過ぎたら面倒だ。

 フリでも誠意の仮面は被っておこう。


「アサンゾード子爵の容体は?」

「日に日に手足が黒ずんでいく」


 壊死が進行していると。

 これは、長くないだろうな。


「何と言ったらいいものか。お気の毒に」

「望みはまだある。我々は、教会へ奇跡の発現を要請することにした」

「おお!」

「奇跡を」


 ……あ、そうか。


 魔法スキルがあるんだったら、白魔法とか、神聖魔法みたいなスキルだってあるよな。教会はその手のスーパー回復手段を売っているというわけだ。


「しかし、そんな金がどこにあるのだ?」


「どこにもありませんよ。だからといって父を見殺しにはできません。私は……金を借り、その返済のために自らを奴隷商へ売るつもりです」


「なんだって!?」

「短気はいかん!」

「他に手はないのです」

「教会はがめつい。身分や身柄を売ったところで、払えるとは限らんぞ」

「だったらどうせよと?」


 うーん。

 領地への援助自体は問題ない。


 問題ないというか、援助を乞いに訪れた原因がうちのカツアゲにあることは明白なので、ここで断ったら恨みを買うどころでは済まないと思う。


 当主本人が現れるってことは、もうお手上げって意志表明なんだろうし。


 気分よく快諾すべきシーンだろう。


 だが、しかし。

 以前も言っていた通り、人の感謝は長続きしない。弱みに付け込むようで悪いが、確実な利益を得たいところ。


「援助ですか。他のお三方の用件も同様で?」

「そんなこと……そうだ」


 ルメール男爵は遠慮がちにうなずく。


「我々も重いに悩む立場。どうにかならないものかとな」

「その点は承知しております」


 魔境の盾が壊れては元も子もない。


「当家は平素から善意のを受けていますが、その理由は、まさにこのような状況で助け合うため。援助には前向きです」


「ありがたい」


「それで、何がどれぐらい必要なのです?」


「我がペニタン家は食料が不足している。割高でもやむを得ぬと探してみたが、近隣はどこも飢饉を警戒しており売ってくれんのだ」


「ルメール家もおおよそ同じだな」


「ガルディエ家は武具が足りない。最近どうも魔物らが山を下りてくる。対処の兵を増員しようもモノがなければ話にならん」


「商人たちは?」


「疫病を恐れて近寄らない。それに、うちへ届く前にフォルクラージュ侯爵の家臣が買いあさってしまう」


「あー」


 魔物と他国の双方から圧力を受け、ついでに背後に信用ならないヴェルデン家を抱えるフォルクラージュ侯爵家。彼らは全方位を警戒し、常に武具を収集している。


「ちょうどいい。先日、一部の装備を更新したところです。120人分はお譲りできますよ」

「ありがたい!」

「平兵士の剣盾鎧ぐらいですけどね」

「あるだけマシさ。棒切れと鍋のフタよりは」


 男爵たちの目が期待に染まる。


「エスト卿は西から食料を買い込んでいると聞くが……」

「ええ。余裕はありませんが、お互いが飢え死にしない程度に分けましょう」

「感謝する!」

「持ちつ持たれつですよ。その代わり――」

「わかっておる。何かあれば味方するとも」


 ペニタン男爵とルメール男爵が手を取ってきた。後で一筆書かせよう。


「さて、オディロン卿」

「なんだ」

「貴公、戦の経験は?」

「なぜそのような質問をする」

「子爵が重病となれば、境界諸家の守りは気になるもの」


 彼は胸を張った。


「侮るな。アサンゾードの気概は他家に劣るものではない」

「で、貴公自身の経験は?」

「魔物との争いでは私が部隊を指揮することも多いが」

「それはいい!」


 オディロンは胡乱げに眉をひそめる。


「教会への支払いはどれぐらいを考えている?」

「当家の蔵から8万3000クーラ、奴隷商人が仲介する相手からは、妹と結婚する権利、俺の身柄のふたつを合わせて10万クーラを提示されている」


 足元見られてんなあ。


「足りるかな?」

「正直なところ、自信はない」

「噂だが、マンダル家の先々代は重傷を治すのに38万クーラ支払ったとか」


 ガルディエ男爵がつぶやいた。

 男爵たちは気の毒そうにオディロンをうかがう。


 彼は気丈さを崩さないが、その目は途方に暮れている。


「オディロン卿、ひとつ取引をしよう」

「取引?」

「そうだ。受けてくれるなら30万クーラ出してもいい」

「30万も! うちに引き合うものを出せるとは思えないが、貴公の望みは?」

「君だ」

「私?」

「そう、君自身だ」


 オディロンを指差すと、全員が目を丸くした。

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