第47話 部隊の軍事的課題


 麦角病の被害が深刻化している。

 となれば、次は旗主たちの管理地から逃散してくる者が増えるだろう。


「流民の賊徒化には注意しろ。毎日騎士を走らせて巡回を印象付けておけ」

「受け入れはいかがしましょう?」

「最初は送り返せ。それでも逃げてきたら隔離して保護せよ」


 民は土地を管理する者の財産だ。


 君臣とはいえ勝手に受け入れれば角が立つ。

 角が立つのは別にいいが、教会か王家へ訴えられたときに負ける可能性がある。


 よって正当な手順に則った実績を作っておき、旗主の監督が不行き届きのため仕方なく対応した……という体を取る。裁判対策だ。


 いずれは麦が原因だと気付くだろう。

 そのタイミングで旗主らが動くはず。


 そのときまでは、なるべく億劫な態度を取っておく。向こうが頭を下げてきたら足蹴にし、蜂起したら粛清、必死で許しを乞うたら嫌そうに対処する。


 何かと因縁をつけて利益拡大を図る連中だ。

 しつこいほどに上下確認をせねば。


 その間に麦角病で死ぬやつは気の毒だが、警告はするだけした。

 すべては選択の結果だ。




 ガルドレードの軍事部門には、達成すべき4つの課題がある。


 偵察隊の専門化と熟練度の向上。

 兵科の再編成。

 実戦をこなせる魔術師の採用。

 そして、俺直属の副官の採用。


 まずは偵察隊。


 アンロードとの戦いで何度も判断を誤った原因、これは己の浅慮と能力不足に求めることもできるが、あえて理由付けするならひとえに情報の不正確さからだ。


 冒険者にせよ、我が軍にせよ、大ざっぱでテキトーな報告だらけだった。


 レーダーも偵察衛星もない世界だ。

 より正確な判断を下すためにも、信頼できる目を持った者を養成せねばならない。



 次に兵科。


 我がアルヴァラ王国で主流の武装は剣、次いで斧か短槍、それらに盾を合わせるのが主流である。ほとんどの戦士が騎士に憧れているから、剣が圧倒的に人気だ。


 しかし、それでは安定感を欠く。


 剣と盾を振り回すスタイルではどうしても一定の空間が必要になるため、騎兵突撃に対処するのが困難になりがちなのだ。


 やはり槍兵部隊も用意せねばならない。


 長弓兵もいれば最高なのだが、あいにく弓を使いたがる者が少ない。


 イギリスよろしく農民に弓の訓練をさせても長い時間がかかる。しかもヴェルデン領の農民はどこかの一族が原因で健康状態があまりよくない。


 定期的に軍事訓練などさせていては、畑を耕すことすら難しくなるだろう。



 魔術師の補充。

 これは差し当たっての最優先事項だ。


 なんと我がヴェルデン家、防衛隊に魔術師がいないのである。


 父上のアトリエにはいるのに。


 なんでも、彼に侍る2人の魔術師は平均以下の能力らしい。

 他の魔術師は、存命時代の祖父が暗殺を危惧して追放してしまった。


 実戦向きの魔術師をなるべく早く召し抱えねば、他の兵科が抵抗すらできず一方的にカモられる未来もあり得る。


 どうにかしなければ。

 わかってはいるんだが……。


 使える魔術師はとても希少な存在だ。

 ダメ元で募集するが、こればかりは運次第かもしれない。



 最後に俺へ直属する副官の採用。

 全軍の副官ではなく、俺が率いる分隊の副官だ。


 これはシンプルな理由。持ち場を離れて指揮を執りたいときに、隊を預けて判断と統括を任せられる人間がほしい。


 前回、アドリブ的にシモンの加勢に向かった。これは間違いとも言い切れないが、どちらかといえば悪手だったと思っている。己がマクロな判断をせねばならないとき、ミクロなシステムを維持する手段を用意したい。



 そんなわけで、できるところから着手する。

 実のところ一部はすでに始めていた。


 魔族討伐直後から、選抜した衛兵たちに特殊な訓練をさせていたのだ。



 館の中庭で整列した兵たちを眺める。


「ご苦労。皆、集まっているな?」

「はい」

「試してみよう」


 ジョスランが40人を縦2列に並べ、交代でクロスボウの的当てをさせた。


 大半が魔物討伐戦に付き従った者たちだ。

 射手の必要性を魂レベルで理解している。


 別の衛兵がその精度と速度を記録する。

 確認すると、求めた数値の6割ほどの結果が出た。


「申し訳ありません」

「期待の6割か。まずまずじゃないか」

「せめて8割には持っていきたいのですが……」

「いずれはな。今のまま訓練を続けさせろ」


 次いで別の40人が2列横隊になった。


 彼らの手には長い棒。

 5メートル近くあり、すべてに重りをつけてある。


「始め!」


 彼らは息をそろえて棒を持ち上げ、一斉に振り下ろす。何度も何度も繰り返すと、歩きながら棒を振り始めた。動きがそろっている。


「なかなか良さそうだ」

「騎士を投入しろ!」


 彼の合図で騎士が集団の周りをうろつく。

 歩兵たちは騎士の位置取りに合わせて列の角度を変えようとした。何人かが転ぶ。


 その機に騎士が馬を走らせると、衛兵たちが槍衾を作って動きを止める。腰の引けた者がいたようで、何人かの衛兵が馬に突き飛ばされた。


 ジョスランの顔が歪んでいく。


「実物相手だと訓練通りにはいきませんか」

「心理的な問題もあるだろう。次は?」

「整列!」


 大きな盾を構えた40人が密集隊形を取った。


 盾はローマの軍団兵が持つスクトゥムのごとく、くるぶしから胸までを覆っているが、素材は補強した木材に革張りしたものだ。これも重りがついている。


「始め!」


 石や壊れた木椅子が投げられる。

 兵たちは巧みに防ぎながら、息を合わせてゆっくり前進した。


 投石する者たちの位置まで着くと、今度は振り返って2列横隊になる。


「放て!」


 何人かの射手が並んで盾へ矢を放つ。

 兵たちは怯えを抑えて身を固めた。

 しばらくまばらな射撃が続く。


「射ち方やめ!」


 ジョスランも、今度は得意げにこちらを見た。


「どうです?」

「よくやった。次から射手を5倍に増やせ」


 盾兵たちは膝から崩れ落ちた。


「そう落ち込むな。こちらも無理は言わない……あれを持ってこい!」


 ヴァレリーが館内に消え、大量の箱を運ばせてくる。

 かなり重そうだ。当然だな。


 衛兵たちが訝しげに箱を見つめた。


「閣下、これは?」

「とてもいいものだ。開けてみろ」


 箱を開いた彼らは雄たけびを上げた。


 新品の防具に、高品質なパイクとクロスボウ。

 防具はすべてヴェルデン家の紋章入りで、どれも見るからに金がかかっている。


 期待の視線にうなずくと、皆が急いで着替えを始めた。

 ジョスランも驚いている。


「感謝します。いやあ驚きですよ」

「鍛冶屋ギルドに命じてちょくちょく作らせていた。盾は王都で用意したものだ」

「どれも質が良いですね」

「ああ。総額9万6800クーラかけたからな」


 全員の手が止まる。

 騎士たちも笑顔がひきつった。


 装備にかけた資金の内訳はこうだ。


 クロスボウとボルト60本のセットが19万4000円。40人分で776万。

 パイク……三間槍とよく似たこの長槍が12万6100円、40本で約504万。

 クロスボウ兵とパイク兵に着せる胴鎧一式が15万5200円。80着で1086万ほどになる。


 この2兵科の合計額は2366万ちょい。


 重装歩兵の鎧は、騎士に劣らぬ高性能。

 43万6500円を40着で1746万。


 魔法耐性が付与され、鋼でコーティングされたボードシールド。

 14万5500円を40個で582万円。


 重装歩兵には計2328万円の武装を与える。

 まあ、同じ数の騎士に鎧を与えたようなもの。

 敵の攻撃を受け止め、耐えきってもらわないといけないから。


 合計で4694万8000円の支出だ。


 100人以上の歩兵を増員する道と迷ったが、数だけ増えても鎧袖一触で蹴散らされる烏合の衆のままでは意味がない。ぶっちゃけ固定費も増やしたくない。


「明日からはそれを身に着けて訓練をするように」

「お任せください。すぐに使いこなせるよう仕上げてみせます」

「豪語して大丈夫か?」

「こんないいもんをもらっちまったら、頼まなくても勝手に練習しますよ。なあ?」


 ジョスランの呼びかけに答える者は少ない。

 ほぼ全員が、アップグレードされた装備へ夢中になっていた。

 


 3週間後。


 俺たちは配給の視察に出てきた。

 民衆は形だけひざまずいて頭を下げるが、目つきや顔色に不快感が現れている。


「我がヴェルデン家からの施しである。ありがたく受け取るように」

「……どのツラ下げて言ってやがる」

「なんであいつに神罰が下らないんだよ」

「命のいらない恩知らずがいるようだな?」

「ヒィッ」

「ご子息様、どうかお赦しを」

「ふん、まあいいさ」


 相変わらず茶番は続けている。


 まだ、半年分の食料を確実にこの手へ握ったわけではないからだ。


 金があっても買いたいタイミングでモノがあるとは限らないし、堂々とアピールしてから配給が止まったら、かえって火に油を注ぐ。


 前世の例を引くまでもない。


 善人ムーブをかましてから裏がバレたり失態を晒した人間は、通常の10倍は嫌悪される。逆は許されても、偽善は長く叩かれるのだ。


 とはいえ、来年はこのを埋め合わせる方法を考えなければな……。

 なんて考えていたらニコラ司祭が寄ってきた。


「エスト卿。やはり事実を公表なさっては? 私に賞賛を盗ませないでください」

「断る。今さら船から降りられると思うなよ?」

「ですが、それではあまりにも」

「閣下、旗が上がりました」


 フェルタンが耳打ちしてくる。


「見つけた者は?」

「今のところはおりません。実を言えば、自分もどこにいるのかさっぱり」

「素晴らしい」

「人が隠しても、神は真実を明らかにしますぞ」

「神がそこまで暇なものか」


 話は終わりだと手振りで司祭を追い払う。


「しかし、よろしかったのですか?」

「もちろん。理由があっての配役だ」

「いえ、泥棒や罪を犯した森番たちを雇うなど」

「そっちのほうか。善悪あれど才能のひとつだ。兵の無駄死にを避けられるなら罪を償って余りある」


 配給の場から離れてしばらく待機する。

 後方から異形の者たちが追い付いてきた。


 まだらな迷彩色になるよう刺繍した服に、草木や小枝、枯葉などを張り付けた上着を着用した者たちだ。見た目は草木が毛むくじゃらになった山の妖怪って感じ。


 今は季節に合わせた枯葉色だ。


 前世の人々が彼らを見たら言うだろう。


 ギリースーツだ、と。


 ギリースーツは特殊部隊などが潜入任務・狙撃任務でよく使うカモフラージュ用の装備。あれを模したものを作らせ、身軽で人の視線をかわすことに長けた者や、隠密行動、難しい地形の通行などに慣れた者たちで編成した偵察隊に与えたのだ。


 彼らはフードを降ろして仮面を取った。


「ご命令を遂行しました」

「いい仕事だ。まあ、俺には位置がわかったが」

「なんと」

「貴族の指は平民よりも多い」


 もちろん嘘だ。

 位置を把握する手段がないと知れてしまえば、何かの拍子に暗殺されるかもしれない。だからテキトーに隠し玉の存在を臭わせておく。


 彼らには溝形監視所の作り方、武器を目立たなくする工夫、背景に溶け込む考え方、仮面や肌へのペイントなど、思いつく限りの知識を与え、自ら指導した。


 もともと適性があり、自主鍛錬を積んでいたともいえる者たちだ。めきめきと上達し、彼ら自身ものめりこみ、短期間で驚異的な成長を見せている。


 逃げないように家族のいる者だけを選んだ。俺に仕えろと命じてもそっぽを向いたが、働きによって家族に給金を出すと伝えたら提案を受け入れた。


「隠密性は良好。次は速度を向上せよ」


 今日の課題は、誰にも気づかれないよう、一定時間までに配給の現場を横切って目標地点へ到達すること。より深い位置まで潜って観察する練習だ。


 そしてもうひとつ。


「描けたか?」

「一応は。ですが……」

「見せろ」


 偵察兵たちが小さな本を差し出す。


 特別に作らせたスケッチブックのようなものだ。中を開くと、お世辞にも上手とは思えない落書きが現れた。配給の様子だとギリギリ判別できなくもないが……。


「こっちのほうは要練習だな」

「すみません」

「案ずるな。父のアトリエから素描の指導役を借りてくる」


 ちなみに狙撃銃は作らない。

 というか、銃自体を生み出したくない。


 それを使って殺される確率が最も高いのは、間違いなく俺だから。

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